蒲江とオルガ
蒲江視点とオルガ視点です。
次の日。
蒲江はどうしてもオルガが気になり、学校の部活帰りにあの使われなくなた小屋へと足を運んだ。
その途中の林の中。
ぼんやりとした顔で蒲江が宙を見つめた。
……佐保の様子。どこか変だったなぁ………。
と、蒲江は今日の佐保を思い出していた。
そう。
今日の佐保の様子はどこかおかしかった。
寝不足気味だったのか佐保は目の下に濃い隈を作り、苛々した様子で授業を受けていた。
理由を尋ねてみても佐保は、ああ……と曖昧な返事で誤魔化したり、別にっ!と声を荒げていたりしていた。
時々、悲しげに頭を俯かせ、何かに耐える様な辛そうな顔をしながら。
それを見て蒲江は、友人の私にくらい相談してくれても良いのに……と、佐保を心配することだけしか出来なかった。
蒲江はいくら噂話が好きだからと言って、無理に聞き出す程、無神経ではなかった。
だから余計に、何も出来ない自分が許せなかった。
○
「ハァ……」
「なに溜息吐いてんだ?」
すぐ背後から声が聞こえ、後ろを勢いよく振り返る。
するとそこには、オルガが膝を木の枝に掛けながら逆さまになっていた。
安定はしないのか、ブラブラと少し揺れている。
「吸血鬼って、そうやって寝るの?」
「なに言ってやがる。んなワケねぇだろ。いや、こーやって寝る奴もいるにはいるが……俺はここでお前を待ってたんだ」
「え?」
少しドキッと、胸が高鳴るが。次のオルガの言葉でそれもただの虚しい音へと変わる。
「メシ…ハラ減った」
「ああ、そう………ん?」
……メシ……飯?……という事は、つまりは……血?
「あの、血をくれ…って事?」
「それ以外に何があんだ?」
さも当然のようにふんぞり返るオルガに対し、蒲江は呆れた溜息を漏らした。
……あれだけ私の血を吸っておきながらお腹がすくなんて………。
燃費悪いなぁ…と思いながら、今朝の貧血の原因は絶対にこれだと確信していた。
蒲江は少しだけ、貧血気味の人の思いが分かったような気がする。
とりあえず人に見られないように、オルガと蒲江は小屋に入り、身を隠した。
○
「あっ、そういえば。血を吸われると、私も吸血鬼になったりするの?」
ゴミ捨て場から拾ってきたのか、小屋の中には汚れた椅子が二つ、中央に置かれていた。
それに座り、蒲江はオルガに訪ねる。
オルガはその問いに、やや乱暴気味な口調で返した。
「なるか。それは自分の血を人間にやった時の場合だ。血を吸われただけじゃ、お前ら人間は吸血鬼になんねぇよ」
それを聞き、蒲江は安堵した。
自分が吸血鬼になったらどうしようかと悩んでいたのだ。
その恐怖心が眠りを妨げ、今の蒲江は少し寝不足だったりする。
「で、くれ。血」
「直球で頼むね。オルガさんって………」
初めて名前を呼ぶ事に蒲江は緊張したが、意外にもすんなりと言えた事に、少しの感動を覚えた。
……もしかして私っ、男性恐怖症が治ってきているのかもっ!!
「オルガさんって何だよ。気持ちワリィ…呼び捨てにしろ」
「えぇっ!?」
……さん付けでも緊張してやっと言えくらいなのに、今度は呼び捨てにしろ!?
しろ、という事は命令形だ。
蒲江はオルガの背後から漂う威圧感に逆らう事が出来ず、要求通り呼び捨てをしてみる事にした。
「で、おっ、オッ……、おお………お……オッ………」
「はやく言え」
「おっ……オルガッ!!血っ、飲むんでしょっ!?だったらどこから血ぃ飲むの!?首!?首なのねっ!?」
呼び捨てにした事で何かの勢いが付いたのか、口調が若干どころか盛大に砕けてしまったが、蒲江はそんなことを気にする余裕が失われている。
男性と会話をした経験が無い上に、首筋に唇をあてられ、さらには血を吸われてしまい、そして今度は呼び捨ての要求だ。
蒲江の頭はもう一杯一杯だった。
だが、そんな蒲江とは裏腹にオルガは気に触った様子も全く見せずに、蒲江の問いに正直に答えた。
「あぁ。あっ、あぁー……ちょっと待て、首は流石に何回もは無理だ」
「どうゆう事?」
オルガを訝しげに蒲江は見た。
そのオルガは顔を少し赤らめながら、オドオドと似つかわしくない身振り手振りで話し出す。
「俺ぁ血に酔うんだよ。得に首筋から流れる血にはな」
「………酔う?」
蒲江の言葉に、コクコクと頷く。
そのオルガの様子が似合わないにしろ、蒲江にとっては何だか可愛らしく見え、つい顔を緩めてしまう。
その蒲江の顔を見たオルガが、少し怒ったような口調で続けた。
「俺は吸血鬼の中でも血が駄目なんだ。別に血が怖ぇとか、震えだすとかじゃねぇ。血の飲む量によって酔っぱらっちまうんだ。そのかわりに出る力や術が違ってくんだが、それでも酔う事は避けられねぇ」
そこで昨日のオルガに蒲江は納得がいった。
「ああ、昨日の変な状態は、酔っぱらってたんだね」
「一度お前が気絶している間に血を少しもらったんだが…その時に酔っぱらっちまったんだ。しかしたった数量で俺を酔わすなんてなぁ…どんな血ぃしてんだ?お前。正常か?平常か?……お前、大丈夫か?」
「お前に言われたくないわっ!!それよりも気絶してる間ってっ!?私が悪いみたいな言方しないでっ!!頼みますからっ!」
オルガのあんまりな物言いに、蒲江は真っ赤になって抗議をする。
それを見てオルガは、意地悪く笑うだけだった。
そこで蒲江はハタと気付く。
「そういえばオル……ガ……、色々と私に教えてくれるけど。良いの?私みたいな一般の人間に教えちゃって」
「あぁ?んなモン後で記憶でも消せば何とでもなんだろ。それよりも俺が吸血鬼だってよく信じたな。普通の一般人ならマジックだなんだって俺らの術や力なんて信じようとしねぇ…いや、吸血鬼自体信じようとしねぇもんだぞ?お前、自分の事一般の人間なんて言ってらんねぇんじゃねぇのか?」
「しっ!失礼な!」
先程の恐ろしい発言を頭の片隅に無理矢理追いやり、しかし、オルガの言う事も当たっていると自分を納得させた。
蒲江自身も、もしかしたら心の奥底では吸血鬼なんて信じていないのかもしれない。
だが、それだと昨日の瞳の変色の説明がつかない。
しかも、血を吸う人間なんているのだろうか?
