三話χword:序列…優れたASGプレイヤーを順位付けしたもの。各世界で基準が異ない、二十位以内は二つ名を持つ。一般・学生・総合の三種類が存在する
能瀬奏良は廊下を大股で歩いていた。
時間は十二時。学校内での日常では昼休みと言う最も賑やかな時間帯だ。
廊下の真ん中を堂々と歩く奏良は、モーゼの再来が如く、道行く人誰もが道を空ける。
彼の顔は不動明王すらも霞む、無の表情。
心中、怒りでいっぱいです。
ややあって、足を止めた。
前のクラスは2年D組。奏良の通うクラスはB組だ。
地礼学園のクラスの分け方は、A・B組がASG実戦科、C・D組がアナウンス科だ。
アナウンス科は簡単に言うと、ASG関連のテレビや放送局で働くアナウンサーを育てる所である。
それぞれの世界でも同じような科があるが、それぞれで違った特色がある。
天界では医療科、幻界では調理科、機界では機械科、獣界では建築科、水界では芸能科、冥界では環境科。
それぞれがASGの裏方で役立つ仕事だ。
地界と水界は似たような科であるため、時折合同で授業を行う時がある。
そんな、奏良とは全く別の項目を学習している教室に、彼は道場破りの如く戸を思いっ切り大きな音立てながら開けた。
しばしの沈黙。教室内の生徒全員が奏良の方を向いていた。
そして、ゆっくり口を開いた。
「宍戸はいるか?」
殺意を持って。
「能瀬が来たぞぉ!」「急いで机を積むんだ!」「女子供は後ろに隠れろ!」「いやぁ!殺される!」「バリケード!バリケードはまだか!」
数十秒後。
机によるバリケードは完成した。
『あぁあ~、マイクテス……』
バリケードの前に拡声器を置き、そのマイクの部分が机の隙間の向こうに伸びている。
『貴様は完全に包囲されている!』
「包囲されてるのお前らだよな。完全に逃げ道なくしてるよな」
『凶器を地面に置き、ゆっくりと頭の上で手を組むんだ!』
「凶器なんて持ってねぇよ!」
手は組むが。
『目的は何だ!簡潔に述べよ!』
「宍戸歩夢をこちらに引き渡せ!」
『何のためにだ!食べる気か!』
「人を勝手にカニバリズムにしてんじゃねぇ!」
宍戸歩夢とは、先の飛行船で放送していた女性のことである。
彼女はここ、D組の生徒であるのだ。
「歩夢さんなら、取材って言って食堂に行きましたよ」
そう声を掛けてきたのは、このクラス女生徒だ。
「そうか、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
『式守!ソイツから離れるんだ!喰われるぞ!』
「喰わねぇよ!それじゃ、ホントにありがとな。えっと、式守さん」
「あ、はい」
少女は頬を赤らめて俯く。
奏良はその反応に疑問符を浮かべ、食堂に向かうべくD組を後にした。
*
奏良は食堂に入るとすぐに目的の人物を見つけた。
「よう、宍戸。閻魔様と会談する準備は出来たか?」
「すいません、お色直しに時間がかかりまして、あと六〇年ぐらい」
「待てるか、シネッ!」
「ちょっと先輩、ここは食堂です。そんなに声を荒げると他の生徒に迷惑ですよ」
「ん?何で万里がここにいるんだ?」
「おや~、おやおや?もう下の名前で呼び合ってるんですか?コレだと記事の題名は『熱愛発覚か!?期待のルーキー相手はまさかの【探る者】!』で決定かな?あぁ、式守さんかわいそう」
「そんなんじゃねぇよ。てか、また式守さんか。一体何なんだ。ここ座るぞ」
奏良は歩夢の隣りに腰かけた。
「あのコレってナニ?」
歩夢は腰にいつの間にか結ばれた縄を見て奏良に質問する。
「何って、お前を逃がさないための縄だが?」
「やだ、能瀬君ってアタシに恋してるの?束縛したい系なの?」
「あぁ?」
「冗談だよ?すごく目が怖いよ」
歩夢を睨む目は途轍もなく黒かった。
「お前、俺が戻って来ての第一声、覚えてるか?」
「えっと、確か……『能瀬君ASG出場権獲得おめでとう♪多分、期限内にパートナー見つけれないと思うから、早めに誰かに譲って上げた方がいいよ♪じゃあね』……だったような?そうだったよね?」
指差を指す歩夢の指をあらぬ方向に曲げようとする。
「イタイイタイ!指痛いよ!」
「一言一句、完璧に覚えていたな。放送なまだしも、アレは俺の怒りを買ったぜ、お前!」
「えぇ!事実でしょ?」
「い、居るし!どこかに居るし!万里みたいな世間知らず!」
「ちょっと、何で私までディスられてるんですか!」
思わぬ飛び火に机を叩いて立ち上がった。
「でも実際、日本のことあまり知らないだろ?」
「仕方ないじゃないですか!つい最近までイギリスに居たんですから!それより、先輩と宍戸さんは仲がいいですね」
「どこが?」
「あっ、もしかして嫉妬?ジェラスィーですか?」
「ち、違いますっ!ただ、親しげに見えたので」
「知り合いなだけだよ」
「数少ないね」
余計なひと言を発した歩夢に裏拳をお見舞いさせる。が、それを予期していたようでがっちりガードされた。
「大体、テメェが余計なことを記事にしなかったら、今頃ボッチじゃなかったんだよ!」
「あ、ボッチ認めるんだ♪」
「殺すぞ!」
「それはお門違いだよ。アレは確かな筋から得た情報だったんでぇす。そう言うのは使わないに越したことありませ~ん」
「じゃあ、その確かな筋って誰だよ!今から殴りに行くから!」
「守秘義務発動!」
「ほんとムカつくな!」
万里は考えを改めた。
犬猿の仲とはこのことを言うのだろう。
「もういい!そう言えば、水兎がいねぇけど、どうしたんだ?宍戸は真っ先にそっちに行くと思ったんだけど」
「あぁ、三木原さん?彼女は今、医療用カプセルの中だよ」
「アイツ、そこまでのケガしたのか?珍しい」
