亡き憧憬への鎮魂歌 12/27
「目付きが少し変わったな。なら俺も少しばかり本気を出してやろう」
黒木賊がそう言い放った瞬間、視界が眩暈を起こしたかのように歪んだ。しかし、それは一瞬の出来事であり、すぐに元通りに戻ったようだ。
「なんだったんだ、今のは……?」
「気にすることはない。来い」
一歩を踏み出すと、足跡を残すように、地面が裏返る。過負荷によって、全身の筋力パラメータに大幅な上昇が掛かっているため、体感的にも体が軽く、足も速く動かせる感覚に浸っている。
「未完成の運命!!!」
普段は鎌は1つだが、今回は2つ同時。そんな違和感を隠しきれない。しかし、今こそ脱皮すべき時なんだ。今は耐えるのみ。
鎌を体の外側で廻す。ギャルギャルと音を立て、突風を起こす。それは凄まじい威力になり、竜巻を呼ぶ。そして、2つの鎌を頭上で重ね合わせて、勢いをつけて斬る!
「君は、蜃気楼というものを知っているか?」
いや、違う!全く当たってない!空を切っているだけだ!俺は咄嗟にガードに移る。キィィイインという金属音が鳴り響く。
「危ねぇ……」
一体どうしてなんだ……俺が黒木賊を視認した位置を斬るが、当たらなかった。かすりもしなかった。何かがおかしい。奇妙だ。
……まさか!あの時感じた歪みは永続的に起こっているとしたら……?見えている位置と実際の位置を常にずらしているから、発動した時だけは歪んで、今は歪んで見えない。つまり……。
「呼び水……?」
「それが蜃気楼の一種だ」
呼び水。それは、見えている水の位置と実際の水の位置が少しズレて見える現象のこと。
確か、蜃気楼は光の屈折によって、物の見える位置が、実際とは異なった場所に見えること。それは温度差によって起こる。きっと地面が急激に冷えて起こったんだ。いや、黒木賊が起こしたんだ。
「今のままだと、君の攻撃は、二度と俺には当たることはない。
もう残り3分ぐらいか?言っておくが、もう君に残された時間はないぞ」
「……1つだけ質問しても良いですか?」
「良いだろう」
「俺の姉貴は貴方に勝てたんですか?」
その質問をすると、黒木賊は高らかに笑った。今回は明らかなる嘲笑だった。
「勝てたも何も、君のお姉さんは俺の師匠だ。勝ったことなんてほとんどないよ」
「なら、俺にも勝てるってわけですよね?」
俺の唐突な質問に対して、黒木賊は嘲笑気味の笑みを浮かべる。どうやら、俺を完全には見下してはないようだ。俺が姉の実力には、まだ、追いつくことはできない、といったような顔だった。
「さぁ、どうかな。戦闘能力は、今の君と過去のお姉さんでは、雲泥の差だ」
姉貴や黒木賊への憧れは捨てた。しかし目標がなければ、先には進めない。
このような言葉を聞いたことがある。1つだけを模倣するなら模倣に他ならないが、複数を模倣するならば模倣ではなく新たなる原型に近づくと。
そうだ。あの泥臭い奴が、今の俺の目標だ。砕かれても、挫かれても、蔑まれても、何度でも立ち上がるあいつ。俺達の主将こそが、俺の憧れだ。
俺は両腕にズシリと重さを感じさせる鎌を強く握り直す。あいつは死を覚悟して戦場に来ているんだ。俺も死ぬ気でやってやる。
「なら、俺は俺なりに、貴方を超える。
大空流壱ノ型廻・無双桜花!!!」
黒木賊からの俊敏たる一薙ぎを、左手に握る鎌で受け止め、もう一方の鎌で斬る。これは大空の元祖カウンター技『桜花』を真似た技。この技は、黒木賊は知らない。
「光の乱れが、止まっていないのに、俺の位置が……?」
ここは、黒木賊の機敏な鎌使いで攻撃は防がれる。しかし、やっと、こちらからまともに(鎌にとは言え)当てることが出来た。それは、俺が自分なりに姉の実力に近づきつつある証明でもある。
「ああ、これですか。俺の隠してきたスキルですよ」
「……嘘をつくな。君は今。目を瞑っていたな」
「やっぱりバレてますか。
俺は何のために、この見えない鎌を使ってきたと思ってるんですか。
今は目を開かない方が、物体の位置がわかる」
空間把握能力と見えない鎌を扱うことに長い時間を費やした甲斐があったというものだ。
「ほう。……君はつくづく面白いな。流石、あの人と姉弟なだけあるよ。
俺の本気も見せてやろう。凍てつく荒野」
先程までのザラザラとした氷の表面が、ツルツルに変わり、立つことがやっとになる。あたかも綺麗に整備されたアイススケート場の上に、潤滑油を塗っておいたスキー板で立っているような感覚。
「なんだよ、これ……」
