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第一章:佐保

主人公の佐保とジェスの二人の視点。出会ってないです。


 ……今日は、もしかして、人生最悪の日ではないのか?


 心の中心でそう叫ぶのは、今年高校一年になったばかりの南城佐保だ。

 何故、こんな不幸を嘆く様な事を言うのかと言うと、今日の朝から、とにかく“ついていない”のだ。

 登校するために乗った電車は何故か、いつにもまして人数が多く、人混みラッシュにもまれ、学校に着くと嫌いな嫌味先生というあだ名がつく程のネチっこい科学の先生が何故か教室を掃除をしており、朝から見たくもない先生の顔を見るハメになってしまい、そしてしたくもない挨拶をしてしまった。

 英語の時間には、抜き打ちテストが行われ、点数は散々な目にあった。

 しかし、それだけだったらまだ良かったのだ。

 重要なのは……学校の帰り………。


「ねぇ~、頼むよ~俺っち今月金欠なのよ~」


「僕らちんにおこづかいちょーだーい~ははは!」


 ……うざい。


 心の中で毒づく佐保の目の前にいるのは、一目で分かる程の不良達。

 達と言っても、たった二人なのだが、今はそんな余裕ある思考をしている場合ではないと、佐保は改めて二人を見たが、それでも何も変わらない状況に溜息が出そうになった。


     ○


 学校の帰りに、いつものコンビニに立ち寄って、ちょうど切らしていたノートを購入し、さっさと駅に向かって歩き出した時だ。


「ねぇ~、ちょっと」


 男の人に声を掛けられたのだ。

 あまりこの地域で見かけたこともない人だったので、道でも聞きたいのかな?と思い、佐保は返事を返したが、その瞬間に男に腕を捕まれ、コンビニから少し離れた暗い路地裏に連れ込まれてしまったのだ。

 どこかで待機していたのか、後からもう一人、男の人が出てきて今の状態にある。


「う~ん?どうしたのかな~?怖がらせちゃった~?」


 不良が笑いながら、俯き、そして無言の佐保に手を伸ばそうとした時だ。


 ……パシンッ!


 伸ばされた手は佐保の手によって、叩き払われたのだ。

 不良達は呆然とした表情で言葉が出ない。

 手を叩かれた男がハッと我にかえり、佐保の胸ぐらを掴む。


「てんめぇ~…っ!何しやがる!?」


「さっきのコンビニの店員がこっちを訝しげに見てました。きっと今頃誰かを呼んで来てくれると思いますが……どうします?」


 一見大人しそうな佐保が、そんな強気な発言をするとは思わず、不良達はしばし呆然とした後、盛大に笑い始めた。


「ギャハハハハッ!そんな嘘に引っかかると思ってんのぉ?俺達をあんま馬鹿にしないでもらえませんかぁ?」


「そんな意地悪言っちゃうと……、みんなに見せられないようなひどい顔にしちゃうけどぉ?あ、それは今もあんまり変わらないかぁ!」


 ……ヒャハハハハ……ッ!!


 不良達の馬鹿に大きい笑い声に、佐保は無言で返すしかなかった。


「…………………………」


 地味な顔立ちの佐保は、お洒落とは程遠く、手入れのされていない太い眉と、化粧にも興味が無いため、何時も小学生のような格好をしていた。

 制服も規則通りに着こなし、当然スカートも長い。

 不良達は大人しい佐保から金銭を巻き上げられるかと思い、こうして路地裏まで連れ込んだのだが、佐保は一向に財布を出す気配が無かった。

 痺れを切らした不良の一人が佐保から鞄を取り上げようと手を伸ばしたその矢先だった。


「……ッ!?」


 遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

 普通なら、こんな喝上げでサイレン等鳴らす筈もなかったのだが、今はこうして犯罪に手を染めている最中のことだ。

 変に疑心暗鬼に掛かっても可笑しくはなく、佐保の言葉ももしかしたら……という不安から、不良達は舌打ちを一つしながら佐保から離れ、渋々とその場から走り去って行ってしまった。