医療用カプセルとは、機界が作ったカプセルだ。
その中には細胞活性化作用がある液体で満たされており、どんな傷でも数時間から数日のうちで感知させるものだ(詳しい理論は知らないが)。
外傷に関してはどんな傷でも治す。千切れ跳んだ腕すらも数日で元通りだろう。だが、病気に関してこれでは直すことができない。
病気に関して、機界の医療技術か、天界の【テルマ】で治癒系統の力を持つ霊でしか治せないと言う。どちらが成功率が高いと言うと天界の【テルマ】だ。
更に、一般の部天界序列四位【神の薬】ヘレン・メディシーノはこれが分野である。
その為、彼女に掛かればどんな傷・病であろうと完全完治するらしい。さらに、あらゆる病気の治療法を知っているため、機界と取引していると聞く。
要するに何が言いたいかと言うと、機界と天界のおかげで医療方面での技術が十分に向上してきたという事だ。
話を戻す。
「水兎は地界序列二位だぜ?序列一位はアメリカだし、序列三位はフランス。この学園で二番目に序列が高いのは序列六位の万里だろ?アイツにダメージ与えれるような奴っていたか?」
「序列十二位だよ」
「【恐鬼】津々浪凱扇か。確かに、あの人は具現化系にめっぽう強いからな」
「戦闘の様子を見てたけど終始、津々浪センパイが押してたね」
奏良と歩夢だけで納得したように頷くが、万里はそれに付いてこられなかった。
「あの、津々浪先輩とは」
「あぁ、津々浪センパイはね、万里ちゃんが来るまでのこの学園のナンバー2だった人だよ」
「あの人の【テルマ】は強化系ベースで強化変化並立型って感じかな。強化系も変化系も共にレベル4でな、かなり強い。俺、あの人が何で序列一桁に入れないのかが分かんないんだけど?」
「あの人の【テルマ】って具現化系に強いけど、放出系に弱いでしょ。放出系大好きな地界人にとっては結構ハンデが多いね。実際に三木原さんの鎧や防具を壊すことは成功したけど、その隙に放たれた放出系の攻撃で眉間を撃たれて軽く脳震盪。その隙に校章を破壊されたんだよね」
「そうなのか。全く惜しいな。俺だったら強化系のレベル5にして身体能力の強化に充てるね」
奏良は左手小指を掴み音を鳴らす。
「へぇ、興味深いね。それはどうしてかな?」
「やっぱり【テルマ】の中で攻撃力があるのはやっぱり放出系と変化系だろう。具現化系も捨てがたいけど、やっぱりモノを具現化するだけで留まってしまう地界人の万能系ではあまり重宝されないだろう。それにASG参加を目指すならなおさらだ」
「どうしてですか?」
この質問は目の前の万里からだ。
「ASGは七つの世界が合同で参加する大会だ。地界人の稚拙な放出系なんかよりも余程強力な冥界人の放出系を視野に入れなきゃいけない」
「冥界人の放出系はレベル8に広範囲攻撃があるもんね」
「月末ASGの常連を例に挙げるなら俺と同じ二年のルドルフ=フォークスかな。アイツは冥界序列三位だしな」
「あの人の【テルマ】はただでさえ強力だからね。確かに津々浪センパイの【テルマ】じゃ瞬殺だね」
「だから、受けることよりも動体視力を強化したりして、攻撃を受け流すすべを身に着ける方が得策だと思うんだよ。幸い、強化系ほど攻守のバランスが取れた系統はないんだ。強化系を磨けば自ずと他の系統も伸びるしね」
「成程な」
と、かなり深く渋い返事が返ってきた。
「ん?万里ってそんな漢っぽい声が出せれるんだな」
「いえ、出せませんよ。それより、先輩方の後ろに立っている人は知り合いなんですか?」
「「ん?」」
奏良と歩夢は共に疑問符を浮かべて後ろを振り向いた。
「よう。なかなか面白い話をしてるじゃねぇか」
「「デタァァァァァァァァァッ!?」」
後ろに立っていたのは長身痩躯の漢。顔の堀が深く、左目に爪で引っかかれたような傷痕に、痩躯でありながら一目でわかる鍛え上げられた体をしている。
地界序列十二位【恐鬼】津々浪凱扇だ。
「いきなり声を掛けないでくださいよ。凱扇さんの顔コワいんですから!」
「ははは、悪いな。それより、まずは出場権獲得おめでとう、とでも言っておこうか?」
「そんなに畏まらないでくださいよ。逆に気持ち悪い」
「じゃあ、皮肉でも言ってやろうか?どうせパートナー見つかんねぇんだから、さっさと出場権渡しやがれ、って」
「皮肉でも何でもありませんよ。これ以上ない剛速球ストレートじゃないですか!」
「ははは、冗談だ。素直な祝い言葉だ、裏表考えず受け取れ。それから、お前もだ。出場権獲得おめでとう」
「はい、ありがとうございます。遅ればせながら、学生の部地界序列六位の水無月万里です。よろしくお願いします」
「お前があの【真紅の人形師】か。学生の部地界序列十二位の津々浪凱扇だ。まぁ、座れ。ワシも隣いいか?」
凱扇は万里の隣に移動し席に座った。
「まったく、こんなところに居たのか。教室行ってもいなかったからな。探し回ったぞ、能瀬」
「そうですか、ご苦労様です。で、要件は?」
「実のところ、もう済んだ。さっきまでお前らが話していた内容だからな」
「あぁ、能力向上の意見を聞きたかった、ってことか」
「そんなとこだ。それで、ワシは取材の邪魔でもしてしまったのか?」
凱扇は歩夢の方を向いて問いかけた。
歩夢は手帳を持ち上げて答えた。
「いえ、もう済んでいたので、お茶していたとこだったんです。そこに能瀬君がやって来て、それで成り行きでセンパイの話になったわけです」
「そうか。とにかく、邪魔じゃなくて良かった」
「凱扇さんは見かけによらず小心者ですもんね。見た目スゴイ怖いのに」
「黙らんか」
「あの、一ついいですか?」
「なんだ?」
万里は隣に座る凱扇に質問した。
「何故、能瀬先輩に聞くんですか?ここの教員も優秀なASGプレイヤーが多いです。それなのに何故?」
