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佐保とジェス視点。


 薄暗い、廃墟と化したビルの中。

 その場に蹲る一つの影があった。

 正装に身を包むその影は、顎に手を当てながら下に広がる町並みを見下ろし、そして思う。


 ……喉が渇いてきたな。


 顎に当てていた手を離したその一つの影は、仲間の元から逃亡して来たジェスだ。

 逃亡途中であまりにも不味い血を飲んでしまい、気分と体調が悪くなってしまったらしく、整っている綺麗な顔を歪ませ、苦しそうに時折呻る。


「どこかに、旨い血はないものか………」


 だが最近、人間達の生活リズムが崩れ、血がどんどん不味くなってしまっている。

 昨日の若者みたいに、糖分がやたら高く、不健康な血を飲み続けてしまったら、もう腹が減ったどころではなく、病気になってしまう。

 吸血鬼が病気とは可笑しいが、物の例えには、これが最適なのだ。


「血を捜すか」


 そう呟くと、吐き出された煙草の煙の様に姿を消し、また、別の影へと移動した。


     ●


 どこにでもある。普通の一軒家があった。

 一軒家の二階の一部屋。

 そこに佐保はいた。

 自分の部屋のベッドの上で、ゴロゴロと寝っ転がりながら、行儀悪く漫画を読む姿は、本当に年頃の女子高生とは思えない。

 今日は日曜日。

 する事もなく、だからといって休みに人通りが多い街中に行く気力もなく、部屋でゴロゴロするしか佐保には選択肢がなかった。

 それに加え、佐保は昨日のあの体験で受けたショックがあまりにも大きく、立ち直れずにいる。

 外に出る事さえも、実は少なからず恐怖があるのだ。

 もしもまたあの様な“モノ”に出会してしまったら。

 考えれば考える程。佐保は恐怖と混乱に全身が凍り付くのを感じた。


 ……あの、男は……一体…………。


 何度も読み返した漫画に退屈を感じた佐保は、その漫画をベッドの横に投げ置いた。

 否。本当は漫画の内容など頭の中に入ってはいなかったのだ。

 佐保の頭の中では、先程からずっと吸血鬼の噂話が渦巻いている。


 ……吸血鬼…吸血鬼…きゅーけつき………。ヴァンパイア……、ね。


 昨日の出来事は、とりあえず頭の片隅に置いておこうと、無理矢理考えないようにし、噂の吸血鬼の事を黙々と考えていた。

 考えても考えても頭が混乱するばかりだったが。

 例えば、だ。

 本当に例えばの話。

 吸血鬼が仮に居たとする。

 日本に初めからいたのか、それとも海を越えて日本に来たのかそれも分からないが、とにかく“いた”とする。

 吸血鬼の主な食事は血液。

 イコール人を襲う。

 だから不良達も襲い、昨日も自分の血を飲もうと襲って来た……と仮説を立てる。

 そうすれば、あの不可思議な声も本能的な恐怖も納得することが出来るのだ。

 だが、それはあまりにも無理矢理なこじつけ推理に過ぎないし、吸血鬼がこの世にいると自分が信じしまえば、きっと周囲の皆から、頭がどうかしてしまったのだろうと思われてしまうだろう。

 当然だ。

 それに自分は吸血鬼などというファンタジーな存在を信じてはいない。

 だから昨日のあれは………、きっと白昼夢だったのだ。


     ○


「………うぅん………うぅん………佐奈ああぁぁっ!」


 考える事がいい加減面倒臭くなったのか、佐保は隣の部屋にいる妹の佐奈に話し相手になってもらおうと、壁越しに声を掛けた。


「佐奈ー?佐奈ー!どったのー?おーい!」


 ……オカシイ………。


 いつもはこのくらい呼ぶと、勢い良く扉を蹴飛ばして部屋に入り、佐保の大声に非難の声を送り、姉への甘さなのか用件を聞いてきたりする筈なのだが。

 今は、妹の足音さえしない。


「なんだってのよ………」


 少し…ほんの少しだけ嫌な予感が胸をよぎる。


 ……何なんだろう……よく分からないけど……、とにかく佐奈の部屋に向かおう。


 部屋のドアの前に立って、普段はしないノックをしてみた。


「おーい……佐奈?入っちゃうぞー?……」


 ドアを開ける。

 そうして感じたのは、頬にくる少し涼しい風だった。

 佐奈は窓を開けていたのか、カーテンがバサバサと揺れている。


 「へ?」


 ピッ!

 頬に小さな痛みを覚え、思わず痛みが走った箇所を指先でなぞった。


 ……血?


 風が、細かなガラスの破片をあちらこちらへと飛ばしている。

 指先から外した佐保の視線は、佐奈が部屋のどのあたりにいるかを追う。

 追って、追って……、そして。


「さ…な……」


 ……あれ………、あれって?


 割れた窓の前にいる、見た事ある、あの美青年は。

 ははは、まさか佐奈の恋人じゃないよね?

 何で佐奈を脇に抱えてるの?

 なんで、なんで………。


     ○


 ……なんで……、昨日の銀色髪のお兄さんがこんな所にいるのかな………?


