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薄命物語  作者: 真田 幸一
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第6話 圭一と文華

山崎圭一は走っていた。

銃ではなく、刀を持って。

球切れの時の対処法だ。

時は1935年、日本、九州の飯塚で生まれ育った山崎圭一は、訓練中に足の骨を折ってしまう。

そのせいで、一年間訓練ができない上、死ぬのが怖い臆病者と言われた。

お国のために散ることが、美化されていた時代だ。

怪我や病気だと、出兵は見送られたり、免除されたりする。

山崎圭一は悔しさを胸に抱きながら、町の診療所のベッドに横たわっていた。

「好き勝手言いやがって、俺だって好きで怪我したわけじゃない」

そう、あれはあいつを助けるために負傷したんだ。

雨に濡れてぬかるんだ斜面を転げ落ちていく少女の下敷きになって、少しでも衝撃的を抑えようとしたのだ。

お礼を言われた。

そして、現在両親公認でお付き合いしている。

少女の名前は鈴代文華アヤカである。

少女と言っても、俺と同じ20歳だ。

毎日見舞いに来てくれる。

「圭一さん。今日も良い天気ですね」

「ああ、土砂降りだな」

雨が降ると、アヤカは手伝いをしないで良い。つまりここに、俺に会いに来られるのだ。

「けほ、けほ……」

「大丈夫か、アヤカ?」

アヤカは病弱で、手伝いというのは、家の庭の畑の水やりのことである。

それ以外のことは、免除というより、させてもらえないようだ。

俺とアヤカの出会いは、アヤカが入院している時に、俺が訓練で怪我して、治療を受けていた時だった。

一目惚れというやつだろう。

俺はどうにかして、仲良くなろうと思った。

怪我と言っても、腕の骨折だから、訓練はできないが、勉強をしなければならなかった。人を殺すための勉強を、である。

殺す……この行為を訓練していた。

敵兵に見立てた藁人形に竹槍を刺す訓練、銃を撃つ訓練……そんな中にいたことが、今俺は恐ろしく思った。

命を奪う行為を学ぶ場所、命を救う行為が行われる場所。

その対照的なところにいる自分だから、そう思うのかもしれない。

長く生きられない人も精一杯生きようとしている。アヤカを見ればそれが実感できる。


「圭一さん……」

アヤカは俺のベッドに座った。俺の横にだ。

俺達は家族公認の恋人、つまり将来の約束をした仲だ。

式は挙げないが、戸籍上婚姻を結ぶ予定だ、怪我が治った後に。

「アヤカ……」

口付けをした。柔らかな唇は少し震えていた。

「初めての接吻です」

「俺もだ」

俺達は抱き合った。

雨が止んで、夕日が差す病室のベッドの上で、俺達は橙色の中にいた。

そして、影を一つにした。


怪我が治り、親がいない俺は、婿養子として、鈴代家に住むことになった。

アヤカは逆に入院することになった。

籍を入れたから、俺は鈴代圭一である。

鈴代家はある程度裕福な家庭だった。

因みに、俺の両親は父が事故死、母が病死である。

母が5年前、父が去年なくなった。

俺は、それからは一人暮らしをしていた。

「圭一さん……」

時々咳をしているアヤカ。

本人曰わく、三十歳までしか生きられないとのこと。

まあ、俺も同じようなものだ、今の若者は皆徴兵で、戦地に赴かなくてはならない。

結婚して、子供を作って、その後、夫の骨と遺留品が帰ってくる。そういう家庭も多い。

俺は、絶対に帰ってきて、アヤカと残りの時間を過ごす。

そう決心した。


出発の前日。

俺は家族にきちんと挨拶をして、アヤカの病室に向かった。既に、体調は良くなっていて、退院できるのだが、様子をみている。

俺はアヤカに、明日出発することを告げた。

そして、俺はベッドに寝た、アヤカの隣に。

最後の夜になるかもしれない。

だから、今夜はアヤカと一緒にいようと思った。

アヤカを抱いて、影を一つにした

そして、いつの間にか、星空が広がっていた。

「きれいですね」

「ああ、きれいだ」

アヤカ、君もきれいだよ。

俺達は抱き合いながら星空を見上げていた。



1ヶ月経ち、出発の朝になった。