「どう答えたものか……。能瀬は何処まで話してるんだ?」
「条件1は話しましたね」
「この子は何処まで進んだ?」
「条件3まで行きました」
「え?」
「そうか。ならほとんどクリアしているじゃないか。条件3を話してもいいか?」
「まぁ、良いですよ。クリアしてるんで」
「分かった。じゃあ、さっきの質問に戻るが――――――」
「ちょっとストップです!」
凱扇の解説を止めて万里は奏良に言い寄った。
「いつの間に条件レベル3がクリアされてるんですかッ!?その前に津々浪先輩は条件レベル2を知ってるんですか!?」
「いや、条件2は知らんな。教えてくれないからな」
「別に凱扇さんになら教えてもいいですよ。でも、コイツが近くに居る限りは教えません!」
「えぇ、アタシには教えてくれないのぉ~」
「当たり前!お前みたいな口の軽い女には教えられるか!」
「いや~、褒めないでよ」
「今のが褒め言葉だったのか?」
奏良は歩夢の反応に疲れた様子を見せた。
「まぁいい。条件2を知りたいのもあるが、教えたくないってことは分かる。それで、条件3だがこれはワシが能瀬に【テルマ】についてを聞く理由にも繋がる」
「それで条件レベル3とは」
万里は奏良の方を向いた。
「あぁ、俺の【テルマ】の条件レベル3は『対象者の【テルマ】を知ること』だ」
「【テルマ】を知るですか?」
「あぁ、【テルマ】の発動条件・能力・系統。最低でもこの三つを知らなきゃいけないんだ」
「あの、それって……」
「万里、お前の言いたいことは分かる。『先輩は私が先輩の【テルマ】を知りたがると踏んで、あの交渉をしたんですか?』とでも言いたいんだろ?答えを簡潔に言うと、イエス、だ」
「ふざけんなァァァァァァァ!」
「へぶしっ!」
奏良の顔面にグーパンが襲い掛かってきた。
万里が初めて実力行使で来た。
「本当に用意周到ですねッ!何ですか!あの時の『△』は私があの時点で発動条件と系統を話したから『△』と言ったんですか!そして、あの後、敵が来た時、4・4で叩こうって提案したのは私の【テルマ】の能力を知るための提案だったんですか!」
「おう、ご明察だ」
「ご明察だ、じゃないですよ!うぅぅ……能瀬先輩なんて嫌いです……」
「諦めろ、こういう奴だ。ワシの時もそうだった」
半泣き状態の万里を凱扇が同感し慰めた。
「それにコイツは約束事をさせる時は必ず誓約書を書かせるからな。お前も書かされただろ?」
「はい……」
「なら、本当にあきらめろ。アレ、よく読むと『能瀬奏良に○○○○の【テルマ】が知られることがあったとしても、決して能瀬奏良の【テルマ】に関する情報を口外することを禁ずる。これを犯すと、○○○○は退学処分することをこの書類の元に保障する』ってあるから」
「………………………………………………………………………………………………………」
まさしく絶句。
万里の顔が蒼くなる。
「ま、そう言う事だ。話すなよ」
「ヤァっ!」
「へぶしっ!」
二度目のグーパン。
「ホンッッッッッット、先輩なんて大っ嫌いです!」
「こんなことしてるから、ボッチなんだよ♪」
今まで腹を抱えながら傍観していた歩夢が奏良の肩をポンと叩いた。
「まぁ、でも悪い事ばかりではないぞ。水無月も知っている通り能瀬は天才だ。しっかりとした自分の意見と考えを持っている。それに【テルマ】の分析能力も高い。コイツの言っていた【テルマ】の各系統レベルは性格だっただろ?」
凱扇の言ったことには万里も同意した。
先の大模擬ASGの中で奏良は敵の【テルマ】を分析していた。【テルマ】の発動のタイミングや相手の【テルマ】の系統と発動条件を正確に把握していた。
普通なら何度も見てそれに気付いて行くものを、彼はそれらを一目で看破する。それだけの思考能力と分析能力を持ち合わせていることにもなる。
「だから、能瀬に【テルマ】の意見を聞いてもらってるんだ。前は強化系オンリーのワシの【テルマ】に変化系を咥えたらどうだ、とアドバイスをもらった」
「せっかくの万能系なのに一つの系統しか使わないのはもったいないって言っただけだ。凱扇さんの強化系と最も相性がいいのが変化系だからな、それを指摘しただけだよ」
「こんな風にな。契約書にこれは書いてあることだから、水無月もたまに聞いてみるといい」
「そうなんですか。なら活用してみます。ってことは、三木原先輩にも?」
「アイツの【テルマ】は条件レベル3の段階でストップしてる。能力と系統は分かってるんだけど、発動条件がな」
「それってさぁ、多分、能瀬君と同じなんじゃないかなぁ?」
そう指摘して来たのは歩夢。
「同じって?」
「要は『相手に何かしらの行動を強いらせるタイプ』の発動条件ってこと。能瀬君と同じで他人に知られると効果が薄まるような、そんな感じの発動条件なんじゃないかな」
【テルマ】の発動条件には大きく三つの種類がある。
一つは、『発動者本人が何らかの行動をとるタイプ』の発動条件。万里の【テルマ】のような自分の血液を使うと言う発動条件がこれに当てはまる。
一つは、『【テルマ】使用に何らかの制限を付けるタイプ』の発動条件。いい例は天界人の憑依系。【テルマ】使用後に何らかの貢物を送ることとしている、と聞く。これは典型的と言えよう。
一つは、『相手に何かしらの行動を強いらせるタイプ』の発動条件。奏良のように【テルマ】発動の条件を他人の行動に課すもの。奏良を見てもわかるように最も達成が難しいとされている。
そして、どのタイプの発動条件でも言えることだが、より高難易度の発動条件を設定することで強い【テルマ】を発動できる。
