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ハロウズ  作者: にるたそ
1/6

パパとママとエリーと僕

 言葉遣いやリズムなど全体的に児童向けを意識していますので、読みづらい箇所が多々あるかもしれません。(もちろん実力不足でもあります!)それでも読んでいただける方には心から楽しんでもらえるように努力いたしますのでよろしくお願いします。また一言だけでも感想を書いて下さると作者はかなり喜びます!><

 どこを歩いても灰色の石がコツコツと足の裏で鳴る町――僕とエリーの住む町はとても小さかった。


 学校は僕の通っている小学校と中学校が隣り合ってそれぞれひとつずつに、町の反対側に高校がひとつあるだけ。


 中学までは真面目だった女の子も高校生になってあの学校に通い始めると、耳に何十個もピアスを開けたり、夜中にタバコを吸っているのを警察に見つかったりするようになるので、大人たちは自分の子どもをあんな所へは通わせるべきではない、と少しヒステリーになっている。

 

 今日は日曜日。テレビゲームをしている僕の後ろで長いあいだパパとママが意見をぶつけ合っているけれど、その内容はもちろん僕のことだ。


 ママは他のたくさんの子どもたちのように僕をここよりずっと北にある全寮制の学校に入れたくて、目を真っ赤にしてパンフレットを自分の夫の顔に押し付けている。パパは自分の出身地でもあるこの町で僕に過ごして欲しいらしく、まあまあと自分の奥さんを宥めている。ママは都会の出身だった。

 

 ちなみに僕の希望はここに残ってあの高校に通いたい。


 まだ議論が始まってもいなかった去年のクリスマスに意見を訊かれて僕がそう答えたら、ママは「きっといじめられるわ」と心配して目を潤ませてしまった。


 パパとママの言い争いが始まったのはそのすぐあとからで、それ以来僕はいつも蚊帳の外だ。


 だから僕は本心をまだ言えてない。


 本当はあの不良たちの仲間に入りたい、憧れているなんて知ればママはショックで卒倒してしまうだろう。


 だけど胸の内で揺らめく炎は日に日に大きくなっている。好きな音楽を大音量で流しながら踊ったり、友達と一晩中遊んで家に帰らなかったりしてみたいという思い。

 

 町の中心にある大聖堂の前には噴水広場があって、その周りにはぐるりと飲食店が立ち並んでいる。


 ガラス張りのカフェ、木製の重い扉を開けて入る天井の低いカフェ――二階建てだ!――、格安でたらふく食べられるピザ屋、もうひとつピザ屋、バー、ステーキハウスまである。どこに入るかみんな迷うけれど、何を選んでも店の中をぐるりと見回すと三人は顔見知りがいる。


 別に住民がお互いに監視しているというわけではないけれど、もしも僕がこっそりお酒を飲んでいたりすると、あっという間に「中学校の生物の先生のお子さんが不良になったみたいだね?」なんて噂が町中に知れ渡る。


 こんな生活を息苦しいという人もいるし、安心できるという人もいる。

 

 エリーはどちらでもなかった。高校生になって耳にたくさんピアスを開けて、タバコやお酒を大人たちに怒られてもやめなくて、朝まで家に帰らない、髪を綺麗な赤色に染めた女の子。

 

 ゲームを消して部屋を出ようとするとママが声をかけてきた。


「あらエディ、どこか行くの?」


「うん、友達と映画。夕飯までには帰ってくるよ」


 気を付けるんだぞ、というパパの言葉にうなずいてから自転車に飛び乗って、町の南へ向かう。噴水広場を横切るときは奇妙な感じだった。いつも人が大勢いてにぎわっている広場ではあるけれど、この日は特に騒がしかった。


 大統領が演説にでも来るのかな?

 

「号外だよ! 大ニュースだ!」

 

 同い年くらいの男の子と、ホームレスの男性が新聞を配っている。


 僕はホームレスの方に「一部おくれよ」と言って新聞を受け取った。しかし読もうとして紙面に顔を向けた瞬間、横から手が伸びてきて僕の新聞を奪っていった。


 この野郎! と鋭い視線を手の方に飛ばしたが、そこには人ごみがあるだけで犯人は分からない。きっとどこかのろくでなしだろうけど。


「どうでもいいや」


 もともとニュースになんて興味はないし、家に帰ればパパとママが教えてくれるだろう。今はこんなことをしている場合じゃない。


 僕は広場の雑踏をもみくちゃになりながら抜けると、また自転車に乗って走り出した。しばらくすると大きな道路が現れるので、道沿いにまっすぐに進むと踏切りが見えてくる。そこが町の端で、目的の場所だった。


