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佐保とジェス

佐保とジェスの視点。

 え?と、思った瞬間には、その声の主は、佐保の目の前に立っていた。

 その声の主は、金髪の、恐ろしく顔が整っている美青年だった。

 佐保は、その新たに現れた美青年の顔を見て、先程の銀髪の美青年のことを一瞬だけ忘れてしまっていた。

 それ程までに……綺麗だったからだ。

 美青年は、佐保の流した涙を指ですくい、顔を近づけた。


「何を泣いている」


 その問に俯き、答えない佐保に苛ついたのか、美青年は佐保の顎をもの凄い力で掴み、無理矢理自分の方を向かせる。

 痛い……と思っても、それを咎めるだけの気力は、今の佐保にはなかった。

 妹も、こんな風な扱いを受けているかもしれないと、思考がどうしても後ろに行ってしまい、目の前で起こっている状況が把握できずに、身体を動かす事が出来なかった。


「まぁ良い………私は腹が減っているんだ。意志関係なく貰うぞ」


 何をこの人は言っているのだろう?

 自分の顎を掴んでいる美青年の言っている事が分からず、佐保は放心状態に近い意識で放っておく。

 美青年の顔が、佐保の視界から下へ行き、首筋に何かが当たるのが分かった。


 ……口………?おい、汚いよ……私の首は。


 美青年は、佐保の首を口で覆っている。

 汚いから、さっさと口を離した方が良いよ。

 そう伝えようとするが、佐保が言葉を発しようとすると、それは声にならずに、スカスカと息を出すだけになってしまう。


「痛いのは少しの間だけだ」


 チリッとした痛みが、佐保の首に走り、佐保の顔を歪ませた。


「あっ………!」


 痛みから液体が流れ出すのが感じられる。

 流れる液体を、首を覆っている美青年の口が啜っていく。

 鉄臭い匂いが、佐保の鼻を突いた。


「いったっ……!」


 痛みがだんだんと強くなっていくが、美青年が口を離す気配が一向に感じられない。

 もしかしたら、このまま全部の血を吸い尽くされてしまうのではないかという恐怖が佐保を襲った。


「はっ!はなせっ……!」


 声が出せるようになったが、身体がまるで金縛りにあったかのように動かず、しかも美青年がまだ血を吸っている光景が佐保の意識を遠くさせた。


     ●


「……?」


 佐保が反応を返さなくなったのを不思議に思い。

 美青年……ジェスは、佐保が気絶した事に気付き、首筋から口を離した。


「全く……軟弱な生き物だ」


 その口から出てきた、冷たい一言。

 佐保の意識がなくなって、重くなった身体を地面に寝かせた。

 背中が少し汚れてしまうが、仕方ないと思い、許せよと、心の中で詫びる。


「先程のお礼だ」


 右手の指先を佐保の血が止まらない首筋に、そして左手の指先は、赤い筋が走る頬に当て、ジェスは小さく何かを呟いた。

 その瞬間。

 何かが焼けた様な音を出しながら、佐保の首筋にあった小さい穴と頬の傷は、塞がっていった。


「さて、こいつをどうするか………」


 放っておいたら自分の存在が他の吸血鬼にバレるとも限らない。

 この前の吸血した人間でさえも吸血鬼と騒がれたのだ。

 美青年は悩んだ末に、佐保を抱えて立ち上がり、


「感謝しろよ。私がこうしてお前を助けるのも、お前の血が美味かったからなのだからな」


 傲慢な言葉を述べ、美青年は、闇の中へ消えていった。


     ●


 闇が続く道に、佐保は一人佇んでいた。

 右を見ても左を見ても上を見ても下を見てもどこもかしくも闇だった。

 おまけに自分の身体さえも見えない。

 佐保はそれでも辺りを見回していた。

 誰かを捜していたからだ。


 ……佐奈………。


 大事な、たった一人の妹。

 喧嘩もするけど、それでも大切な。


 ……けれど、どこ行ったんだんだろう………?