ただし、高度に設定しすぎると【テルマ】を発動できない事態に陥る。奏良のように。
「俺は『【テルマ】使用に何らかの制限を付けるタイプ』だと思ってたんだけどなぁ」
「それだと、【テルマ】解除したとき毎回その制限を受けてるんでしょ?それはないと思うんだけど」
「なにも使用後とは限らない。使用に対する戒めもこのタイプになるからな。俺の予想では、後者だな」
「成程ねぇ。じゃあ、アタシはお暇しますね。それでは、能瀬君お大事に」
「はぁ?」
「じゃ、ワシも行くかな。能瀬、周りにはしっかりと気を配るんだぞ」
「あぁ、はい……?」
「それでは先輩、私も失礼します。その前に一言、『ざまぁ』です」
「ん?一体、何が――――――」
「ほう、その発動条件。もう少し詳しく聞きたいものね」
「………………………」
奏良は心の中で一つの四字熟語を思い出していた。
『因果応報』
これは奏良がしてきたことの報いなのだろうか。
奏良はゆっくりと後ろを振り向いた。
今日は背後に何かと憑いている日だ。
「別に私の【テルマ】の能力は周知だからいいのだけど、発動条件はちょ~っといたただけないわねぇ」
「早いお直りで………。それって……図星なのかなぁ?」
冷汗が止まらない。
目の前に腕を組んでたたずむ少女・水兎の暗い笑顔がとても怖い。
「奏良、アナタがパートナーを組める確率はほぼ0%に近くて、月末ASGの出場もそれに連動してほぼ0%だけど。ここで完璧な0%にして差し上げてあそばせましょうか?」
「あぁ、えっと………よ、よきに計らえ」
そんな冗談が通じるわけもなく、能瀬奏良、食堂に沈む。
*
能瀬奏良は帰路についていた。
手で自転車を押し、方には赤い痣を連れて。
「まさか、【テルマ】で来るとは……。アイツが何かで武装していたら確実に殺されてた」
現在の時刻は十三時と十七分ぐらい(学園を出る前に確認したとき十分だったから)。
途中まで自転車を漕いでいたがコンビニ寄って、「もうすぐだし、歩いて帰るか」と思い立ったから、今は徒歩での帰宅中であるのだ。
「それにしても、パートナーどうするかな………」
能瀬奏良と言う人間の交友関係はとてもハッキリしたものだ。
奏良は地界でも名の通った有名人。【ソナー】の設計したこともあるし、月末だけではあるがASGに於いても上々の結果を出している。
だからか、この知名度でアナウンス科の生徒に人気でその中には歩夢のような気兼ねなく話せる友人と呼べるものも多い(その知名度の所為であることない事を記事にされ、奏良の怒りを買う事もままあるが)。
一方で、奏良の通うASG実戦科では人気がない。
理由は、嫉妬の類だ。
奏良の【テルマ】は殆ど無いに等しい。それにも関わらずASGで好成績を得る彼の事を快く思う者はあまりいない。彼の小賢しいとも言える戦術や、高度な分析能力もそれに拍車をかけているのは明白。
更に上げると、序列だ。
序列とは優れたASGプレイヤーを対象として順位付けしたもので、それぞれの七つの世界でも同じ制度が取られている。
だが、その序列付けや優れたASGプレイヤーの基準は各世界でそれぞれである。
地界でのその基準が【テルマ】にある。
奏良は今の地界のASG体制を『【テルマ】至上主義』と言っている。
つまり、強力な【テルマ】を有する=優れたASGプレイヤーであると言う命題の下で序列を付ける。
ここまで言ったら分かるだろうが、奏良は【テルマ】を殆ど使えない。この様な体制の中で彼が序列を持つことは出来ない。故に序列ランク外。要は、序列制度の対象外として扱われている。
話を戻す。
奏良がASG実戦科で嫌われているのは、序列ランク外でありながらASGの大会で実績を積んでいるために生じる、出場していない者からの嫉妬である。
しかし、例外もいる。万里や凱扇のように奏良の実力の片鱗に触れたものは、彼を力あるものとして認めている。それは今の政府の中にも居り、『【テルマ】がなくても十分に実戦で戦っていけている』と言う考えが少数派であるが奏良はを後押ししている。
話を奏良のパートナーの件に移る。
要は、ASG実戦科での奏良の人気は無いに等しいためこの中からパートナーを探すのは困難を極みそうだ。
「今週末までに間に合うかどうか。歩夢に頼んで募集を募ってもらうかな。それでも、来るかどうか………うぅぅぅん」
ハンドルの上で腕を組み唸る。
それまでの致命的な好感度なのである。
「取り合えず、明日になっ……………」
今まで考え事をしていて前を見ていなかったこともある。
危ないと思うだろうが、今は十三時ごろだ。しかも平日。こんな日に住宅街に居るのは、専業主婦か無職ぐらいだ。とてもではないが、この住宅街に無職な人間はいないだろう。専業主婦も外に出る用がない限り出てこないだろう。だから、注意して前を見ていなかった。
くどい説明だったな。用は何が言いたいかと言うと、前を見ていなかったから近づくまで気が付かなかったのだ。
何かって?簡潔に言ってやろう。人が倒れていることに、だ。
ちなみに体格、骨格、服装的に女性だ。
髪は長く薄い金髪、プラチナブロンドとでも言うのだろう。服装は下はスカート、上にはコートを羽織っている。
「……………………………………………………………………………………………………」
こういう時、どうすればよかったけ。
奏良は無表情だが、内心はかなり冷静ではなかった。今までの人生でこんな状況に陥ったことがなかったからだ。
「え………っと………」
(どうだったっけ?俺、まとも中学行ってなかったから、こういう場合の対処法知らないんだけど!万里に馬鹿とか阿保とか言ってたけど、確実に一般常識の部分で知識が欠けてる!万里に馬鹿とか言えねぇよ!)