     ○


「………アホだな………」


 コンビニの店員がこちらを訝しげに見ていた等、ただのハッタリだ。

 それを都合良く聞こえてきたパトカーのサイレンで勝手に勘違いし、怯えて逃げるとは。


 ……うん、全くもってのアホだ。


 しかし助かったのは事実。

 先程の喝上げから逃げる手段など、持ち合わせてはいなかったので、先程のサイレンには感謝しなければならない。


 ……だけど………。


 不良にしても何にしても、最近の男には絶望を抱かざる得ない。

 派手な化粧をし、服装をだらしなくさせるのが格好いいと思い、少量の度を超した強い匂いの香水をして、ピアスをジャラジャラと必要以上に付ける。

 そんな男を見ていると吐き気がしてきて、過激な感情だが殴りたい衝動にもかられてしまうのだ。

 しかし同時に、こんなのはただの八つ当たりだと、心では分かっている事を実感してしまう。

 そんな格好をしていても、格好いい奴がいる事は確かなのだ。

 そして、そんな男は可愛い女の子としか付き合わない事も………。


「……くだらないか…もう考えるのよそ」


 佐保は一人で呟くと、すぐさまその場を後にした。


     ●


「人が多いな……むやみに人目につかれるのも面倒だ」


 暗い路地裏に姿を現したのは、仲間の元から逃亡した吸血鬼……ジェスだった。

 久々に仲間と会うために正装をしていたのが拙かった。

 そのまま逃亡してしまったので、今の黒いタキシード服姿はあまりにも目立ちすぎている。

 その為。こうして暗い所を転々と瞬間移動しているのだ。


 ……しかし、何故にこうも薄暗い場所は埃っぽいのだろうか。


 不満が顔に滲み出るが、今はそんなことも言っていられる立場ではなくなっていた。

 苦渋の顔を四方に向け、警戒態勢をしていたジェスの視界に入ったのは数人の男性。

 人間だった。


「……ほぅ………」


 不幸にもジェスの目に止まったのは、先程佐保から金を巻き上げ損ねた不良達。

 呻り声のような苛立ちを言葉にし、近くに置いてあったゴミ箱を勢い良く蹴り上げ、


「クソッ……!!結局俺達とは無関係だったじゃねぇかッ…!あの女ぁ…今度会ったらただじゃおかねぇっ………!」


 不良がそう吐き捨てるのを聞いていたジェスは、オルガに少し似ている奴だなと、心の中で呟いた。

 ジェスの存在に気付かない不良達が、体勢を整えて周りを見る。

 ようやくジェスがこちらを見ているということに不良の一人が気付き、醜態を見られていたという羞恥から、脅すような声色でジェスに言葉を発した。


「てめぇ……何見てやがるっ……!」


 気恥ずかしさと憤慨が滲み出るそれを聞いたジェスは、鼻で笑いながら、


「別に」


 侮辱の一言を返す。

 その一言に不良は、先程の出来事の腹いせと言わんばかりに、いけ好かない金髪の異国人を殴ろうと、拳をジェスに向けた。


     ●


 数秒後。たったのその数秒の間に、ジェスは己に向かい、暴力を振るおうとしてきた男共の首筋に牙を立たせ、血を吸い上げ、不良達を地面へと倒れさせた。


「うぅ……うっ…ヴぁ!!」


 クビ筋を両手で押さえ、痛みに顔を歪める不良達の目からは涙が少し出ている。

 まるで塵を見ているような瞳で、ジェスは情けない姿の不良達を見下ろしていた。


「……まずい」


 痛い痛いと呻き泣く不良達に吐き捨てると、空気に溶け込むように姿をその場から消した。

 現実と思えない光景を見た不良は悲鳴を上げながら、痛みに呻くままに気絶しのだった。


     ●


 次の日、佐保はいつも通りに電車に乗り、学校へと向かう。

 不良に絡まれたことは、頭の中からすっかり忘れていた彼女だったが、学校で噂されていた話を聞き、昨日の出来事を思い出していた。


「ねぇ、佐保。知ってる?他校の生徒が吸血鬼に襲われたって噂!」


 少し興奮しながら佐保の友達、青井蒲江が広まった噂話を佐保に言ってくる。