 頭が混乱状態の中でも、佐保は一瞬で動いた。

 目の前の銀色の髪をした美青年に体当たりをしようと、勢いに身を任せ、突進した。


「ッ!?」


 だが、美青年はそれを少しの動作で優雅に避ける。


「うぁっ……!?」


 それと同時に美青年は佐保の足を掴み、逆さ吊りにさせた。

 何とか足を動かし、その片手の拘束を振り解こうとするが、上手くいかない。

 ただ、うごうごと動いているだけになってしまっていた。


「くっ……このっ!」


 足を掴む手に、もの凄い力が加えられ、ミシミシと足の骨が鳴る。


「いあぁっ……!?」


 突然の痛みに佐保の顔は歪み、涙が滲み出た。

 それでも佐奈が心配で、逆さになりながらも佐奈の様子を見る。

 怪我などが見当たらない所を見ると、どうやら気絶しているだけらしい。

 しかし、この騒ぎでピクリとも反応を示さないとなると、強い衝撃で気絶させられたりしたのだろう。

 内臓やその他の器官に、傷が付いていない事を佐保は祈った。


「煩いな。美しくないモノは俺に触れるな」


 銀髪の美青年は、佐保の足首を掴む手にさらに力を加え、佐保自体を振り回し、壁に叩き付けた。


「カッ、ハァッ……!?」


 衝撃で一瞬呼吸を失うが、視界の中では、銀髪は佐奈を抱えたまま窓の外へと飛び出して行き、何処かへ消え去ってしまった。

 佐保の顔が、真っ青になる。

 現状に追いつかない脳が、意識を失わせそうになったが、それを無理矢理覚醒させた佐保は、咳き込みながらも起きあがり、あの美青年を追いかけようと立ち上がった。


     ○


 母は今出かけていて家にはいない。

 警察を呼ぼうにも、こんな出来事を信じてくれるワケがない。

 それならば自分が何とかするしかないと覚悟を決め、自力で佐奈を助け出そうと家に鍵を掛け、自転車に跨り、佐奈とあの銀髪美青年の捜索を開始した。

 しかし、捜すにもどこを捜せば良いのだろうと、佐保は悩んだ。

 町中を捜すにしても、何処かのビルの屋上などに逃げられれば佐保は見つけられない。

 屋上に辿り着く前に、警備員の人に自分が捕まってしまう。

 自転車にも限界はある。

 消えてしまった人間を捜し出せる気がしなくなってしまった。


「あああぁぁっ…!もうっ、一体どこいったぁあ!?」


 親が帰ってくるのも時間の問題だ。

 あの泥棒が入った後の様な部屋に親が気づいたら、失神してしまうだろう。

 佐保は、親が帰ってくる前になんとしても佐奈を見つけ出さなければならない状況に陥ってしまったのだ。

 学校や町のいたる所を捜しても、佐奈も銀髪の美青年も見つからない。

 まるで逃げる者のいない鬼ゴッコをしているかのような感覚だ。


「もしかして……、あれが噂の吸血鬼だったのか?」


 今更になって思うが、手ぶらで窓から家に入ってきた事といい、消えた事といい、少なくともあの美青年は人間ではないだろう。

 だが、何故佐保の妹の佐奈を狙ったのだろうか?

 それが疑問だったが、今はその疑問を沈ませ、佐奈を見つけ出す事に専念した。


     ○


 日も暮れ始め、闇が少しずつ滲むような広がりを見せ始めた。

 星の光もチラホラと瞬きをし、帰りを報せる公園のスピーカーから流れてくる『愛の鐘』と呼ばれる音楽も聞こえてきた。

 親もきっと帰ってきているかもしれない。

 佐奈も、生きているのか心配になってきた。

 もしかしたら血を全部飲まれているかもしれない。

 佐保は、己の顔を両手で覆った。


     ○


 妹の佐奈は、佐保と違い顔が整っており、可愛らしいと男子からの評判も良かった。

 昔からそのことで何をしても妹の佐奈と比べられ、男子からは、からかいの対象にされてきた。

 憎く思う事は多少なりともあったが、死んでもらいたいとは思った事はない。

 今日の出来事と、昔の事を思い出し、佐保は自己嫌悪と悲しみで涙が溢れてきた。

 折角の休みが、何故こんな事になってしまったのだろうか?

 もっと頑丈な窓ガラスにしてれば良かったのだろうか?

 それとも昨日から何かしらの対処をしていれば良かったのだろうか?

 佐奈と一緒に佐保の部屋にいればこんな事は避けられたのではないのか?

 考えれば考える程、佐保の後悔は深まるばかりだった。

 佐奈の姿を捜して、近くの港まで来たが、やはり影すらも見あたらない。

 佐保は思わずその場に座り込んでしまった。


「なんだって…こんな事にっ………」


 俯いた佐保の顔から涙が落ち、地面を濡らす。

 その光景を目にし、ますます気分が下へと落ちていく。


「佐奈………」


 そう呟いた時、わずかに佐保を照らしていた光が、すべて影に遮られ、頭上から声が降ってきた。




「そこの女。何を泣いている」




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