倒れた女性を見たまま、先の体制から全く変わらず固まっている奏良。
「そうだ。AED……はここら辺にはないな。はっ、人工呼吸だ。そうそう」
そして、女性を見る。
俯けの状態で倒れている。
「動かしていいんだよな?」
奏良は壁沿いに自転車を立て、女性に近づく。
「あの、大丈夫ですか~?」
肩を叩いて確認を取ってみる。すると――――――
「う……うぅ…………」
意識がある。
「こういう時って人工呼吸は意味がなかったような………と、取りあえず、仰向けにしよう」
そして、女性を俯けの状態から仰向けの状態に変える。
女性の顔を確認する。
「若いな。俺と同い年ぐらいか?」
女性改め少女の方が正しいだろう。
意識があるなら、話が通じるかも。
「あの、どうかしたんですか?」
とりあえず聞いてみた。
「ミ……」
「み……?」
「Mi estas malsata……」
「………OK」
奏良は少女を抱き起し、自転車の荷台に乗せる。
家に乗せて帰ることにした。
*
何も最初から、全ての世界がコミュニケーションが取れたわけではない。
特に言語に関しては、それぞれの世界で違う言葉を使っていた。
初期の段階は言葉が通じ合わなかったという。
それでも、どの世界にも共通して存在していた言語があった。
エスペラント語。
これだけは、七つの世界に共通して存在していたのだ。
この言語を作った人は世界に七つの異世界があったことを知っていたのだろうか?今では分からない。
しかし、公用語で使っている国がどこにもいなかった。故に会話が成立はしなかった。
だが、機界人がそれぞれの世界に渡り、各世界に存在する数十種の言語を調べ回った。そして、その成果で完成したのが小型翻訳機だ。
それのおかげで七界議会が開けたのだ。
そして、今でも各世界の共通語『エスペラント語』は緊急時の為に教養とされているのである。
説明を終えよう。
奏良は少女を連れ帰宅した。
少女をソファーに寝かせ、奏良はキッチンで調理を初めた。
「Mi estas malsata……」
訳すと、お腹が空きました、と言っていたのだ。
一対何があったかは知らないが訳ありなのだろう。
奏良は深く考えず、少女を家に上げたのだ。
幸いなことに、この家には捨て猫や行き倒れを拾って連れて来ても怒る両親は不在だ。
別に相手が少女だから家に連れ込んだわけではない。
「何もしねぇから!」
いったい誰に言い訳をしたのだか。
「あ、あれ……?ここは何処?」
少女が気が付いたみたいだ。
今の声が日本語に聞こえたのは、奏良が小型翻訳機を彼女に着けて日本語に設定したからだ。
どうやら正常に動いてるみたいだ。親の部屋に会った古い型のやつだったが。
「おっ、気が付いたか?」
「あの、ここは?」
「俺の家だ」
「エ…………?」
少女は露骨に身を反らした。
「何もしてねぇし、する気もねぇから」
「それはそれでショックだよ。つまり、アナタはワタシに魅力がないと言っているんだよね」
「いや、別に魅力がないわけじゃ………」
「じゃあ、襲う気だったんだねッ!?」
(メンドくせぇ!)
とんだプロパガンダだ。
「とにかく、お前は腹が空いてるんだろ?ほれ、少しだが作った。食え」
「睡眠薬でも」
「盛ってねぇよ!」
メニューは白ご飯と味噌汁、卵焼き、ウインナーを軽く焼いたものだ。
冷蔵庫に在ったものを適当に見繕ったものだ。
「ありがとうございます」
「とりあえず、食えよ。話は後で聞くから」
「はい」
少女は返事をすると、指を組んで祈るようなポーズを取った。
(あぁ、やっぱり………)
奏良は納得したように彼女を見ていた。
祈りを終えると少女は箸を使って卵焼きを掴んだ。
奏良はそれが意外だった。
「お前箸つかえたんだな。それしかなかったとはいえ、スプーンでも持ってくればよかったと思っていたが」
「ワタシ、昔だけど少しの間地界で暮らしていた経験があるんだよ。その時に箸の使い方を学だの」
「やっぱり、お前、天界人だったか」
「よくわかったね。ワタシが天界人だって」
「最初は外人だと思っていたけど、お前の第一声がエスペラント語の時にコイツは別の世界の住人だな、って思ったんだ。天界人って分かったのはさっきの祈りの時かな。あと、外人ならここを日本と言うしな。間違っても地界人がここで『地界』とは言わない」
天界人は神の住む世界に最も近い場所にあるとされおり、祈りをすることが習慣となっているのだ。
地界にも宗教によってする地域があるから、天界だけの習慣とは言えないが。
ちなみに、誤解がない様に言っておくが、今この天界人の少女は翼と輪っかは出していない。外見的特徴のある異世界人は状況に応じてその姿を変えることができる。
要するに、今の彼女は外見では地界人と天界人の区別が付かない、という事だ。
「この和風……と言うんだよね?これはとても和みます。なんだか、懐かしい雰囲気がするよ」
「前にもここに来たって言ってたけど、そん時も日本だったのか?」
「ん~。多分、そうかな?十年前だから薄っすらとしか覚えてないんだよね」
「ふ~ん、成程な」
そこで一旦話を止める。
少女にゆっくりと食事をとってもらうためだ。
ややあって。
「本当にありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、話でもしようか?」
「はい」
奏良と少女はテーブルを隔てて向き合って座る。
「とりあえず、自己紹介からするか?」