周辺住民は駅に集まって、俺達が乗っている汽車を見送っていた。

その中には、アヤカの姿もあった。

みんなに手を、旗を振られながら、俺達は旅立った。



アヤカside


圭一さん……

見送るのはつらかった。もしかしたら、もう戻ってこないかもしれない。

帰ってくる約束をしていた。

今は信じて待つしかない。

アヤカは自宅に戻り、家族と暮らしている。





1945年

俺は、太平洋の島にいた。

一度も大陸を踏むこともなく、いきなり船でフィリピンに向かった。

スペイン軍、フランス軍とアメリカ軍が敵で、俺達は区別がつかなかった。

もしかしたら、同盟国のイタリア軍とドイツ軍が援軍を派遣して、我が軍を支援してくれるのではないかと、思われていたが、一気に戦況が逆転した。

今俺は小隊の副隊長になっている。

と言っても、10人程度の副リーダーに過ぎない。

俺達は逃げているアメリカ兵を追ってジャングルを抜けて少し草原が広がっているところに出た。

俺は気付いてしまった。

誘われた。つまり、現在敵に囲まれている、と。

「逃げるな、逃げたら敵の思う壺だ」

田中隊長はそう言って、一番前を進んでいる。

俺はそのすぐ後ろを進んでいる。

銃の弾薬は残り少ない、銃剣は刺すと抜けない。

田中隊長は、ずっとお国の為に戦ってきた。生き残るためではなく。

俺は、生き残りたい、生きてアヤカの下に戻りたいと思っていた。

逃げたら隊長に殺される。

逃げずに進むとアメリカ兵に殺される。

生き残るためには仕方がなかった。

隊の他のみんなは生き残りたいと願っていた。

国の為に戦いたいと思っているのは、田中隊長だけだよ。

だから、俺達が生き残るに残された道は一つしかなかった。

「山崎圭一、俺の後ろを頼む」

俺に背を向けるとは、信頼しているのか。

「絶対、生き延びるぞ」

俺は、仲間に意志の確認をした。みんな頷き返した。

もう、後には退けない。幸い、俺達以外の部隊は全滅している。

だから……

俺は銃を撃った。


田中隊長の頭を狙って……


仲間は、少しの間、何が起きたのか理解できなかったようだ。

俺が田中隊長の頭を目掛けて銃を撃って、田中隊長が草むらに倒れ動かなくなった。

草に赤黒い液体が飛び散っている。

「みんな、生き残るには、これしかない。投降しよう」

これでみんな助かって、俺はアヤカの下へ帰れる。

そう思ったが、

「裏切るのか、山崎圭一!?」

銃を突きつけられた。

当時アメリカ兵に捕まったら喰い殺されると言われていたが、俺は全く信じていなかった。

「生き残りたいんじゃなかったのか?」

「アメリカ兵に捕まったら、殺される。殺さないと、殺されるんだ」

山田は俺に向けて銃を放った。

致命傷を負ってしまい、俺は動けなくなった。草むらで気が遠くなっていった。

そんな中、銃声や、火炎放射器のヴォーという音、爆音が鳴り響いた。

銃声に気付いたアメリカ兵が、様子を見に来て、その兵を、俺の仲間が撃ってしまい、銃撃戦が始まり、多勢に無勢で、全滅してしまった。


辛うじて息があった山崎圭一はアメリカ兵に連れられて、治療を受けたようだが、出血多量で、結局死亡した。




アヤカside


山崎圭一が戦死したという知らせが来たのは、終戦後だった。

圭一さんとの間に子供が産まれ、比較的健康に育っている。

しかし、毎月誕生日の次の日は目が覚めないというよく分からないものも遺伝されていた。

「菫、走ったら危ないよ」

「お父さん、いないの?」

子供にとっても寂しいものだろう。

「うん、圭一さんは戦争で亡くなってしまったけれど、ずっと空で私達を見守ってくれているよ」

そう言うしかなかった。

それに私達はまた巡り会えますよね。

だって、前世におまじないをしていますから……



次回予告


「最近栞に会っていない」

「テレビの指名手配犯が気になって仕方がない」

「そんな時、親友の吉田幸一が、田中刑事という、連続集団強姦殺人事件の指名手配犯を調査している刑事さんと共に現れた」


次回 薄命物語 第7話 『事件』

「栞! どこにいるんだ?」



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