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ハロウズ  作者: にるたそ
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サナギ(後半)

 タバコでもお酒でもいいから、とにかく悪いことをしてやりたい気分だった。警察に見つかったっていい。いやむしろその方が好都合だ。こうなったらとことんまで、ママを悲しませてやりたい。そうすればもう少しだけ、僕にも優しくしてくれるだろうから。


 僕は今、廃材置き場に向かっていた。

 こんなときに頼りになるのがエリーだ。


 今夜の十二時にいつもの場所で待ち合わせをしている。大犯罪を犯すためにだ。

 それまでに僕は新しいスニーカーを用意しておくように言われた。なぜなら今両足に履いているボロイやつでは、世界一の大聖堂に忍び込むなんてできるわけがないからだそうだ。そもそもそういう問題ではないような気がするが、彼女には何を言っても無駄なのだ。

 

 約束の時間にはあまりに早すぎるけれど、もう家にはいたくなかったし、他に行くところもなかった。むしゃくしゃした心を癒してくれるのはあの場所しかない。エリーがいれば最高だけど、彼女は今は他に必要なものを集めている。


 大聖堂に忍び込むために必要なものとはなんだろう。懐中電灯とかだろうか。壁に貼り付ける手袋や、羽織ると全身が透明になるマントがあればいいのに。そうすれば警察に捕まる心配もない。


 そんなことを考えながら自転車を漕いで、町のはずれにさしかかった頃、自分と同い年くらいの二人組みの男の子が川で遊んでいるのを見かけた。

 その子たちの周囲の有り様を目にした僕は、思わず顔をしかめた。ほんの幅が一メートルほどの小さな川のほとりのコンクリートには、叩きつけられてぺしゃんこになった大量のカエルやおたまじゃくしが、内臓を飛び散らして張り付いていたのだ。


 わあっと声が上がったのでよくに目を凝らしてみると、二人の手の中にはまた新しい丸々と太ったカエルが捕まっていた。ばしゃばしゃと水を跳ねながら男の子たちは地面に上がると、なにやら太い枝を持ってきて、捕らえたカエルを足の裏で固定した。


「うへえ、きもちわる」


 ゲロを吐く仕草をして目を逸らした。僕がしたい悪いこととは、ああいうのではない。何て言えばいいのか分からないけど、あいつらがしていることは凄くダサくて格好悪い。趣味も悪いし、つまらない。最低だ。エリーだってそう言うだろう。


「じゃあね、お二人さん」


 聞こえないようにお別れを言って、そのまま自転車で二人の横を通過する。しかしそれから少し行ったところにある、小さな石橋の前で再び自転車を止めた。


 そこには乱雑に放り出された二組のスニーカーがあった。


 一つは僕のものほどではないけれど、かなりぼろぼろだ。これはどうでもいい。重要なのはもう片方のスニーカーだ。どこかで見たことがあるなと思ったのはほんの一瞬で、すぐにそれがコマーシャルでやっていた新商品だと分かった。黒い外観に赤いライン、エアークッションの入った靴底――。


 あの二人組みはここから川に入っていったのだろうか。かなり離れていて、どちらも僕のほうなんて一切気にしている様子はない。川の中にいる獲物に夢中で、他の事なんてどうでもいいのだろう。


「…………」


 かなり迷ったが、結局盗むのはやめておくことにした。


「度胸がないわけじゃないんだ」


 僕は独り言をつぶやきながら自転車を走らせた。

 

 なんだか気分が落ち込んでいた。ほどなくして廃材置き場に到着すると、よろよろと自転車から降りて廃棄された青いボディの車に乗り込んだ。後部座席に体を丸めて寝転がり、目を閉じる。窓ガラスは全面が粉々に砕けていて、風はそよそよと入り込んでくるし、列車の音もガタンゴトンと響いてきて、その度に車が小さく揺れた。ガタンゴトン、ひゅうひゅう、ガタンゴトン、ひゅうひゅう……。


 無意識のうちにパパとママのことを考えていた。考えたくもないのに、僕を見る両親の顔を思い出していた。お腹の中に子どもができてから、なんだか少し変わってしまった二人の顔。


 どうしてママは僕を遠くの学校に入れたいのだろう。評判の悪いあの高校に入れたくないというのなら、高校生になるタイミングでいいはずだ。なのにママは、来年から僕を寮に入れたがっている。パパは「帰ったら話がある」と言っていたけれど、恐らくついにママの説得に折れたのかもしれない。昨夜もかなり遅くまで、二人の話し合う声が一階から聞こえてきていた。


 僕はいらないのだろうか。新しく可愛い娘が生まれるから、不細工で反抗的な息子は二人にとって必要なくなってしまったのかも。そう思うとツンと鼻の奥が痛くなった。


「なんだよ、あんな家族こっちから願い下げだよ」


 悲しくなんかないのに、熱くなった目頭からぽろりと涙がこぼれた。悔しくて仕方がなかった。酷い言葉で二人を罵ってやろうと口を開きかけたものの、唐突に胸の中から何かが込み上げてきて、咽喉元で言葉が詰まった。


 もしも今。

 もしも今この手に、ママのお腹の中にいる妹の息の根を止めるボタンがあったとしたら、僕はきっと押してしまう。的外れだということは自分でも理解しているのに、憎しみが日に日に膨らんでゆくのを抑えられなかった。まだ生まれてもいない妹が悪いはずがないじゃないか。お前も分かってるんだろ、エディ? そう問い掛けても、心の中の僕は黙って暗い顔をしているのだ。

 

 胸が苦しかった。次から次へと涙がひとりでに溢れて、止まらなかった。

 

 ガタンゴトン、ひゅうひゅう、ガタンゴトン、ひゅうひゅう……。

 

 膝の中に顔をうずめて、外の音に耳を澄ました。そうして涙が止まってくれるのを待った。

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