「そうだね。じゃあ、ワタシからするね。ワタシの名前はイリシャ・デ=アルワディードです。さっきも言った通り、天界人だよ。歳は今年で一六」
「アルワディード?」
「はい、そうですよ。どうかした?」
「いや、いい」
奏良は少し引っ掛かりを覚えたが気にせず進めた。
「じゃあ、俺な。俺は能瀬奏良。地界人だ。今年で一七」
「能瀬奏良って!もしかして、【探る者】っ!?」
「さすがに知名度は半端ないな。ほれ証拠」
デバイスのプロフィールを開きイリシャに見せる。
「本物だ。スゴイ、有名人だ」
イリシャの眼がキラキラ光り出す。
「大したものじゃねぇよ。序列入りしてないし」
「え?カナラみたいな凄いプレイヤーでも序列入りじゃないの!地界ってレベル高いんだね」
「いきなり呼び捨てかよ。まぁ、いいけど。序列の話だけど、地界は全然レベル高くねぇよ。地界は【テルマ】を基準で序列付けるから」
「へぇ~、変わってるね」
「まぁ、他のところと比べるとな。イリシャの序列は?」
「ははは、恥ずかしながら序列入りじゃないんだよ」
苦笑いしながら頬を掻くイリシャ。
そして、奏良は話題を変え、本題に入る。
「話を変えるが、イリシャ。お前は何で地界に来たんだ?」
「どういう意味?」
「今日は平日だぜ、月曜日。週初めに一人で旅行っていう訳じゃないだろ?天界でも普通に学校あるわけだし」
イリシャはコップに入っているお茶を少し飲む。
「ワタシが地界に来たのは、ここに留学するためだよ」
「留学?」
今の時代でに『留学』には二つの種類がある。
一つはその世界の中での留学。簡単に言えば、自国以外の国の学園に在籍することだ。
そして、もう一つは、その世界の外からの留学。いわば、自世界以外の世界の学園に在籍することをいう。
だが、後者の留学は、滅多にない。かつてよりは大分緩和されたが、まだ七つの世界の蟠りが溶けたわけではない。
愛国心ならぬ愛界心によって、別の世界に留学することは敬遠されている。
「まだ、交換留学の時期じゃないし………それ本気か?」
「うん」
七界議会は蟠りを解消しようと年に三回だけ交換留学の機会が設けられている。期間は二週間。その間に、各世界の人々と交流していこうと言うものだ。
例年、六月と九月、十一月に行われる。
今は五月だ。
「何か理由でもあるんだろ?」
「………ワタシは」
奏良の問いに少し間が空く。
「ワタシにはユメがあるの」
「ッ!?」
その答えに奏良は顔も忘れたかつて出会った少女を重ねた。
だが、奏良はすぐ首を振った。
(アイツとは違う。髪もこんな色じゃなかった)
「その夢って教えてくれるか?」
「今はまだ教えられない。まだ、ユメを叶えるための道に乗ってないから」
「………そうか。なら質問を変える。その夢は天界では叶えられないのか?」
「出来ないことはない。けど、ワタシだと何年掛かっても天界ではユメを叶えられない」
「ASGか?」
「うん。ワタシのユメを叶えるためにはASGに参加することが重要になって来るの」
ASGの参加資格もまた各世界で異なる。
地界では各学園で大会出場資格を獲得するための模擬戦が行われる。そこで上位二組がASG出場権を得られる。それは月末も本大会も同じ。言うなれば実力主義。
これを序列にも反映してほしいものだ。奏良は心の中で愚痴る。
「天界では序列入りしか出場資格を持てねぇもんな」
「………………」
天界の序列は能力値で決まる。運動能力や知識、【テルマ】など多くの基準がある。そうやって決められていくらしい。
「ワタシも運動能力や知識はある程度なんとかなったんだけど、【テルマ】だけはなんとも行かなくて。結局、序列外だった」
「急ぐことないんじゃないのか?お前はあと二年あるんだし」
今年で一六という事は高等部一年生だろう。それだったら二年、三年生とチャンスがある。それまでに力をつけ序列に入ることは出来るはずだ。
だが、イリシャの答えは否定だった。
「ダメッ!」
イリシャの眼は鋭く奏良を見つめていた。
「ワタシのユメはいつでも叶うものだけど、でも…………。と、とにかく早くASGに参加したいの!」
訳あり、か。
聞かないでおこう。
「地界なら模擬ASGで出場権を取れたら序列無しでも大会に参加できるって聞いたから、地界に留学しようと思ったの」
「出来ないことはないが、厳しい事には変わりない。過去でも序列無しで大会に参加できたのは数人だ」
「でも数人いる!」
イリシャは身を乗り出してくる。
奏良もその眼を見つめる。
「それに、認めてもらいたい人もいるし」
そう言って、イリシャは椅子に座る。
それには奏良はすぐに察しがついた。
「認めてもらい人って、もしかしてステラか?お前ら姉妹だろ?」
「え?カナラ、お姉ちゃんのこと知ってるの!て言うか、何でワタシとステラお姉ちゃんが姉妹だって気付いたの?」
「苗字聞いたときになんとなくな。それに、月末ASGで毎回あってるからな。顔なじみでもある」
学生の部天界序列七位【神の密偵】ステラ・アウ=アルワディード。
奏良と同い年で月末ASGの常連で顔なじみ。話したことも何度かある。
「お姉ちゃんは凄いASGプレイヤーなのにワタシは全然弱い。お姉ちゃんからも呆れられてる。だから、お姉ちゃんから認めてもらえるようなASGプレイヤーになりたいのも理由なの」
「そうか。………報われないな、ステラ」
「え?なんか言った?」
奏良は小さくつぶやいた。
