燃え滾る氷の魂 12/27
俺の目の前には、岩の上に座っている男が居た。その姿は、かつて絶大なるカリスマを有し、死して尚別の人物と姿を変えたと語り継がれた牛若丸の如し勇壮なものであった。優美で煌びやかで、細めの身体つきであっても、何処かしらから威圧を感じる。豪壮な侍のようでもあり。神聖な騎士のようでもあり、またミステリアスな魔術師の雰囲気も持ち合わせている。
そんな男と俺は目が合う。そして、彼は岩からスタッと飛び降りて、俺の目線と合わせた。
「何処となく、君はお姉さんと似ているね。……いつか、君にはぶつかるとは思っていたよ。これは、君のお姉さんの因縁かな。それもこのラグナロクで戦えるなんて光栄だ」
その声は、落ち着き払った、紳士的な大人を彷彿させるものだった。口調も気品があり、優しいものだった。
「……黒木賊先輩。俺は貴方に憧れてきた。俺の姉の弟子になったという人に。
申し遅れました。俺の名前は、冷姫氷牙。この瞬間をずっと待ちわびていました。貴方と対峙するこの瞬間を」
黒木賊はにやっと不敵に笑う。
「礼儀がなっているね。流石あの人の弟だ。
俺も、実は君の事が気になっていたんだ。君のお姉さん、みぞれさんが、以前使っていた武器を渡す相手がね。
それはさて置き、これは一つの儀式だ。俺の名前を知っているだろうが、名乗らせてもらう。俺は黒木賊士郎。高校三年。この学園の第5席を担っている。10席の誇りを以て、返り討ちにしてやろう」
「望むところです!虚無ノ殺戮鎌!」
「出でよ……幻影楼氷雪鎌」
白い煙で黒木賊が全く見えなくなる。やっと煙幕の中から黒木賊が姿を現したかと思うと、刀身というべきか鎌身というべきかわからないが、大きな鎌も姿を現していた。銀色の持ち手に、白い煙を湧き起こす美しい刃。あれが黒木賊の愛鎌。強くは見えないが、どこからか幻想的な雰囲気を感じ取る。
互いに武器を握り締めると同時に、互いの距離を縮めていく。
そして、黒木賊に当たらないように鎌を構える。彼も同様の行動を起こす。
そして互いの鎌をそっと触れ合わせる。チィィンという金属音が鼓膜を刺す。これが、戦闘開始の合図となった。
『この試合の結果は、氷牙。お前の勝敗が全てを握っている。お前が黒木賊さんを倒せるかどうかだ』
『まあ、うちのエースだし、勝てるっしょー!』
『期待してますよ!氷牙さん!』
『そうよ。今回出ない私の分も頑張って!』
『きっと、お前なら出来るさ』
10席相手によくもあんなことが言えたものだ。全く……あいつらの期待に応えるしかねえよなぁ!
「ハァッ!電光二連撃・月光!」
新月の如く姿の見えぬ鎌による、俺自身の技の中で最高速度を誇る『月光』。月の光のように、繊細であっても鋭い一撃一撃。しかし、黒木賊にいとも容易く受け止められる。こんなに速い技を簡単に受け切れるのかよ。黒木賊の実力に、少しの怒りと苛立ち、そして喜びを感じる。
「オラァッ!神羅八連撃・天地創造!」
諦めず続けざまに、技の中でも最強の攻撃技である『天地創造』。当たれば天地をひっくり返すように、地面を隆起させるほどの威力を有している。これは、流石の黒木賊も受け止めるとまずいと踏んだのか、うっとりするような弧を描く後方宙返りで避ける。しかも体を捻りながら、華麗に避ける。かすった手応えすらない。
何事も無かったように、黒木賊は立っている。如何なる事が起きても不動の山のように、如何なる敵であっても無敵の壁のように、そんな平然とした魔術師の姿があった。今度は苛立ちを通り越して、呆れを感じる。
「……氷牙君。俺の本心から言うよ。君の技は、全て、俺は知っている。君のお姉さんが使っていた技で、俺に勝とうだなんて無理だ。それに、君より技の精度が高い人物を知っている。そんな一辺倒な攻撃は俺には通じない」
俺は一つ深い溜息をつく。
「……俺に姉貴は簡単には超えられない。そんなことわかりきってるんですよ。それが何だって言うんですか。俺は貴方にこの場で勝つ。それが俺の役目なんだ。俺に与えられた試練なんだ」
「じゃあ、制限時間の5分以内に俺を倒すことだな。それか逃げて仲間と連携して俺を倒すか、だね。まあ、どちらが適切かは自分でわかっているはずだが」
その言葉を聞いてハッと気付く。俺を取り巻く空間に。いつの間にか周囲は凍てついていた。尋常じゃない寒さ。血管の中で流れる血液が瞬時に凍りつきそうな感覚に陥る。
そう、黒木賊士郎は大鎌使いであり、氷魔法使い。しかし、いつの間にフィールドをこんな風に凍らせて……。今まで数人の学園上位10席と戦ってきたが、格が違う。10席の中でも上位クラスは皆、10席の中でも格が違うのだろうか。想像するだけでも恐ろしい。
だが、ここで逃げるな、俺。今ここで逃げたら、仲間に迷惑を掛けるだけだ。そう、逃げている間に仕留められるだけなんだ。
「君は5分以内で俺を倒せなきゃ、凍りついて終わりさ。言われずとも理解しているだろうが」
先輩から見て俺の技は、既知だ。今、俺自身の殻を破らなければならない。そうじゃないと、ここで敗退。今ここで、俺が倒すしかこの先の道は拓くことはない。
「負けそうなのに、何だろうな。この上なく面白い。負けそうなのに、心が燃えてる。今まで以上に血が滾ってる。力を貸してくれ、姉貴。
来い、冷酷姫暗殺鎌。そして、過負荷……!」
「……ほう。お姉さんの武器を召喚したか。それをどうする気だ」
体力・魔力共に、徐ろに減っていく過負荷を使用。どちみち、凍りついて終わるなら出し切って終わった方がいい。二つの鎌を同時に使うのは、これが初めてだ。
「まあ見ての通り、これらを二つ同時に使うんですよ。
憧れなんて、今捨ててやる!そして、今こそ、超えてやる!」
黒木賊はニヤリと笑った。それは愉悦からか侮蔑からかわからないが、俺を少しやる気にさせたのは言うまでもない。