 佐保は見つからなくとも、諦めずに辺りを見回す。

 前には進めない。

 後ろにも行けない。

 その中でも佐保は必死に捜した。


『お姉ちゃん』


「どこっ!?佐奈!どこにいるの!?」


 叫んでも、声が響かない。

 佐奈の声は大きく響いているのに、自分の声が響かないのだ。

 どうして?と思う前に、佐保はまた叫ぶ。


「大丈夫っ、佐奈。お姉ちゃんが来たから、もう安心だよ!」


 きっと怯えているだろう妹を安心させるべく、佐保は誰も居ない闇に声をかける。


 ……佐奈はああ強気に見えても恐がりだからな。


 私が安心させなきゃ………。


 しかし、返ってきた言葉は、佐保の予想しなかった言葉だった。


『酷いよ。お姉ちゃん』


「え?」


『酷いよ。痛いよ。痛いよ。痛いよ。全部私の血…なくなっちゃった…お姉ちゃんが望んだんだよ?』


「ちっ!違う!違うよ!お姉ちゃんはそんなことっ………!」


 あれ?そうだったっけ?


 私が………?


 私が望んだから?


 嘘………………、


『お姉ちゃんは私が憎かったんだ!いつも自分より可愛がられる私が、とても憎かったんだ!』


「やっ……やめっ……!」


『お姉ちゃんのせいで、全部吸血鬼に血吸われて私、死んじゃった!!』


「いやああああああああああああああああああああ!!」


     ○


 佐奈の言葉で、佐保は悲鳴を上げながら夢から覚める。


「はぁっ……はぁっ……!」


 飛び上がる様に起きた佐保の身体は、ひどく汗をかいていた。

 その水分で、服がべっとりと肌にまとまりつく。

 呼吸が荒い。


「………………嫌な夢を見た……」


「どんな夢だ?」


 佐保が寝ていたベットの右手から声がかかる。


「そうだな。昨日、妹が変な…というか変態銀髪イカれ野郎に攫われて、さらにはその銀髪が吸血鬼で、妹の血が全部そいつに吸われて……」


「銀髪だと?」


「そうそう…………………って!あんた何でいんのおぉっ!?」


 声がする右を見たら、自分の血を吸った金髪の美青年が憮然と椅子に座っていた。

 違和感なく会話をしてしまったが、佐保は金髪美青年を認識してから、混乱が頭を占めてしまった。


「え?え?もしかしてコレはまだ夢!?そうか、これは夢なんだ!だから私が血を吸われたのも妹が攫われたのも全部全部夢なんだああぁぁっ!!」


「落ち着け」


 佐保が混乱状態の最中に、金髪美青年は一人冷静に言葉を切り入れる。

 このままでは話が進まないと思ったのだろう。

 当然の対応かもしれない。


「ちなみに今は昨日ではない。良く見ろ、まだ外が暗いだろう。それにここはお前の部屋ではない。誰も住んでいない空き家を使わせてもらった」


「えっ?それって犯罪じゃ………」


 金髪美青年がギロッと睨みつけるので、佐保の突っ込みは途中で途切れ、何とも微妙な空気が流れる。


     ○


「今、何時?」


 おずおずと訪ねると、素直に美青年は答えてくれた。


「今は夜の九時だ」


 結構な時間、寝ていたんだろう。

 佐保が起きあがると、血が足りないせいか、身体がギシギシ鳴り、足元がふらふらした。

 それでも踏ん張って立ち上がり、佐保は家に帰ろうと玄関を探す。


「大丈夫か?確か結構な量の血を吸ってしまったからな。身体が辛いだろう」


 しれっと言い放つ美青年に、佐保は思わずキレそうになったが、正体不明の相手…しかも血を吸うようなのを相手にするのも、命に危険が及ぶと考え、何とか納めた。

 まず、部屋を出て行こうとしたら、何もない所で何かにぶつかった。


「ブッ!!……あっ?へっ?」