凍てつく絶望。そこには、ただ寒い北風が吹くだけで、ここには希望も何もない。
地面の氷によって滑って乱れた態勢を整えようとすると、飛びかかってくる黒木賊の一撃を浴びる。俺はなんとか踏ん張ろうとするが、地面の摩擦が仕事をしない。止まることなく、どこまでも突き進んでいく。鎌を凍った地面に突き刺そうとするが、上手く地面に垂直に突き立てることが出来ず、弾かれてしまう。体が後ろに倒れかけている状態だからだろう、鎌に全身の力が入っていない。そのまま一直線にフィールドの岩にぶつかる。岩が弾けとび、ようやく俺は止まることができた。
「ぐっ……」
なんとかHPは持ちこたえている。受けられて一発程度。絶体絶命だ。
「それを受けてもまだ、君の心は燃えているか?」
俺自身が変わっても、どうしようもない。戦いの中で進化しても、覚醒しても、何の意味もない。憧れを捨てても、憧れは憧れなのだろうか。
強さの壁には抗えない。弱者はどう足掻いても弱者であり、強者は強者だ。その事実は変わらない。
「正義、俺負けるかも知んねーわ」
正義に連絡を入れる。脳で思考はしていない。体がそうさせたのだ。もうタイムリミットは近づいているのにな。俺は呑気だな。
『珍しいな、氷牙から連絡だなんて。
……お前は一人じゃない。勇敢な心を持て。俺から言えるのはそれだけだ』
あっちも忙しいかったのだろう。即座に連絡が切れる。
俺は笑う。声を上げて笑う。
「……流石、俺が見込んだ男だ。俺が期待した答えを、お前はいつだって俺にくれるな。
俺はこのチームのエースだ!それだけは譲れねえ!どれだけチームのメンバーが強くなろうと、俺がこのチームのエースだ!」
そう言って、俺は準備を始める。今まで成功した試しがない大技を繰り出すための。
黒木賊に、真正面から向き合うのではなく、左肩が相手に向くように立つ。横目で黒木賊を見る。
「遂に覚悟という覚悟を決めたか。良い目をしている。
良いだろう。君には俺の最強の技を与えよう。君にはその価値がある。さぁ、とくと味わえ。荒凍土の猛吹雪!!」
凄まじい威力の吹雪だ。前が全く見えない。しかし、見ていても蜃気楼で位置がズレる。ならば、目を閉じて自分の感覚に全てを委ねるのが最適だ。力を貸せよ、クソキャプテン。そして、姉貴。
「大空流最終奥義廻・蒼龍颪千本桜ァァァァアッ!!!」
姉の攻撃特化技術だけでなく、仲間のカウンター技術を踏襲した唯一無二の俺の戦い方。それを改めて認識する。
全身全霊をかけて、両手に握る鎌を廻す。耳をつんざくような音を立てる。まるで嵐。
猛吹雪と暴乱風がぶつかり合う。途轍もない摩擦が起こり、雷霆が鋭く疾走する。
『ねぇ、氷牙。貴方、もっと男らしくなりなさい。貴方は強い。力だって弱くない。人並み以上はある。優しすぎるの。それはやり返さない優しさがあるからなの。
でも、きっと貴方は仲間の為に本気を出さなければならない時がいつか来る。その時に仲間を守れるくらい強くなるのよ』
俺がいじめられて泣いて家に帰ると、姉にそう言われた。その時は意味がわからなかった。今なら身に染みるほどわかる。
俺は黒木賊の猛吹雪を相殺することに成功する。
「……俺は、仲間を守れるぐらい、強くなれたよ。姉貴……」
右手の鎌で攻撃すると見せかけ、黒木賊の攻撃モーションを途中で止める。そして左の鎌で、黒木賊の手の甲を殴打すると、黒木賊は鎌を落とす。両手のひらで鎌を廻し、それを無防備の黒木賊に当てる。鎌のように重量系の武器では、これぐらいしかあのラッシュは再現できないからな。最後の締めで、真上から鎌を振り落とす。
「これが、俺の答えです、黒木賊先輩」
「……何故足が踏ん張れて……」
「風のクッションで体を纏いながら、同じ威力の暴風を両手の鎌で起こし、吹っ飛ばないようにしました。両側からの風の圧力で体を潰されないようにするために、風のクッションを作るのは難しかったですよ。一か八かの勝負でした」
黒木賊は、死の間際に夢が叶ったような晴れ晴れしい顔をした。
「……良い答えだ。完敗だよ、氷牙君。
今、君は確かにお姉さんを超えたよ」
制限時間残り15秒だった。この凍てつくフィールドの温度は、黒木賊が鎌を落としたことによって、急上昇する。
「やっぱり、10席は化け物だ。オーバーロードを使って、やっとその身体能力に追いつく……やれやれだ……」
絶望を乗り越え、希望が生まれる。その温かさを実感したように、仲間の元に向かう。
俺の戦いはまだ終わっていない。




