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9:ペナルティーとご褒美



 仕切り直したバトミントン第2回戦。休憩をはさんで第3回戦。


 結局ギャフンと言わされたのは…またもや私。


 肩でゼイゼイ息をしながらベンチに腰を下ろす。「ほら」と、隣に座った白鳥がタオルとスポーツドリンクを差し出してくれた。…そのカバン便利ね。なんでも出てくる。


 ありがたく、タオルをお借りして汗を拭いた。気持ちいい-。負けたけど、思いっきり動くのってやっぱりサイコ-。


「華蓮。」


「何?」


「負けたんだからペナルティーな。」


「はい~??」


 一気に気分が下降した。何? そんなのがあるんなら、勝負する前に言いなさいよ! どちらにしても勝てなかっただろうけどさ。


 ほっぺたを膨らませる私に、奴はペナルティーを言い渡した。


「これからは、俺を下の名前で呼ぶこと。」



 ……白鳥の名前……?



 そんなのあるの? いや、あるに決まってる。ここに来て初めて私は白鳥の名前を知らないことに気が付いた。

 …「教えて下さい」って言っていいと思う? また怒られそうな予感に満ち溢れているけど…いや、ここは女だ! 一発勝負!



「太郎」


「ブッブー! 誰だよそれ? 勝手に名付けるな。賭けに出るならもう少しヒネってみろ。」


 やっぱり怒られた。だって、うちの会社、一応大きい方に属するのよ。社員が何人いると思ってるの?同じ部署ならともかく、ただの同期のフルネームまで覚えてないっての。


「お前、携帯に入れた俺の情報すら見てないだろ。」


 あ! その手があったか! そう言えばフルネームで登録されてたかも。


 目からうろこ。そんな表情の私を見て、やれやれと言わんばかりのため息をつきながら白鳥は名前を教えてくれた。


一樹かずきだ。言ってみろ。」


 ふ~ん。割とノーマル。…で? 今、何て? “言ってみろ”と? 私に? リピート?



 …な、何ですと---!?



 自分に下された指令をやっと理解した。 名前で呼べって言ってる?(さっきから言ってます) いやいや、無理でしょ。男兄弟すらいないのよ? 名前呼びなんてしたことないよ~!


「か・ず・き。 ほれ、早くしろ。」


 ずいっと迫ってきた白鳥が私の顎に手を掛ける。顔を上に向かせると、視線をしっかりと合わせてきた。見つめ合って呼べと? 何て厳しいデビュー戦だ。


「…できないなら、このままキスするぞ。」

「言います。呼ばせてください。」


 さっきの首筋へのキスを思い出す。コイツは本気だ。こんな公衆の面前で記念すべきファーストキスを奪われるくらいなら名前で呼ぶ方がはるかにマシ。よし、腹をくくろう。


「かっかっかっ」


「黄門様か?」


 ムッ! 違います。モノマネしてる余裕なんかないわよ。…よし、いくぞ!


「か、かず…き…」


 よっしゃ-! ミッションクリア。おめでとう、私。よくやった。


「どもり禁止。もう一回。」


「ちょっと! 初心者に厳しすぎるんじゃない!?」


「もう一回。」


 顔の距離を縮められた。これってあれだよね? …もう一回言わないとキスするっていう圧力だよね?


「一樹!」


 背に腹は代えられない。半ばやけくそで大きな声で呼んでやった。また耳がキーンとなればいいのに。


「よくできました。」


 満足そうに微笑んだ白鳥(心の中ではまだ名字呼び)は、さらに顔を近付けて………


 チュッ


 ほっぺにキスしやがった---!!!


「なにすんのよっ!!!」


 今度こそ、耳が痛かったらしい。私が突き飛ばすまでもなく、白鳥が私と距離を開けた。


「ちゃんと呼べたご褒美だろ。」


「いらないわよ!! 一体、何考えてんのよあんたは!!」


「一樹。」


 …この期に及んで名前でちゃんと呼べってか? お断りよ。パンツのゴムひもでバンジージャンプくらいの勇気で名前を呼んだのにこの仕打ち。もう二度と呼んでやるもんか!


「…もう1回か?」


 ひっ!! 黒鳥降臨!? ぶるるっ。身の危険を感じる。


「一樹一樹一樹一樹!」


「よし。今度からちゃんと呼べよ。」


 何なんだコイツは!? 自分勝手にもほどがある! そりゃね、27歳にもなってほっぺにキスの1つや2つでガタガタ言うのは大人げないのかもしれない。

 でもね! ここまで男の人と無縁だったからこその夢もあるのよ! 少なくとも、こんな公園の真ん中でペナルティーとして(ご褒美だってば)体験したくなかったわ!


「ほら、いつまでタコみたく茹だってんだよ。風が冷たくなってきたからそろそろ帰るぞ。」 


 いつの間にか、荷物を片づけてくれた一樹が手を差し伸べた。ふん。お断り。私、怒ってるんだからね!


 思いっきり顔をそむけて1人でスタスタ歩き出した。その背中を白鳥の声が追いかけてきた。


「どこ行くんだよ。駐車場は反対だぞ。」


 …連れて行ってください…。






 帰りの車は無言だった。いや、白鳥は「寒くないか?」とか「何か飲み物買ってくるか?」とか色々話しかけてきたけれど、私の頭の中は嵐のようだった初デートのことでいっぱいだった。

 

 人生27年。男の人とまるっっっっきり無縁だった私に、いきなりプロポーズする男が現れたのが3日前。一昨日には付き合う(仮)ことになって、初デートが今日。


 …その割に内容濃すぎない?