 そんな友の様子を見て。ああ、この子はそーゆー噂が好きだったっけと、佐保は謎の感傷に襲われた。


「他校の生徒って、どうして分かるのよ……」


 蒲江をなだめるように質問をする。

 しかし、あまりなだめの効果は見られず、むしろ悪化したかの様に蒲江は大興奮しながら、


「そりゃあ!ここいらじゃ有名なワルだったからよ!みんな結構、喜んでいるみたいよ。何せ典型的な学校中の嫌われ者だったからねーあの二人組」


 へぇ、と佐保は、生返事をしながら、佐保は昨日の不良達の事を思い出していた。


 ……もしかして、あの不良二人組?………まさかね………。


「ねぇ。その、どうして吸血鬼なの?普通に不良同士の喧嘩とかじゃなくて?」


 噂されている不良達が昨日の二人だったら、何処か自分に何か原因があってそうなってしまったという可能性も否定出来ないからだ。

 良心が痛むということは、こうゆうことなのかもしれない。

 蒲江はそんな佐保の様子に気付かずに、御近所の奥様方の井戸端会議の様な口調で、右手を軽く振った。


「ああ、あのね。その不良の一人の首筋に二つの小さい穴があいていて、しかも血がそこから抜き取られてたって……もう!こりゃあ、吸血鬼よ!」


 目を輝かせながらうっとりと目をどこか彼方へと向ける。


 ……妄想に入ったか……これさえなきゃあ、良い友人なんだけどね………。


 呆れた溜息を佐保は吐く。

 しかし、どうやらその噂されている不良達を襲った犯人は、佐保とは何も関係がないようだ。


 ……じゃ、一体誰がそんな事をしたんだろう……。


 だとすると…佐保は考える。


 ……あの不良達が逃げた後に、その吸血鬼……犯人は、あの二人を襲ったに違いない。


 吸血鬼など、空想の世界のモノだと思ってはいるものの、その話からするとどうも、犯人は、ただの悪戯に血を抜いた等とは思い難い。

 加えて、血を抜く道具など。その辺の店などで、手に入る物でも無いし、しかも穴が二つあるというのも変な話だ。

 佐保は考えを巡らせる。


「ああ~ん!吸血鬼様にお会いしたいわぁ~!」


 佐保の横で小躍りしている蒲江にさらに詳しく話しを聞こうとすると、丁度良くチャイムが鳴ってしまった。


「じゃ、私席に戻るね~」


「あっ!ちょっと…!」


 声をかける間もなく、蒲江は颯爽と自分の席に着き、そして次の瞬間には、まるで打ち合わせたかの様に先生が教室に入って来てしまう。


 ……ああッ!もうっ!なんでこうもタイミングが悪いかね!!


 佐保は人知れず地団駄を踏んだ。


     ○


 結局、休み時間に聞いてみたものの。そう詳しい情報は得られず、そうしてグダグダと授業と休み時間を交互に受けている内に、放課後へと入った。


「じゃね!また!」


「うん。じゃ、また明日!部活がんばって!」


 ひらひらと手を振り、部活に向かう蒲江と別れを告げる。

 ふと、窓の外を見ると、血で染められたかのように、街が赤く染まっていた。

 夕日をぼんやりと見つめていた佐保は、ある用事を思い出した。


 ……あっ、……図書室に用があったんだ………。


 借りてた本を読み終え、今日中に返さなければならないと昨夜から鞄の中に本を用意していたのだ。


 ……期限過ぎて返すのって、何だか気まずいんだよなぁ……。


 図書局の局員は、期限にかなり厳しい面がある。

 前に、本の返却が遅れた際には、冷たい目を向けられもしたのだ。

 佐保その時のことを思い出し、慌てた様に図書室へ向かった。


     ○


「失礼しまーす……」


 おずおずと図書室に入り、一つ深呼吸。


 ……ああ、図書室の匂い………。


 佐保は、図書室の古く、それでいて香しく、何とも言えない独特の雰囲気と匂いが好きだ。

 それを胸一杯に吸い込むと、受付のカウンターに足を運ぶ。


「本を返しにきましたー」


 そう言ってみたが、図書局員の受付係の人の姿が見られない。

 声をかけてみたが、返事も返ってこない。


 ……どうしたんだろう?