 時間には間に合いそうだ。


 安心してふっと力を抜いた一瞬後、再びペダルを漕ぐ足を全速力で回転させたのは、風を切る音の向こうで鐘のような電子音が鳴り響き始めたからだった。


 少し遅れて空に向かっていた遮断機が、急げ、今ならまだ間に合うぞ、というようにゆっくりゆっくりと下がり始める。


 僕は飛行機のエンジン音みたいな風の轟音を耳に受けながら、全力でペダルを漕いで、僕を待つ遮断機の期待に応えてやろうと舗装された道を滑るように全速力で突き進んだ。


 あと少し。二十メートル、十五メートル――よしいける、間に合う。


 そう思ったけれど――十メートル、八メートル、七メートル――そこで僕は軽くブレーキを掛けていた。


 その直後、五メートルの時点で踏切は完全に閉まった。三メートルの位置で自転車はほぼ止まり、一メートルの場所で僕は地面に足をついた。

 

 視線を列車がやってくる方向へ向けてじっと待つ。


 以前、この踏切りは開くまでの時間が嘘みたいに長かった。何十分と待たされることなんてザラだったのに、ある日ほんの数時間ぽっちの工事で僕らの不満は解消された。


 今は少し待てば、遥か向こうにカーブを曲がった赤い列車の輪郭が、風景にぐりっと押し付けた絵の具みたいに浮かび上がる。列車はそこから線路の左右に植えられた背の高い木々の枝葉をごうごうと押しのけながら、数百メートルの直線を猛スピードで突き進んでくる。

 

 なんだかタバコのにおいがする、と思ったら後ろから肩を叩かれた。


「エリー!」

 

 僕は思わず声を上ずらせる。


「ようエイデン。降りろ」


「え?」


「急げ、引っ張るんだよ!」


 いきなり手を掴まれて強引に自転車から降ろされたので、眼鏡がずり落ちそうになる。それを直す間もないまま、エリーに言われたとおりに倒れた自転車のハンドルを掴む。


 隣でタイヤのそばを掴んだエリーの向こうには、つい十秒前に見たよりもずっと大きくなった列車が見えた。

 

 ぐいと体が自転車に引っ張られる。タイヤを持ったエリーが駆け出したのだ。


 自転車に引きずられるようにして、僕もハンドルを持ち上げて地面を蹴った。


 遮断機をくぐるエリーより一瞬遅れて、身をかがめて線路内に飛び込む。


 ちらりと見えた赤い影はまた大きくなっている。足元からは振動が伝わり、列車がけたたましい警笛で僕の全身を痺れさせた。


「おい、止まるな!」


 線路の真上で足を止めた僕に、エリーは驚いたように目を丸くした。


 僕がかすれた声で「うん」とだけ答えると、二人で力を合わせて自転車を一気に引っ張って遮断機の向こう側へ放り投げた。


 列車を見ると、運転席で何か僕らへ向けて怒鳴っている男と、後ろのほうの窓から半身を乗り出して笛を鳴らしている男が眉を吊り上げているのが見えた。


 僕らは顔を見合わせると、同時ににやりと笑った。


「ここをどけってさエリー」


「あの顔見りゃ分かる。さあ行くぞ」


 僕は軽く頭を下げて遮断機をくぐり抜けたけれど、すらりと背の高いエリーはしゃがむようにして線路の外へ出た。


 そしてその場でくるりと後ろを振り返った瞬間、目の前を鉄の塊がすごい勢いで駆け抜けた。


 凄まじい風圧が赤く染めたロングの髪をたなびかせる。ふわりとシャンプーとタバコの混ざった香りがして、目の前で揺れる赤色が鮮やかな花びらに見えた。するとこれは花のにおいだ。


 通り過ぎる瞬間、窓から突き出していた男が大口を開けて僕たちに何か叫んだ。


 暴れ狂っていた木々が落ち着きを取り戻し、列車が遠のいて静かになってゆく中で、エリーは腹がよじれるほど笑っていた。煽られたまま整えていない髪が顔中に張り付いている。僕はむっとして言った。


「笑いごと? けっこうぎりぎりだった。死ぬかと思ったよ」


「死ななかったんだからいいだろ? それより聞いたかよ、あの男の言葉!」


 どうやら最後に僕が聞き取れなかった言葉の内容で、エリーは笑っているらしかった。


「なんて言ってたの?」


「なーんだ聞こえなかったのかよ? でも残念だけど私の口からは言えないな」


「どうして? 教えてくれないと気になるんだけど」


「品がねえからさ。とても口にはしたくないってわけだから、悪いけど諦めてくれ」


 ひとりでおかしそうに笑っているエリーに腹が立った僕は、小さな復讐を思いついて、自転車を立てながらこう言ってやった。


「エリーがそう言うんなら、よっぽど下品なんだろうね。クソとかケツの穴なんて目じゃないくらい」


 なにこの野郎! と掴みかかってこようとするエリーの手のあいだをひらりとすり抜け、


「先に行ってるよ!」


 僕は自転車にまたがって走り出した。


 追いかけてくるエリーから逃げながら大声で笑っている僕も、怒っているふりをしながら本当はそこまで怒っていないエリーも、この何でもない日々がもうすぐ粉々に壊れてしまうなんて知らなかった。人がたくさん死んで、僕も死んでしまうなんて誰にも分かっていなかったのだ。

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