第4話 修学旅行前編
薄命物語 第4話 修学旅行前編
中学校は小学校と同じく義務教育で、何かしらの遠足や登山や修学旅行などのイベントが多い。要は、いつもと同じように、学校でずっと席に座って勉強するのとは違って、どこかに行くことが多い。
いつもは遅刻したり(家が学校から近いくせに)、保健室に行ってさぼったり、寝ていたりしているやつが、どういう訳か、こういう時に一番早く来ることがある。
二〇〇五年二月一日(火)、今日は修学旅行に出発する日だ。
集合場所はグラウンド、集合時間は七時三〇分。
その三〇分前に近所の友達と一緒に来てみたものの、既に大勢が来ていた。
その中には、遅刻の常習犯の合田の姿があった。
クラスメートに訊くと、こいつが一番最初に来ていたようだ。これはいつものことである。遠足の時も、体育祭の時も、文化祭の時も、こいつはいつも最初に来ていた。
まるで、遅いぞお前ら、と言わんばかりに、少し高いところ(朝礼台など)にいて、後から来た人を見降ろしているのだ。
胸を張っているところ悪いが、いつもはどうして遅刻して来るんだよ?
もしかして、こういう時は早く目が覚めるのか、それとも眠れないのか?
そういう体質なのだろう。要は教室で椅子に座って勉強しない日は、一番早く来るのである。その体力と精神力を他につぎ込んでくれ。
「あ、いけね、しおりを忘れて来た」
因みに『修学旅行のしおり』のことである。
「合田、お前はいつもそういうやつを……」
「あ、こっちに入っていた、ははは……」
こいつ、わざとやったのか?
「あ、保険証の写し、ちゃんと貼っているか?」
当たり前だ。
「クラッカーだよな?」
こいつに付き合っていると、無駄に体力を使ってしまう。
「おい、吉田」
俺は近くにいた親友の吉田に声をかけて、とりあえず合田の相手をするのを止めた。
合田は、他のやつに話しかけている。
「今夜どうする?」
因みに、合田は娯楽担当のような存在だ。
「俺、小型のライトを持ってきたんだ」
「電池はあるんだろうな?」
「もちろん、ほら」
そんなやり取りを聞きながら、俺は吉田と甲本さん達と話をする。
「それにしても、修学旅行が二月の初旬でよかったな」
「うん」
甲本さんはいたって健康に見えるのだが、実はよく分からない謎の病を抱えている。
毎月二〇日は目が覚めないのである。
一月一八日は俺と吉田の誕生日で、一月一九日が甲本さんの誕生日だ。
この前、誕生日会を開いた時に聞いたのが、この話だった。
「私、毎月二〇日には目が覚めないの。だから、先生に相談して、毎月二〇日にはテストをしないように頼んでいるの」
毎月二〇日、テストがありそうなのは、二月と七月と一二月だ。各学期末である。
「遺伝だと思う。お母さんも同じ病気だったから」
栞の母親、美里さんは、三〇歳の誕生日の翌日に、なくなったそうだ。原因不明で、その前日までは至って健康そのものだったのだが、〇時を過ぎた瞬間、まるで電池が切れたモーターのように、動かなくなってしまったらしい。
心臓は動いていた、しかし、脳死と診断された。
実は、美里さんの母の母、鈴代文華さんも、同じ病だったらしい。
彼女の母は特にそんな病を持っていなかったし父親も持っていなかった。
何かよく分からない物を、アヤカさんが体内に取り込み、謎の病を発症したと考えられる。まぁ、遺伝子の病気なのだろう。
ということは……
「うん。私も三〇歳で死ぬと思う」
栞にとっては、誕生日はお祝いと同時に、死へのカウントダウンでもあった。
「もっとも、三〇歳が最長で、それまでになくなることもあるよ」
それはそうだ。寿命までに、事故死することもあるからな。いつどこで亡くなるかは分からないのは誰もが同じだ。
「全員いる班からバスに乗ってくれ」
各クラスの副担任は、各班長に点呼をさせて、担任はバスの中で席を間違えないように、と注意をしながら、座席に座っていた。
俺達は一番奥の座席、つまり五人掛けの席があるところと、その一つ前の座席だ。
俺は後ろから二つ目の、座席の進行方向向かって左の窓側で、通路側に吉田が座っている。
バスは予定通り午前八時に出発した。
夜明け前だった運動場に、朝日が差してきた。
どうでもいい話だが、福岡県と東京都では三〇分くらい時差があるのだろうか?
