ビギナーとマスター 6/21
一つのコントロールビット、いわゆる『BCP』に入り、生徒番号を打ち込む。すると、既に駿河はいた。とは言え、俺より早く準備していたので当たり前か。
「準備は出来た?」
「……はい」
取り敢えず、スキルセットしてある剣を出す。駿河の基本武器も剣のようだ。
距離はざっと10メートルやそこら。遠くもなく、近くもないという距離。
「じゃあ、始めちゃうね」
そう言いながら、両者は剣を構える。カウントダウンが始まる。3……2……1……。
0という数字が視界で弾け飛ぶ。それと同時に、剣をしっかり両手で握る。
それは愚行だった事に、俺は瞬時に気付く。駿河は0が浮かんだコンマ1秒単位で反応し、スタートダッシュも完璧に切れているのだ。そう、既に走り出している。
一歩出遅れた俺は、なんとか、初撃だけは耐える、そう決意し、敵の動きを見定める。
残り数メートル。駿河はようやく剣を振りかぶるモーションに入る。これはチャンスだ。
守りを捨て、攻めに出る。
「甘いわよ、大空君」
「えっ……あっ、しまっ」
俺が剣を振り切ると、駿河はスライディングで華麗に避けて俺の背後に回る。滑り込んだままの状態で剣を地面に突き刺し、鋭いターンをする。そして、そのまま突き刺した剣を地盤から抜き、俺の背中を斬る。
なんとかガードしようと試みたが、俺は剣を振りかぶったことで、体がぐらついてしまい、体勢を立て直している隙を突かれ、駿河の並大抵ではない素早さに、俺は成す術もなく斬られるしかなかった。
「これは実戦じゃないから、斬ってもログアウトしないけどね。
ところで、君、私の言う事守らなかったでしょ」
……その通りだ。完全に忘れていた。駿河からは、敵の攻撃を受けて、そこからカウンターを撃つように言われていた事を。
「確かに焦る気持ちはわかる。でも、その判断一つで仲間を苦しめる結果にも繋がる。その事を理解出来たら……ごめん、今ちょうど連絡入っちゃった。どうやら急を要する物だから、また今度だね。ごめんね」
「はい!……あっ、最後に質問してもいいですか?」
「一瞬でよろしくっ」
駿河はログアウトボタンを押すギリギリで手を止め、そう言う。その言葉に俺は甘えることにする。
「この空間に慣れるにはどうすればいいですか?」
「私はここがゲームの世界だと思ってる。じゃあね、頑張ってね」
駿河がログアウトするのを、手を振って見送る。俺は見送ったままの体勢で数秒静止した。
俺は悔しかった。俺が最初に剣を握る事に集中していた事でも、俺が焦った行動に出た事でも、負けた事でもない。なんと駿河は、武器スキル以外のものを一つも使っていなかった事だ。それなのに、そのスピードに追いつく事すらままならなかった劣等感を感じた。確かに、学園序列3位だから負けて当然の相手。しかし、こちらはスキルも含めても、その素早さには追いつけなかった。駿河にスキルを使われてはどうだろう。もう手も足も出ないだろう。目で追いつく事も出来ず、俺が百人いても足りない。
だが、ここで諦めてしまった方がもっと悔しい。やるべき事は二つ。一つ目は、守りに徹する事。二つ目は、整備士としてスキルの改良を施す事。
やっと見えてきた光を掴まないわけにはいかない。エルドラードなど出られなくても良い。ただ、初めて俺を必要としてくれた冷姫や鳳の役に立ちたい。その一心だけだった。
「そのためには、ゲームの世界だと思う、かぁ……。考えたこともなかった。
そうだ!ここはファンタジーの世界なんだ!!」
そう大声で叫び、自己暗示をかけた。何故かそうすることで、心の底から楽しさがこみ上げてきた。