 進もうと足を前へ前へ進ませるも、見えない壁にぶつかり、前へ進めない。

 異常な現象が今、この空き家で起こっている。

 ゆっくりと後ろを振り返り、佐保はこめかみをピクピクさせながら引きつった笑顔を相手に向け、右手を挙げた。


「あのぉ………」


「なんだ」


 ふんぞり返る美青年を見て青筋が浮かびそうになったが、佐保は我慢我慢と心に言い聞かせた。


「もしかして、何か…その…漫画や映画みたいな言い方で言うと……結界……とかゆうの張ってますか?」


「流石にこれくらいは人間には分かるか」


「って、ええええぇぇ!?やっぱりですか!!」


 初めてのファンタジーな体験に、佐保は少しの興奮を覚えたが、現状が現状なだけに、今結界で捕らわれているのは綺麗なヒロインではなく、自分だという事にその興奮も半減し、それに反比例するかのように焦りが急上昇する。


「家っ!家に帰らせてください!」


 このままでは、佐奈を見つける前にあの銀髪の男に殺されてしまう。

 そう思った佐保は、必死になって金髪の美青年に頼み込んだ。


「別に良いが。それには条件がある」


「何でも致しますから!だから頼みます!」


 土下座する勢いだ。

 その様子に満足した美青年が、佐保に条件を告げる。


「私と会った事を誰にも言わない事だ」


「へ?」


 ……なぁーんだ!そんな事か!てっきり酷い命令かと思った!


 安心した佐保は、そりゃ!もちろんです!絶対誰にも言いませーん!と言い、部屋を出て行こうとした。が、


「あ、ところで暫くお前の家に匿ってくれ」


「はぁっ!?」


 くれないか?ではなく、くれ、と言う事は、これはもう決定されている事なのだろう。

 佐保には時間が無いのだ。

 この際腹をくくってしまおうと、直ぐに決断をし、金髪の傲慢な男を理由も知ろうとはせずに匿うことにした。


     ○


「妹が行方不明となってしまった原因が吸血鬼ならば、なんらかの事情が無い限り殺すことはしない。吸血鬼には人に害を与えるか、殺してまで血を吸うなという掟のようなものがある。それよりもまだ遠くへは行っていない筈だ。時間を掛けて捜索をした方が見つけやすい。お前の身体はもうボロボロじゃないのか?そんな体で、仮に見つけたとしても返り討ちに遭うのが関の山だぞ」


 金髪の美青年……ジェスの助言で、ひとまず家に帰ることにした佐保は、佐奈が行方不明となった責任を感じ、胸を痛めていた。

 隣で口笛でも吹きそうな程に上機嫌のジェスは、お前の妹の捜索は協力してやるから血を寄越せと佐保を脅しつける。


 ……こいつ、ぶったたいて良いかね?


 家に帰ってからは、こんな遅くまで何処に行っていたと両親に怒られ、佐奈の事を誤魔化すわで忙しかったが、ジェスが幻術を用いて、その場を収めることが出来た。

 今の両親の記憶の中には、佐奈は一時的に消されてしまっている。


「幻術はあまり得意な方ではないが……」


 催眠状態になっている母を使い、学校にまで連絡を入れさせ「遠い親戚が亡くなり、親族会議が行われるので暫く休みませます」と佐奈の担任に告げさせた。


 ……お母さん、お父さん………ごめん。佐奈は必ず私が取り戻すからっ……!


 佐奈の記憶を一時的にとはいえ無くさせた事に、佐保は罪悪感を覚えたが、今はこうするしかない。

 大事な妹の捜索と銀髪吸血鬼への報復を胸に、トキメキもラブコメ展開も望めない、美形な金髪の吸血鬼……ジェスとの、奇妙な共同生活が始まってしまったのだった。

夢の中の佐奈の言葉は、佐保の被害妄想です。

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