報われない輪廻
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燃える夕焼けを背景に血飛沫を上げた。
赤で染まりつつある教室からは普段の平穏さの欠片さえ感じることは不可能であった。
女の怒り、叫ぶ声と共に僕に容赦無く降り注ぐ刃の雨。 流れ出る生ぬるい体液は、容赦なく意識を奪っている。
死の間際に僕は、彼女を殺し、いつまでも一緒にいようとした自分に罰が下されたのだと自分に言い聞かせた。
そうしなければ、愛する彼女からの罵倒や暴力に耐えることはできなかった。
***
陽の落ちた教室を見回す
古い校舎の古ぼけた白い壁は姿を消し、一面は血痕で彩られている。
机や椅子は乱雑に横たわっていた。
血の臭いと腐乱臭が混ざった空気は、徐々に彼女の理性を削ぎ落としていった。
最愛の人であった彼を殺すのは、少し心が痛んだ。
しかし、彼だけはどうしても私の手で殺さないといけなかった。
私を愛している彼は、盲目過ぎる気がした。
愛情の度が過ぎている。いつか殺されるのではないかと思うくらいに依存されて、窮屈であった。
後ろから抱きつかれたときに咄嗟に刃を刺してしまった。
自分の身を守ることができた安堵から笑みが零れる。
「もう、疲れた」
私は静かに目を閉じ、ナイフを自身の喉に添えた。
***
私は、見慣れた死後の世界の光景に絶望した。
ここに来て何回目になるのだろう。もう彼への復讐は飽きたりるまで行い、十分すぎるほど報復をした。
恨みの根元は彼の理不尽な殺人である。
今まで復讐という名で殺してきた成宮将吾たちは、恨みの対象にはならないはずなのだ。
───しかし私は彼をまた殺した。
復讐とはかけ離れた、私念であろうか。
気がつけば私は、光の無い闇の中を歩いていた。
暗い。一体どこへ向かって歩いているのだろう。
右手を横に伸ばすと、なにか冷たいものに触れた。柔らかく、湿っている。
もう片方の腕も伸ばすと、やはりその壁になっている。
足踏みをしても、くぐもった音を響かせるだけだ。
両側を壁に挟まれているというのに、天井には手をあおいでも触れられない。
ここは、初めてきた場所のはずなのに、何故か懐かしい。
───何処なのだろうか。
ひたすら歩き続けて数時間は経った。遠目に灯りが漏れているらしい。
変化した景色に浮かれ、小走りで灯りへ走った。
たどり着いた先は、人がひとり通り抜けられるくらいの狭い穴だった。
穴のなかはどのくらい長い道なのか想像することもできない。
もしここに入ったとして、無事にどこかへ出られるのかは定かではない。
しかし、穴から放たれる光はここのそれよりずっとよい。
このままこの闇の世界にいるよりよりは、何かを信じて進んでみるのも悪くないと思った。
身をかがめ、穴の中を覗く。こんどは明るすぎて、なにも見えなかった。
肘と膝を立て、犬のような格好になりながら穴の中に入る。
両端の壁は先ほどと比べものにならないくらい狭く、柔らかいものが肩に当たる。
湿った液体はぬめりがあり、気持ちが悪い。まるで、羊水の中で泳ぐ胎児のようだ。
まとわりつく液体から逃れるように、速度をあげながら這って進む。長い長い終わりのない道は、徐々に意識を奪ってゆく。
朦朧とした意識の中で声を聞く。たくさんの人間の笑い声と、女性の泣き声。
そのどれも幸せそうで、何かを歓迎しているような声だった。
こうして私はまた誕生し、人間としての人生が始まる。
過去のない自分が、いずれ触れることとなる深く暗い憎悪の炎。
繰り返される復讐を止めることができるなら、もう私も苦しまずに済むのだ。