一応そのような体質の人間はいると蒲江は聞いた事はあったが、その人達には吸血の際に、瞳の変色なんて事は起こらないだろう。
もし変わったとしたならば、一体どんなマジックだ。
蒲江はその事が気に掛かり、思い切ってオルガに問うてみた。
「……オ、ルガ。昨日私の血を吸う時、瞳の色が変わったんだよ。それでオルガが吸血鬼だって事信じたんだけど……」
「………へ?マジか?」
どうやらオルガ自身は瞳の変色に自覚は無かったようだ。
●
……そういえば、ジェスもエルジュも他の吸血鬼達も、俺が人間を吸血する時には、いつもいなかったしな………。
思い出してみても、自分が吸血する際に別の吸血鬼がその場に居る事がなかった。
食事の時間を誰かに邪魔されたくなかったオルガは、血が必要になった時だけ一人で出掛け、人間から少量ずつ分けて貰っていたからだ。
その人間も催眠で記憶を消しているので、確かに瞳の色の事など自分さえも気付かない。
「……っ!」
オルガ愕然とした。
吸血の際に瞳が変色するのは、オルガの母もそうだったからだ。
……つまりこれは……あの女の血のせいって訳かよ………。
オルガは自分の母が大嫌いだった。
珍しい黒髪の吸血鬼というせいで、他の吸血鬼達から遠巻きにされ、虐げられて来たのだ。
しかし、その様な扱いをされても、母は何も言い返さなかった。
その母の態度が、とても気にくわなかったのだ。
……全員まとめて、どこかに沈めちまえば良かったんだ……。力が絶対の一族だ。あんなひ弱な吸血鬼達なんかさっさと力でねじ伏せとけばっ……。
母の寂しそうな姿を思い出す。
寂しいと感じるならば、どうして己の声で皆に訴え掛けない。
どうして諦めてしまう。
灰色にしか思い出せない母の顔に、オルガは苦い顔をするしかなかった。
○
オルガの辛そうな顔を見た蒲江は、もしかして言ってはいけない事を言ってしまったのではないかと、不安が募った。
今更謝っても仕方がないことなのかもしれないが、それでもと蒲江は声を出す。
「あっ、あの、……その………ごめん…なさい…」
どもりながら蒲江はオルガに謝罪した。
その声で我に返ったオルガが、
「別に……気にするほどのコトじゃねぇ…」
と、小さい声で返す。
気まずい空気が二人を包む。
そこで蒲江は勢いよく立ち上がり、思い切って腕をオルガに突き出した。
「ほらっ、飲みなよ。あまり良い気はしないけど……」
「あ、ああ…」
先程とは打って違う、あまりにも男らしい蒲江に驚いた様子のオルガは、おずおずと腕に唇を付けた。
「んぐぅ………」
歯を差し込んだ時。
蒲江の呻き声が上から聞こえたが、もうそれもオルガには聞こえないようで、目を緋色に変えながら、夢中で蒲江の腕から血を啜っている。
「いったぁ………」
涙を目の縁に滲ませながら、蒲江は痛みに耐えるように顔を顰めた。
自然と蒲江の腰を引き寄せ、抱き込むようにして腕の血を必死に啜り飲む姿は、獣のそれに近い。
「ハァ…ハァ………ウゥ………」
腕から口を離し、オルガが一息吐く。
しばらくオルガは、蒲江に抱きついたまま離れなかった。
吸血の余韻に浸っていたかもしれないが、蒲江にとっては心臓が破裂するかしないかの死活問題だ。
目の前に居る吸血鬼の腕の中で、蒲江はさっさとオルガの酔いが醒めてくれることを切実に祈った。
力が絶対の一族=力があればどんな姿をしていても絶対的支配者な一族。