何となく気になったが、周りを見渡すと、全員まだ眠いようなので、俺は窓の外を見ていた。
一番近い月隈ICから、バスは高速に入った。
これから広島県の三好ICまではずっと高速道路である。
地図で見たから間違いないだろう。
実は吉田も俺と同じ、卓上旅行が趣味なのだとか、そういうことを昔言っていたような……
あれは、幼稚園の年長の頃だろうか、俺が初めて地図帳を見たのは。
母が旅行代理店で働いていたからだろうか、少し古い地図帳が家にある。
ユーゴスラビア、ソビエト社会主義共和国連邦……が載っている地図だ。
どういう訳か、その古めかし地図帳に興味を持った俺は、ローマ字も読めない、アルファベットも読めない癖に、世界地図を見ていた。ところどころ道路が円を描いているところが面白かったらしく、夢中でその場所を探していたそうだ(母談)。
因みに、その円は、ループ橋とかというもので、高低差がある時に、回りながらゆっくり上って(下りて)行くための物だ。道路以外に、鉄道でも見られる。
吉田の場合は、日本の鉄道に興味を持ってそれを調べていく内に、地図を見るようになったらしい。新幹線が完成すると、在来線は廃止されるか第三セクターになることがあるとは、彼から聞いた。小学五年の頃だったか。
長野新幹線(北陸新幹線)が長野まで繋がって、信越本線の一部が廃止、しなの鉄道という第三セクターに変わったということを聞いた。
当時の俺は、中部地方もしくは関東甲信越に長野県が含まれることを知っていたが、吉田はそれに加えて、JR東日本とJR東海、JR西日本の管轄の境目があることを知っていた。フォッサマグナは中学に入って地理の時間に初めて聞いたが……
バスは箱崎から大きくカーブして、九州道の福岡ICに向かう。
この辺りは、一〇階建てのマンションが多い。
俺達は、東区の町並みを眺めていた。
そして、ついにその時が来た。
バスは九州道に入り、あとは、関門橋の手前までは停まらない。
「さて、勝負だ」
トランプで、大富豪を始める。
この辺りに座っている約八人で行う。
一セットでは絶対に足りないから、54÷8×2=13 or 14枚で、丁度よくなるはずだ。
補助席にカードを置いて行くことにした。
そして、白熱した戦いが繰り広げられた。
戦いの途中で、バスは遠賀川を渡る。
そこで、0系新幹線を見た。今は車庫にあるであろう車両である。
「おお、速いな」
そりゃそうだ。
「おい、お前の番だぞ」
とは、敢えて言わないでおこうと、全員が空気を読んだ。
「ははは、悪い悪い」
いや、別に気にしないよ。こうなることは、分かっていたからな。
あと、2試合くらいで、めかりPAに着くだろうか。
前半戦の勝者が決まる。
「あれが、壇ノ浦だ!」
社会の教科担当の山田先生は、「めかりPA」に着くと、海の方を指して、近くにいた生徒に説明した。
俺達はその先生とは仲良しで、旅の間は良く行動を共にすることとなる。
俺は、甲本さんの姿を探した。
彼女は友人と仲良く話している。
「帰りは向こう側の『壇ノ浦PA』で休憩するからな!」
山田先生の日本史講座はその後、靄が出始めて、壇ノ浦が見えなくなったことと、休憩時間が終わりに近づいたことで、終了した。
バスに戻った俺達は、再びトランプを始めた。
しかし、長続きせず、関門橋を渡って山口県に入って20分もしないうちに、『ハ○公物語』という映画のビデオが流し始めた。
「ハ○公!」
トランプをするのを忘れて魅入ってしまった程、感動的な映画を見ていると、バスは広島県に入った。
三次ICを下りて、雪景色の中をバスは進む。
途中チェーンを巻く時に、休憩時間を取って、トイレに行くことにした。
「雪で滑るなよ~」
車が通って一度溶けて、凍った部分は滑りやすい。
俺はチェーンを巻くところを見ていた。
吉田は建物のそばの看板を見ていた。
地図によると、広島県の北の方で、島根県に近いところにいるようだ。
