PROLOGUE
「ワタシにはユメがあるの」
おそらくこれは俺の一番古い思い出だろう。
何年前のことだったか、今では覚えていない。
かなり昔だったことは覚えている。
目の前で俺に語り掛ける少女は丁度同じ身長くらい。五歳か六歳くらいだ。
「いろんなヒトたちとオトモダチになりたいの」
子供の抱く夢の代表例みたいだ。
だが、彼女は深刻そうに顔を沈める。
「でも、ミンナ、そんなのムリだ、っていうんだ。ミンナ、ナカがワルいから、って」
俺はその娘の手を取る。
「そんなことないよ。ボクとキミはこんなにも仲良しじゃないか。きっと皆も仲良くできるよ」
「そうかな?」
「うん。だから、約束するよ。ボクがキミの夢を手伝う」
「ホントウ?」
「うん!ボクが―――ちゃんの友達をいっぱい見つけてあげる。あっ、ボクが一番目だね」
「うん!―――くんがはじめての、イチバンメのオトモダチだよ」
そう言って、彼女と俺は手を放す。
「むかえがきちゃった。ワタシ、いくね。―――くん、約束だからね!」
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そこで画面が黒くなる。
目を開けると白い天井が映る。
「………誰だったっけ」
能瀬 奏良はベット起き上がると壁に掛かっている制服を取り、着替えに入る。
パジャマ代わりに使っているジャージを脱ぎ、パンツ一丁で畳む。
カッターシャツを着て、制服のズボンを穿き、学ランを羽織り第二ボタンまで留める。第一ボタンは窮屈なため外しているのだ。
カバンを手に持ち、充電器に挿してある携帯端末を取り部屋を出て階段を降りる。
奏良は一人暮らしだ。
高校進学したと同時に両親が界外出張に出かけ、今では二階建ての一軒家を一人で使っている。
奏良はキッチンに入るとカバンを椅子に置いて、冷凍庫の食パンをオーブンレンジに入れる。
およそ、三分。
冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。
一気に飲み干し、もう一杯注いだ。
お茶の入ったコップをテーブルに置く。
ややあって、――――――チンッ!、と高い音を鳴らすオーブン。
奏良はいい具合に焼けたパンを取り出しマーガリンを塗る。
そして、テーブルに座った。
いつもと同じ。何ら変わらない日常風景だ。
ふと、壁に立て掛かる時計を見た。
7:59 → 8:00
「ああああああああああああああああああああああッ!!!?」
近所にまで響く奏良の悲痛の叫び。
パンを咥えたままリビングに滑り込み、リモコンでTVをON。
画面の奥では美味しそうな食事をリポートするリポーター。そのTVの左上の時間表示は、8:00 → 8:01に変わった。
「あぁ、クッソー!」
ワックスで髪を整えて、玄関を蹴り開ける。
鍵を閉め、咥えたパンを口の中に押し込んだ。
奏良の通う学校の始業は8:30だ。
場所は家から歩いて四〇分くらいだ。
これが雨の日だったら完全に遅刻だったところだ。
今日は快晴だ。
奏良は自転車にまたがると、空を見上げた。
「何が面白いんだ。俺が遅刻するのがそんなに面白いか!」
奏良はオーロラのカーテンが掛かる青空に向けて吠え、ペダルを漕いだ。