「こっちの話だ。そうか、そうか。なるほど、なるほど。用は、お前はASGに出たい、という事でいいんだな?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、出さしてやろうか?」
奏良は不敵に笑んだ。
「何にですか?」
「だから、ASGに」
「本当っ!?」
「まぁ、待て」
取り乱すイリシャを静止させ、奏良は話を始めた。
「ここからは交渉の時間だ」
*
「交渉、ですか?」
「あぁ、交渉だ」
奏良はコップのお茶を飲み干す。
「実は今日月末ASGの出場資格争奪戦、つまり模擬ASGが開催されたんだ」
「だから、昼なのに下校してるんだね」
「まぁな。そこで俺は出場権を獲得したんだ」
「そうなの、おめでとう」
イリシャは奏良に対し拍手する。
「焦るな。確かに出場権を獲得した。だが、今回の月末ASGは二人一組なんだが、俺はまだパートナーが決まっていない。明日、連れに声を掛けてソイツと出るつもりだった」
もちろん嘘だ。少しでも交渉を有利に進めるための。
「だが、このパートナーの席をお前に譲ってもいいと思う。いや、イリシャの話を聞いてお前をパートナーにしたいと思ったんだ」
これは本当だ。
「本当にッ!いいのッ!」
「あぁ。だが、俺も慈善で動くわけじゃない。これじゃ、俺にメリットがない」
嘘だ。逆にイリシャが奏良と一緒に出ることだけでかなりのメリットだ。
「そこで本題だ。俺はイリシャをパートナーとしてASGに参加することをする。その代りに、お前には俺の通う界立 地礼学園に留学してもらうことと、イリシャの【テルマ】を教えてほしい」
「………少し待って」
「なんだ?」
「地礼学園に入ることは認めるよ。どこ行くかもまだ決めてなかったし。でも、【テルマ】を見せることは、皆と相談させてほしいの」
「そうか。天界人ってことはお前の【テルマ】もテウルギアか」
天界人の憑依系【テルマ】の特性はそのすべてが降神術だという事だ。
天界人は神聖な精霊をその身に憑依させることができるのだ。これは天界人にしか出来ない技で、万能系の地界人の【テルマ】でもこれだけは出来ないとされている。
天界序列上位の者は天使をその身に憑依させる。天界人の序列の二つ名はすべてその契約している天使の二つ名を持っている。
「うん。でも、ワタシのは少し特別なの。ちょっと、席外すね」
そう言うと、イリシャは席を立ちリビングを出た。
その間、奏良は天界人の【テルマ】について考えていた。
天界人の【テルマ】は良くも悪くも例外なくそのすべてが降神術だ。
【テルマ】のレベルが6~7の者は精霊級をその身に憑依させる。扱える能力も精霊の強さに寄る為、契約する精霊が【テルマ】の精度を分かつ。
そして、レベル8~9になると天使級となる。その力は精霊の比ではない。
憑依系とは、それひとつで万能系に匹敵するのだ。
憑依させる天使や精霊の力が【テルマ】で言うところの強化系や放出系ならば、それを引き出す使用者本人の力もまた強化系や放出系と同じ効力を得ることになる。
憑依系のレベルで表せるのは憑依させる霊の霊格のみ、それ以外に力はない。
だが、先の説明の能力がある為、最も強い【テルマ】と称されるのだ。
言っておくが、レベル5で憑依できる霊はせいぜい中級の精霊のみだ。
更に、その憑依系【テルマ】は一人一体の霊としか契約できない。だが、例外ある。
それがレベル10だ。
――――――『皆と相談させてほしいの』
彼女の相談相手の霊が『皆』と複数人を指していた。
もしかすると、イリシャの憑依系【テルマ】はこのレベル10に当たるのかもしれない。
ややあって、イリシャはリビングに戻って来た。
「結論が出たよ。分かった、ワタシの【テルマ】について話すよ。それで、私たちにももう一つだけ条件を加えさせてほしいの」
「条件か?なんだ?」
「カナラの【テルマ】の発動条件を教えてほしいの」
「ッ!?」
この言い方は不味い。万里や凱扇にしていたのは、向こうも条件を話す代わりにこっちも一つだけ教えると言う交換条件付きの交渉。前置きで一つだけと言っているのがミソだ。
だが、イリシャの言った『発動条件を教えてほしい』は、奏良の【テルマ】四つの発動条件を聞き出せる言い方だ。
「あぁ、ワタシにじゃなくて、皆が教えてほしいって言ってるから。ワタシは聞かないし、皆からも聞かない。それでどうかな?」
言葉が詰まる。イリシャの契約する霊の中には交渉に慣れた霊が居るのだろう。もしくは、奏良の【テルマ】の発動条件が複数あると看破していたのだろうか。
どちらにしても、奏良にとっては不味い状況に変わりない。
「………その『皆』が俺の【テルマ】の発動条件を口外しないのを約束してくれるなら」
「ちょっと、待って。………………。分かった、約束するって」
「信頼できるか?」
「皆すごく信頼できるよ」
奏良はイリシャの言葉を信じることにした。
いや、するしかない。
ここでこの条件を呑まなければ彼女は奏良の誘いを蹴るだろう。
彼女はここを蹴ったあと、つまり来月もあるのだから。
けど、奏良は違う。小さい理由ではあるが、奏良には大会に出なくてはいけない理由がある。
「分かった。俺も話すことにする。これで、長い付き合いになりそうだな」
「そうだね。じゃあ、ワタシから【テルマ】を見せるね」
そう言って、イリシャは眼を瞑った。
刹那、彼女の纏う雰囲気がガラリと変わった。
「ッ!?」
別人だ。
奏良は直感した。イリシャがまだ、自分の【テルマ】を使いこなしていないことに。
「お前は誰だ?」