確かスキー場と『かんぽの宿 三瓶』は島根県だったはず。
「そういえば、お前ってスキーできたっけ?」
「いや、初めてだが……」
「実は俺は以前に一度だけやったことがあるんだ。基本だけだけれど」
吉田は、家族と共に佐賀県の天山スキー場に行ったらしい。
「アドバイスしてくれるか?」
「ああ、良いよ」
甲本さんに良いとこ見せようって魂胆か……
なかなかやるな吉田。
「ここって、バスが通れる道って一本しかないんだな」
「ああ、そうらしいな。万が一道が塞がってしまったら帰れなくなるな」
そういう万が一が起きないことを祈ろう。
「『かんぽの宿 三瓶』にようこそ」
宿の経営者らしいおじさんがロビーで、整列して座っている俺達を出迎えた。
こういう時の話ってなぜか長く感じるものだ。
と思ったら、思いのほか長くなかった。ただし、生活指導と教頭先生の話は除く。
宿の一階には、売店(お土産物屋)と宴会場(お食事処、座敷)、大浴場(女湯、男湯)がある。
2階は男子の部屋で、3階が女子の部屋である。
そして、階段の近くに、見張りの先生が座るパイプ椅子とお茶が入ったポットと湯呑みがテーブルの上に置かれていた。
寒いから、熱いお茶を用意してくれたのだろう。
しかし、最近の子供はお茶をあまり飲まない人が多い。
どちらかというと、ジュースを飲む人が多いのである。
そういうことが原因なのか、お茶の消費量は思ったほど多くなかった。というより、お茶を飲んでいたのは、20人いなかったくらいである。
一番飲んでいたのは、見張りの先生ということで、2,3番を争うのが俺と吉田であった。
まず、部屋に入って、荷物を置いた。
今までの経験として、布団が足りないという可能性を考慮する。
小学5年の自然教室では、吉田の布団がたりなかった。
仕方がないから、押し入れで寝ることになった。
まるで、青いロボットみたいだった。
そんなことは置いておいて、夜の準備を始めた。
「夜更かしは止めておけよ」
何ていっても、どうせ聞かないのである。
部屋に入って30分後、入浴の時間が近づいてきたので、俺達4組の男子は、男湯にまっしぐらに進んで行った。
夕食を食べるために、一階に下りた時だった。
この時だけは、男子と女子が一緒にいるのだが、甲本さんと目があった。
風呂に入った後だからか、顔が少し赤くなっていて、いつもより綺麗に見えた。
「二人とも、本当によく似ているね」
二人とは、俺と吉田のことだ。
『よく似ている』
小さい頃からよく言われる言葉だ。
でも、違うところはある。
バレンタインデーでチョコを貰うのは俺で、吉田はあまりもらうことがない。
つまり、モテるのは俺、真田幸一である。
一方、頭が良いのは吉田の方である。
スポーツは並だが、学業の成績は学年でトップ5に入るくらいだ。
「俺はあまり『頭良いね』って言われたくないんだ」
と、吉田は言うようになった。言われる度に悲しくなるらしい。
頭良い奴は良い奴なりに、俺達には分からない苦労というものがあるんだろう。『学年トップ』にこだわりがあるらしい。俺達にとっては、羨ましい話なんだが。
「似ているか?」
「うん、外見だけじゃなく、雰囲気も、とてもよく似ているよ」
俺に比べて吉田は少し……暗い感じがする。良く言えば、冷静だ。
「本当に双子じゃないかな? って疑いたくなるよ」
一卵性ではなく二卵生かな?
二人とも幸一だから、紛らわしいことこの上ない。
もしかして、外見が似ているから、吉田の存在感を俺が吸収しているんじゃないのか?
だったら、バレンタインデーの話も納得がいく。
おそらく、俺がもらっていたものの中にも、いくつかは吉田幸一宛のものもあったのかもしれない。
いつも「幸一君、私のチョコを貰って!」としか言われなかったからな。
俺と吉田の区別が付きづらいので、とりあえず存在感がある俺の方に渡したのか?
