――ノムコウ
おふくろが危篤だと連絡が入った。
アタマの血管がプチったらしい。いつ死んでもおかしくない状態だと聞き、俺は仕事を同僚の顔面に投げつけて会社を飛び出した。社長から借りたキーを回して、クルマに飛び乗る。
「くそっ、今度の休みは海外旅行に連れてってやるって話したばっかじゃねえか!」
現実味のない静かな焦りに苛まれながら、思い通りに回せないキーがうっとおしい。今までおふくろに何をしてやれただろうかと問う――答えは舌打ち。
この世のルールなんざ、おふくろの死に比べればチンケなものに思えた。
「おふくろ……」
踏み込んだアクセルは、タコメーターを盛大に回した。
「――おふくろ!」
俺が叫ぶと、おふくろは寂しそうな顔をしてこっちを向いた。
「ユウタ…………」
「ここに来たってことは、あんた、仕事も何もかもほっぽり出して――」
「うん。でも」
俺は歩み寄っておふくろの手をとった。
「もう過ぎたことは仕方ない」
「だからさ、一緒に行こう」
――の向こう側へ。
「脳内補完」という言葉があります。
描かれていない部分を自分の頭で補完するという便利機能のことを指すようです。
さて、補完するということは、少なからず自分で創作しているといえるでしょう。
特に、補完を多く必要とするならば、無意識のうちに割とマジで創作しているに違いありません。
……さて、この物語には物語がありません。
真ん中の、何がどうなったのかがぽっかり空いている作品です。
終わり方も、いろんな風に読み取ることができます。
これを、件の「脳内補完」で補っていただこうという寸法です。まさに共作。
読み手によって変わる物語です。