胎動する波乱 10/26
先生の元へ訪れると、先生はココアシガレットを咥えながら椅子に座っていた。いつもココアシガレットを咥えているのは、禁煙のためなのだろうか。
「どうした、氷牙と正義が揃って私のところなんて。なんか仕出かしたか?」
俺達の存在に気付いた先生は、冗談めかして話しかけてくる。しかし、すぐさま顔色を変え、真剣な表情になった。
「姉貴が残した暗号です。これについて何か知りませんか?」
氷牙は暗号を印刷した紙を先生に手渡す。
「……不規則なアルファベットの羅列。これは霙がある時期に気になっていたエニグマじゃないのか?」
「エニグマ?」
なんだそれ、全く耳にしたことすらない。
「第二次世界大戦時のナチスドイツが使用し、史上最強と謳われていた暗号のことだ。
私も詳しくは知らないんだが、内部に3つのローターがあって、1文字打ち込むごとに内蔵されている端のローターが1目盛ズレるんだ。そして、プラグボードだっけな?そこで2つのアルファベットを選択する。すると、暗号化されたアルファベット同士を入れ替えることができるんだ。
だが、3つのローターをセットしなければならないからな。それにプラグボードがどう繋がっているかわからないとどうにもできないな」
そんな複雑な暗号を残したということは、それほど重要なダイイングメッセージを残したということか。
それにしても、また迷宮入りか。何も見えない深海でもがき苦しんでいるような気分だ。
「……もしかしたら、『Dear Reiki Hyoga』と『Keep on』というのがヒントになっているのか?」
そうか、残された文字列は1つだけじゃない。氷牙のファインプレーが炸裂する。
「ふぅーむ。3音節ちょうど、ねぇ。そして、そのままっていうのは、プラグボードのことか。可能性は高いな。試してみよう。
確か、エニグマのアプリを入れてたはずなんだよな、霙のデバイスの中に。えーと、どこの引き出しに入れてるんだっけ」
「生徒の機械なんか持ってていいんですか……。まあこの際はありがたいですけど」
そのツッコミは氷牙の言う通りだろう。なぜ先生がそんな大事なものを持っていたのだろう。
「まあそれは気にするな。あったあった。
電源も付くみたいだな。アプリを起動して、と。とりあえずローターをそれぞれのイニシャルを取って、DとHとRにセットして……」
「あのー、先生、打つの遅いです。早くしてくれませんか?」
「……別に良いだろっ!機械音痴は治せないんだ!不治の病なんだ!」
先生が顔を少し赤く染める。意外な先生の欠点だな。というか、氷牙も音坂先生にズバズバ言うなよ。ちょっと可哀想に見えてきた。
「この紙に綴られた暗号を打ち込んで……」
「いや、もう貸してください。俺が全部打つんで」
先生は氷牙に携帯端末を取り上げられると、シュンとする。最初からそうすれば良かったのに。
そして、端末に浮かび上がった文字は驚くべきものだった。
『YOU MUST BREAK NOAH』
「お前達は、『NOAH』を壊さなければならない……」
その時の音坂先生の顔は真っ青だった。顔を手で覆っていたが、緊張の色を隠せていなかった。
「……二人共、今日は私を一人にさせてくれないか。明日、この暗号を知っている人を全員集めておいてくれ。頼んだ」
フランクな音坂先生が、真剣極まる顔で告げる。有無を言わさないような表情。
俺達は黙って、その場を離れた。この暗号を解き明かしたことが、一歩も間違いは許されない死闘の幕開けだと、まだ知る由も無かった。