そう言えば、いつだろうか、こんなことがあった。
バレンタインデーの昼休みに、廊下を歩いていたところ、女子からチョコを渡されたんだが、「幸一君って頭良いよね。それに冷静なところも好き」って……
あいつ絶対吉田と俺を間違えていたな。
ということは、吉田もモテるのか。
俺が今までチョコを貰っていたのは、俺の実力によるもの何だろうか。それとも、俺と吉田を勘違いした女子が、俺に吉田に渡すつもりで、チョコをくれていただけなんだろうか……
いや、そんなことはないはずだ。
少なくとも、半分くらいは真田君って書いてあったはずだ。
チョコレートにではなく、手紙に……
そんなことを考えていたせいか、夕食を食べている間、俺は空になった皿を箸でつつくという、謎の行動を繰り返すことになった。
夕食後、俺達は部屋に戻って何かすることにした。
「何する3」
「何する2」
「何する1」
「1って言ったやつが決めるんだよ」
という、良く分からないローカル話により、合田が何をするか決めることになった。
「『1』やろうぜ」
イタリア語で1な。
赤、青、黄、緑の四色と特殊なカードがあり、同じ色か同じ数字のものを出して行き、手札がなくなった者が勝ち。
手札が一枚になった時に、イタリア語の「1」を言わないと、一枚引かされるというゲームである。
この手のゲームは、吉田が得意だ。
頭を使う、作戦がものをいうゲームは。
ただし、吉田はルールを知らなかった。
「やっている内に覚えるよ」
ということで、始まったのだが……
10回勝負の内、3回は吉田が勝ってしまった。
「単純に頭使うゲームだと、吉田に勝てないんだよな」
「他のゲームやろうか」
と言って、山田がリュックから取りだした物は、カード麻雀であった。
もちろんルールを知る者はいないので、即却下された。
「将棋、オセロ、チェスならあるよ」
「トーナメントするか?」
「紙はあるか?」
そんなことを言っている内に午後9時半を周り、見張りの生活指導の吉本先生が見回りに来た。
「そろそろ、消灯の時間だ。早く寝なさい」
全員そろって「は~い」と良い返事をするが、誰も聞きはしないだろう。
だから、見張りがいるのだ。
吉本先生は蛍光灯を消して、ドアを閉めて、隣の部屋に向かった。
戻ってこないことを確認すると、合田はライトを付けた。
持参したらしい。
「この明るさだと、トランプも出来やしないな」
意味ね~
「じゃあ、恒例の恋話でもするか……」
好きな女子をひとりずつ挙げて行く。
甲本さんが好きなのは、俺と、そして吉田だった。
天山さんが好きな人は3人いた。
「だって、ナイスバディで、優しいから、なぁ?」
甲本さんは、どちらかと言うと控えめで(心身ともに)優しいし、料理も上手だった。
家庭科の料理を見ると、一目了然だった。
天山さんは料理があまり上手ではないというより、したことがなかったらしい。
そういう点で、甲本さんが好きだった。
それにしても、まさか吉田も甲本さんのことが好きだったとは。
しかし、これは強敵だ。
俺と吉田は体育の成績はあまり変わらないし、他の科目だと、俺と同じか俺以上の成績だから、甲本さんは俺よりも吉田を取るだろうか。
でも、存在感では、俺の方が上だ。
という意地を張って、俺は今度のバレンタインデーまでに甲本さんともっと仲良くすることにした。
よく考えたら、甲本さんの最初の友達は俺だもんな。
だったら、俺が甲本さんと付き合えるんじゃないか?
「そういえば、なんで真田と吉田は、こんなに似ているんだ?」
「なんで、と言われても……」
「双子でもないし、名前が同じで、紛らわしいし」
「そういえば、真田はモテるんだよな。それに対して吉田はモテないらしいが」
「女子は、見分けが付きにくいから、とりあえず近い方の幸一君にチョコを渡しているんじゃないか?」
何も言い返せない……
もし本当にそうだったとしたら……
いかん、また夕食の時と同じだ。
「たとえそうだとしても、この法則なら、俺の方がモテるってことは変わりないな」
「残念だがそうらしい。でも、簡単にあきらめないよ」
俺達の初恋は果たして、どちらが実るのだろうか、それとも、二人とも実らないのか。
修学旅行の一日目の夜が更けていった。
次回予告
ついに、修学旅行の目的地、島根県三瓶山に着いた。
スキー場で、基本から教わる俺達。
そんな中、経験者の吉田幸一は同じ班のみんなから一目置かれる。
恋のライバル、吉田幸一は強敵だ。
次回 薄命物語 第5話 「修学旅行後編」
しかし、最終日にある出来事が起こる。