 手をつないだでしょ。 く、首舐められたでしょ。 名前で呼ばされたでしょ。 …ほっぺにキスまでされたでしょ!


「…ゆっくりって言ってたじゃない。」


 恨みがましく呟いてみると、白鳥はまた私の頭をポンポンと軽く叩いた。運転中です。手はハンドルに。


「俺にとっては、これでもゆっくりなんだけどな。なんせ、俺を男として認識してもらうのに1年かかったんだ。華蓮さえ許してくれたら、もっと進めたいとこだけど?」


「却下。」


「…だよな。分かった。これ以上のことはしない。約束する。」


「…絶対だからね!」


 きつく念を押すと、白鳥は「分かった分かった」と返事をした。2回言われるとほんとに分かってんだか不安になる。まあ、いいか。約束を破るようなら、それを理由に今度こそお断りできるってもんだ。


 いいネタ見~っけ。


 ニヤニヤした顔を見られないように、私は横を向いて窓の外の景色を眺めることにした。





「…れん。華蓮、着いたぞ。」


「…ん~…?」


 肩を揺さぶられてハッと気が付いた。あら、やだ。寝ちゃった?


「ご、ごめん! 私寝ちゃって。」


「しょうがねーなー。よだれ垂らして。ほら、タオル。」


 ガバっと上体を起き上がらせると、白鳥がタオルを取り出して口の端をぬぐってくれていた。ちょ、ちょっと待って! さすがに恥ずかしい!!


「そのタオル。さっき汗を拭くときに貸してくれたやつだよね。洗って返すよ。」


 羞恥心で顔を上げられない。俯いたまま、タオルを受け取るために手を差し出した。


「いや、ついでだから自分で洗うよ。」


 取り上げられてたまるか、とでも言いたげな勢いで白鳥は慌ててカバンにタオルを突っ込んだ。


「ちょっと。洗うって言ってるでしょ。渡してよ。」


「いいっていいって。」


 明らかに挙動不審だ。そのタオルをどうするつもりだ---!?


「それより、華蓮。この前約束したよな。今度は家に上げてくれるって。」


「そんな約束してないわよ!?」


 夢でも見たのか? 確かに、この前送ってくれたとき、家に上がる上げないのやり取りはあったけど、断固として拒否したはず。


「片づけとけって言っただろ。」


「上げないって言ったでしょ。」


 再びきっぱり言い切るとと「そうだったな」と案外あっさり引き下がった。


「ほんとは、晩メシも一緒にと思ってたけど、華蓮疲れたみたいだもんな。今日は帰る。また連絡するから。」


 助手席のドアのロックが解除されて、白鳥がシートベルトを外してくれる。


「あ、うん。送ってくれてありがと。」


「楽しかったぞ。またな。」


 走り去る白鳥の車を見送った私は、重大なミスを犯したことに気が付いた。


 …タオル。もらいそこねた…。






 家に入って、リビングの小さなソファーに腰を下ろした。ふ~、やっぱり我が家が一番一番。


 ふと、時計を見ると夕方6時過ぎ。ん? 4時になる前には公園を出たよね? ここまで2時間かかったってこと? 行くときは1時間ちょっとで着いたはず。


 …渋滞だ! 休日の夕方。帰宅する人たちの車で道が混んでいたに違いない。 わぁ~。悪いことした…。


 免許を持たない私は、運転を変わってあげることができない。だから、せめて運転している人が眠くならないようにと、誰かの車に乗せてもらった時はできるだけ話しかけるようにしていた。


 真剣にバトミントンしちゃったからなぁ…。 昨夜もなかなか眠れなかったし…。


 バトミントンで疲れていたのは白鳥も一緒だっただろうに。なのに、よりによって助手席で爆睡してしまった(よだれ付き)。悪いことした。


 帰りがけの白鳥を思い出す。さすがに疲れた顔をしていたかも。それなのに、ヤツは「楽しかったぞ」と言っていた。私と過ごして楽しかったの? 色々怒ってばかりいたような気もするけど?


 私はどうだっただろう? 強引なこともされたけど、嫌だった? つまらなかった?


 白鳥の唇に触れられた首と頬に手を当ててみる。思い出すと、やっぱり恥ずかしくて。そこだけ熱をもってるみたい。


 …びっくりしたけど…嫌ではなかった…


 思い当った自分の気持ちに驚いた。そう、嫌じゃなかった。さらに言えば、今日は私も楽しかった。一緒に砂浜で遊んだり、運動したり、私が楽しめるように白鳥がいろいろ考えてくれたおかげだろう。


 ポケットに入れたままになっていた白い貝殻を取り出して目の前にかざす。白鳥に「私も楽しかった」って伝えればよかったかな…。


 そんな風に考えていたら、携帯電話が鳴った。この音はメールだ。



《今家に着いた。今日はお疲れ。ゆっくり休めよ。》



 “白鳥一樹”からのメールだった。少し画面を見つめて考えた後、返事を送った。



《お疲れ様。今日はありがとう。楽しかった。帰り、寝ちゃってごめんね。一樹もゆっくり休んでね。》



 “またね”の代わりに、うさぎが手を振る絵文字を打ち込んだ。









 





けっこうマメな白鳥。華蓮のどこがいいんでしょう?

次回から白鳥視点になります。そこで理由が明らかに。

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