「『気安く話し掛けるな。私は主の頼みでこの場に出ている。本来ならば貴様とは話しすらしたくないのだ』」
やはり、イリシャの身体は契約した霊に乗っ取られていた。それをイリシャ自身も知っているみたいだが。
(なるほど。コレじゃ、序列に入れるわけないな。霊に身体を乗っ取られる奴はな)
「随分な言い方だな。俺とイリシャは協力関係にあるんだぜ」
「『協力、か。聞こえのいい言葉を拾ってきたみたいだな。私からは貴様は主の事を利用しているようにしか見えんがな。だが、これも主が決めたことだ、私からは何も言うまい。だが、貴様はまだ信用に足る人物ではない。断言しておいてやろう』」
「嫌われてるな。利用、か。確かにそうとも言えるな。これが俺の発動条件でもあるからな。これだけは譲れない条件でもある」
「『言ってもいいのか?我が主が聞いてるやもしれぬぞ?』」
「別にいいよ。聞かれてももう手遅れだ。俺がお前らの【テルマ】を見たからな」
「『成程、皆が言っていたことは正しかったようだ。貴様の発動条件には【テルマ】を見ることが含まれてるみたいだな。安心しろ、主は今奥に居る。聞こえていないだろう。話してもいいぞ。我々の見解だとあと二つか三つは条件があるのだろ?』」
「その前にお前の名前を聞きたいのだけど」
「『それが条件か?誰かに質問し、答えさせる。質問の内容はどのようなものでも構わないみたいだな。貴様が先言った『お前は誰だ?』がそれに含まれるかもしれぬからな』」
どんな勘してんだ。奏良の頬に汗が流れた。
「『図星らしいな。だったら、今私が質問に答えても良いだろう。もうすでにだいぶ前、主が貴様の質問に答えてるわけだからな』」
この霊は先のやり取りの事を言っているのだろうか。奏良は訝しくイリシャの身体を乗っ取る霊を見つめた。
イリシャの身体を借りたソイツは足を組み、頬杖を突いた。
「『私の名はアーサー=ペンドラゴン。私が、彼女が契約したかつて『英雄』と呼ばれた者たちの代表だ』」
「…………はぁ?」
それは精霊でも天使でもなかった。
イリシャの契約したのは紛れもなく、地界人の歴史で出て来る英雄。
つまり、地界人の霊と契約しているのだ。
(出来ないことはない。けど、それってどうなんだ?)
天界人が通常契約するのは強力な能力を持つ天使や精霊だ。
対する地界人の霊は何の能力を持たない。
能力と呼べるものは、現在の【テルマ】のみで、かつての偉人がこの力を使えたわけではない。
「『解せんか?確かに、そうだろうな?だが、考えてもみろ。いつの時代にも幾人か異端とも呼べるものが居る。我が主もそうであり、貴様もそうであろう』」
「どこまで察しがついてるんだ?」
「『その問いには、あえて『全く見当がつかん』と答えよう。貴様の力など私らには解らんことだ。だが、これだけは言っておこうか。忠告、と受け取るがいい。貴様の最後の発動条件は、貴様自身が他人を信用しなければ発動は出来んだろう』」
「やっぱり気付いてんじゃねぇか!」
「『さぁ、どうだろうな?中には気付いている者もいるのではないか?』」
アーサーはイリシャの顔で不敵な笑みを浮かべた。
「『では、私は退散しよう。貴様の発動条件はもういい。それから、もう一つ、我らは霊格が強いのでな、主はこの【テルマ】を使いこなしていないから、我らがたまに主の身体を乗っ取ることがある』」
「それは、イリシャも大変だな」
奏良はアーサーに対し皮肉を溢した。
「『そうだな。では、貴様なら上手く使いこなすのか?』」
「―――ッ!?おい、テメェ!」
「あれ?もういいの、アーサー?」
「………………」
いつの間にかアーサーは引っ込んで、イリシャが出て来た。
「やっぱり、気付いてんじゃねぇか」
「アーサーがなんか失礼なこと言った?」
「失礼なことしか言ってないけど、アイツなら信用できる。よし、学園に行くぞ。早くした方がいい」
「ASG出場の件は?」
「イリシャは察しが悪いな。これからよろしく、と言っておく」
「―――ッ!ありがとう、カナラ!」
イリシャは奏良に向けて満面の笑みを向けたのだった。
*:Few Days Ago
「本当にいいんですね」
「はい、今までお世話になりました」
イリシャは天界立 聖ルスモール学園の学園長と対面していた。
ルスモールとは天界の言葉で日輪を意味する。その名をちなんで校章も日輪をイメージとされている。
イリシャはこの学園に中等部のころから通っていた。
三年と一ヶ月。彼女はこの学園で暮らしていたのだ。
「留学ですか。イリシャさん、アナタはとても模範的な生徒でした。勉学も運動も優秀でした。それなのに、なぜ別の世界に留学に行くのですか?」
「ワタシはASGに出場したいのです」
イリシャは学園長の眼を鋭い目つきで見据えていた。
「天界ではそれが叶わないからです」
「確かに、アナタの【テルマ】は強力故に使いこなせていない。ですが、あと数年もすれば……」
「それじゃ、ダメなんです」
イリシャの決意は変わらなかった。
「ふぅ……分かったわ。これはこの学園での成績表です。これを渡せば留学手続きも容易に済むと思います」
「ありがとうございます」
「ステラさんには言わなくていいの?」
「大丈夫です。いつまでも、お姉ちゃんに守ってもらう訳にはいきませんから」
学園長は立ち上がり、イリシャのもとに寄ると優しく抱きしめた。
「そうですか。……私はアナタの事をずっと応援してるわ」
「ありがとう、お母さん。じゃあ、行って来るね」
学園長はイリシャを放す。
そして、イリシャは学園を後にした。