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第二六階 不遇ソーサラー、肝を冷やす


「おやまあ、クアゼル。例の彼女とよりを戻せたのかい?」


 エリナと一緒にボロアパートに帰ってきたわけだが、タイミング悪く入口付近で掃除していた大家に冷やかされてしまった。この人、目が悪い上に周囲もかなり暗くなってきてるのになんでわかるのか……。


「いや、別にそんなんじゃ――」

「――そんなわけないです。それにこの人、ただの誘拐犯ですから」

「ちょ……」


 エリナがとんでもないことを言い出した挙句、大家の後ろに隠れて俺に舌を出してきた。こいつ……どこまで愚弄するつもりだ。


「ゆ、誘拐犯だって……? ク、クアゼル……それは本当なのかい!?」

「い、いや! そんなんじゃない――」

「――本当です。この人、自分が私の兄だと思い込んでる異常者なのです。なのでどうか助けてください、おばあさん……」

「お、おいエリナ!」

「……クアゼルゥ……」

「いや、違うから……って、話を聞いてっ!」

「その腐った根性、今すぐ叩き直してやるよおおぉっ!」

「う……うわあああぁぁっ!」


 箒を振り上げた鬼から俺は延々と追いかけられる羽目になってしまった……。




 ◆◆◆




「……はっ……」


 何か物音がして、薄らと目を開けたときだった。俺の体を跨ぐようにして立つエリナが月明かりに照らされていて、その手には煌めく包丁があった。


「……エ、エリナ? な、何をするつもりだ……」

「見てわかりませんか?」

「……」


 一貫して無表情のエリナ。口調も鋭くて冗談を言っているようには聞こえない。はっきり言って、ダンジョンでは無敵な俺もスキル使用ができない日常生活ではまったく違うし、もちろん【転生】だってできない。ここで死んでしまえば、殺したのにエリナが教会まで俺の死体を運んでいくとは思えないしもうそれまでだろう。


「や、やめてくれ。どうしてこんなことを……」

「……はあ。本当に物分かりの悪い人ですね、あなたは」

「こ……こんな状況で冷静に考えられるわけないだろ!」

「私はいつもあなたのような状況なのです」

「……エリナ?」

「今の人格がいつ消えるかわからない……それは死ぬことと同義です。それをあなたは私に強要してるのですよ」

「エリナ……」


 確かに、俺はエリナに昔のことを心の底から思い出してほしいと思っている。でも、そうなると今の彼女は消えてもおかしくないってわけか。死と同義っていうのは大袈裟でもなんでもないということだ。


「そうか。こうすることでそれだけ追い詰められてたってことを証明したかっただけなんだな」

「ようやくわかったみたいですね。ただ、あなたを殺すつもりはありません。それなら寝てる間に刺せばいいだけの話ですしね。私がどれだけ苦しい境遇にいるのかこれで痛いほどわかったと思います。なので、ここから出て行きます」

「……出て行くだって?」

「はい。今日でお別れです。行く当てはありませんが、私のことを知っているあなたといればいつ過去を思い出してもおかしくないですから、どこか遠くに――」

「――じゃあ殺せよ」

「……は、はい?」


 驚きゆえか見開かれたエリナの目を、俺はじっと見つめた。彼女がここから去ってしまうと考えたら、俺にとってそれは彼女の言葉を借りれば死ぬことと同義だった。


「はっきりわかったんだ。俺にはもうお前がいない生活なんて考えられないって。だから、ここから出て行くっていうなら俺を殺していけ」

「そ、そんな……」

「さあ早く殺せ!」


 俺はエリナの包丁を自分の首元にやろうとしたが、彼女は頑なにそれを拒もうとするのがわかった。


「……できません……」

「何故だ? 俺はお前にとって過去の自分を蘇らせる可能性のある男で、邪魔なだけだろう」

「……それはそうですが、わかるからできないのです」

「わかるからできない? どういうことだ……?」

「あなたのことが、この体にとって大事な人だとわかるのです。なんとなく……」

「……じゃあ尚更殺さなきゃいけないんじゃないのか?」

「私は私です。でも、元はといえばあなたのことをよく知ってる人。本当は何も言わずに出ていこうかと思いましたけれど、それができなかったことからもお察しください……」

「……エリナ……」


 元の体が納得いくような形でお別れしたかったってことか。


「……でも、結局できないみたいです。今回のことで、それがわかってしまいました……」

「エリナ?」

「卑怯者……」

「えっ……」


 エリナはたった一言憎らしそうにそう呟いたあと、膝から崩れるように倒れてしまった。


「エ、エリナ……!?」


 急いで彼女を抱きかかえるも、ちゃんと息はあった。よかった……それだけ眠気も強かったんだろうが、精神的なショックからか意識を失っただけみたいだ。まったく、驚かせやがって……。


「……」


 俺はエリナを布団の上に寝かせてやったあと、彼女が倒れ際に放った言葉をぼんやりと思い出していた。卑怯者、か……。今や別人格になってるとはいっても、元の体が俺とそれだけ親しい関係だったならフェアじゃないってことを言いたかったのかな。


 でも、きっと彼女は明日になればここにはいないだろう。さよなら、エリナ。俺のエゴでしかないのに好意を一方的に押し付けてしまったけど、もうこれで思い残すことはない。俺が寝てる間に夢のように消えてくれ。どうか達者でな……。

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