「いないんですかー?」


 係の人を捜そうと結構広い図書室を歩き始めた。


「ちょっと……これって職務放棄じゃないの……?」


 一人ごちる。

 とにかく、図書室で少し待ってみるかと、そう考えた佐保は何分か待ってみることにした。

 のだが、何分。何十分経っても、係の人どころか、人の気配さえ全く無い。


「今日はやってない日だったかな?」


 仕方がないが、係の人が居なければ返却することも出来ない。

 佐保は返却を諦め、今日はもう帰ることにした。



 この時。

 この時、早々に図書局員が来るのを諦め、佐保がすんなりと家へ帰っていたのなら、あのような事は起こらなかったのかもしれない。

 まだ訪れぬ未来の出来事………それを佐保は知らずにいた。


     ○


 校門を出ると、軽い足取りに合わせ、生暖かい風が頬を通り抜ける。

 肩までの黒髪も、ふわふわとそれに合わせ、揺れた。

 海も近いとあって、潮の匂いも混じっているが、それすらも心地よかった。


 ……あぁ、良い風だな……。


 素直な感想が頭をよぎる。

 普段なら思わない様な、どこかロマンチックな感想。

 少しばかり乙女な気分で歩いていた自分を自覚し、佐保は誤魔化すように咳を一つした。

 時間を無駄に学校で消費してしまっていたために、日はもう完全に傾いている。

 黄昏時、というのもあったのだろう。

 感傷的につい、と陥ってしまったのも仕方がない。


 ……ったく、無意識とはいえ恥ずかしい………。


 自分も女子としての心を忘れていなかったことは、まぁ喜ばしい事実だと少し胸を反らし、自棄混じりに開き直りをした。

 その時だ。


「ああ………、いい匂いだ……」


 ……………………?


 佐保の後ろから、声が聞こえた。


 ……誰だろう?独り言にしては大きい声を出すな。


 少し不審に思い、後ろをゆっくり振り返る。

 するとそこには銀色の髪を風に靡かせた。少しだけ棘の籠もる表情をした美青年が立っていた。


「ッ!」


 金髪の外国人は町中で歩いていたのを見たことがあったので、もし目の前に立っていたとしてもさほど驚きはしないのだが、しかし佐保の目の前にいる美青年の髪は銀髪だ。

 銀色に近い髪の色をしている国ならあるが、ここまで見事に銀髪なのはテレビでも見たことがない。


 ……どこの国の人だろう?


 当然の疑問に、目の前の美青年をまじまじと見てしまう。

 ふいに、美青年の口が動いた。


「いい…匂いだ…」


 先程も聞こえてきたその言葉と共に、ふらふらとした足取りで佐保の方へと向かってくる。

 薬でもやってんの?と思わせる足取りだ。

 しかし、次の瞬間には佐保の本能が『逃げろ、逃げろ!』と伝えて来た。


 ……ッ逃げなきゃ………!!


 瞬時に前を向き、振り向かないように走ってその場から逃げ出した。


     ○


 逃げても逃げても追いかけてくる足音が聞こえる。


 ……怖い…!怖い…!


 今まで不良に絡まれたりしても、変質者に遭遇しても、こんなに恐怖した事はなかった。

 足が震えて、うまく走れない。

 呼吸が乱れて、息が苦しい。

 それでも足音は佐保の足を休ませてくれる事を許してはくれなかった。

 人気のない路地裏に入る。

 どんどん足音が近づいてくる。


 ……怖い…怖い……怖い怖い怖い怖いっ………!!


 もはや、それだけしか佐保の頭の中には浮かばなかった。


     ○


 何十分間走り続けただろうか。

 走り疲れてしまった佐保は、足のもつれと共に、その場にへたり込んでしまう。

 佐保が今居る所は、小さな林の中にある古い教会だった。

 もう人の訪れが殆どないのだろうその教会に、突撃するかのようにして、佐保は扉の中へ飛び込んだのだ。

 突然走り止まったためか、呼吸が激しい。

 呼吸を整わせて気付いたのだが、足音は後ろから消えていた。


「なんっ…で、私…逃げ……」


 冷静になり始めた佐保は、自分のした突然の行動に理解を示せていなかった。

 自分で自分が分からなくなった佐保は、落ち着いてきた呼吸の次に、己の頭を落ち着かせることにした。


 ……うん、私……正常正常………。


 正常を確認。

 した筈だったのだが、


『……あーあ…惜しいな…そんな所へ逃げられちゃ…追えない………』


 ……ッ!?


 誰が発したかも分からない声が、教会の隅々までに響き渡り、佐保の鼓膜を刺激する。

 今まで経験した事のない感情や現象が続き、それから佐保は、驚きのあまり暫くそこから動くことが出来なかった。


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