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8:ナメないで!


 佐々木にバレてる。佐々木にバレてる。佐々木にバレて………


 頭の中でそのフレーズだけがリフレインする。黙り込んでしまった私を心配したのか、白鳥が「どうかしたか?」と聞いてきた。どうかした? ええ。しまくりですとも!


「…んで…よ」


「ん? 何?」


「なんで他の人にペラペラペラペラ話しちゃうのよ! ひとみちゃんには“婚約”とか言うし!」


 並んで座ってるから大きな声を出す必要なんてないのに、つい怒鳴ってしまった。耳がキ---ンとしたのか、白鳥が左耳を抑える。私の声、よく通るからね。


「近い将来の話をしただけだろうが。」


「どこを見渡してもそんな未来は見えません!」


「見ようとしてないからだろ?」


 ぐっっっ…! その通りでございます。


「とにかく! あんまり他の人に知られたくないの。」


「安心しろよ。植原に話したのは、あいつがお前にとって大切な存在だからだ。ま、挨拶ってとこだな。他の奴らにはまだ言わねえよ。また噂になるからな。」


 はい。またその通りでございます。…へ? 噂?


「あんた、私の噂知ってて付き合う気になったの!?」


 てっきり知らないかと思ってた。考えてみたら、社内のかなりの範囲に広まってるんだから知ってても不思議はないんだけど。…“身の程知らず”とか“男好き”とか言われてる女によくプロポーズなんかしたな…


「そこが華蓮のいいところだろ。」


 ??? 意味が分かりません。 ??? 


 景気よくハテナマークを振りまいている私を見て、白鳥はフッと笑うと、頭をポンポンと叩いてくれた。 ムッ! 子供じゃないんだからやめてよね。



 



 それから15分くらいして車は目的地の公園に着いた。車から降りると潮の香りがする。この香り大好き。今日は4月にしては暖かいし気持ちがいい。


「ほら、行くぞ。」


 大きなカバンを肩に背負った白鳥が私に手を差し伸べる。こ、こ、これの意味するところは…


「こっちだ。」


 きゃ---!! やっぱり---!?


 手を、手をつながれた! 困ります。私、古風な女なので3歩下がって歩きたいのですが…。


 私の動揺などまるで気付かず手を引く白鳥。俯いて、引っ張られるように歩く私。 …連行される犯人ぽくない? 頭にジャケット被せると、よりリアリティーが… ふがっ!!


 不意に白鳥が立ち止まった。俯いていた私は、奴の背中に頭突きをかましてしまった。


「ちゃんと歩けよ。トロくせーな。」


 つっけんどんな口調とは裏腹に、白鳥は優しく微笑んでいた。こんな顔されたら、女の犯人なら誰でも(私は例外)オチちゃうよ。よっ、名刑事。


 手をつないだまま歩み寄って、白鳥と肩を並べた。大きいなぁ…。並みの男の人だと、私とあんまり目線が変わらなかったりする。でも、白鳥と並ぶと私の頭は奴の顎くらいまでしかない。


「白鳥、何センチあるの?」


「185くらいだったかな。」


 私より15センチくらい大きい。ちょうど、私とひとみちゃんの身長差と同じくらい。え? ひとみちゃんってすっごく小さく感じるよ? 白鳥にも私が小さく見えるってこと?


「どうした?」


 問いかけるように見上げていたら、再び白鳥が微笑んだ。声も妙に優しい。やめてよ、そのまぶしい“真っ白鳥”。会社の爽やかバージョンより数段破壊力がある。あ、そうそう。爽やかと言えば…


「白鳥って、会社では爽やかだし温和じゃない? 私と話すときって、怒ってたりして、いつもと違うよね?」


 もっと言えば“黒鳥”に変わる時まであるよね。


 こんな白バージョンがあるなら最初っから出せばいいのに。よりによって黒バージョン出してきたりしてさ。なんか、口説き方間違えてない?


「嫁には素を知ってもらわないとな。」


「嫁にはなりません。」


「絶対なるさ。」


 優しい笑顔を引込めて、自信満々にニヤリと笑った白鳥を見て一つ学んだ。なるほど。私のせいですか。私の減らず口のせいで黒鳥に変わるんだな。


「ならないわよ!」


 学んだところで私の口も減ったりしない。「はいはい」と白鳥が私をあしらう。キ---!! さっきから子ども扱いしてなんなのよ!


 イラつきながらもつないだ手はそのままで歩いて行くと、目の前に海が表れた。


「わぁ---! 海だぁ!!」


 海に来るのは久しぶり。学生時代は友達と大人数でワイワイ来たりしたけど。社会人になって5年。彼氏も運転免許も持たない私にとって海は縁遠い場所だった。


 波打ち際に駆け寄って、しゃがみこんで水に触れる。4月の水はさすがに冷たい。残念。もっと暖かければ裸足になりたかったな~。仕方がない、貝殻でも拾いましょうか。


 ん? なんか、温かい視線を感じる…。 形の良い貝殻を掘り起こしていた手を止めて顔を上げると、白鳥がそれはもう微笑ましい顔で私を見ていた。


 やってしまった。すっかり童心に返ってしまっていた…。真剣に手で貝を掘るなんて、大人の女はあんまりしないよね…。


「これなんか大きいぞ。」


 恥ずかしさが込み上げて視線を泳がせていた私の目の前に、砂で汚れた白鳥に手が差し出された。手の平には真っ白な貝殻が1つ。


「…ありがと。」


 受け取って、ジャケットのポケットにしまいこむ。その貝殻は今日1番の掘り出し物だった。




 

「腹減らないか?」


 しばらく波打ち際を散歩したり、砂で山崩しをしたりして遊んでいたら、白鳥が時計を見て私に聞いた。言われてみると、お腹が空いてる。


「レストハウスに入るか?」


 …もったいない。レストハウスはこのあたりに見当たらない。と言うことは、せっかくの海が見えなくなってしまう。でも、お腹は空いた。一度気が付くと、お腹の虫が大合唱を始めてる。


「それとも、そこのベンチでこれ食べるか?」


 そう言って、白鳥が肩に背負っていたカバンから取り出したのは某有名パン屋さんの紙袋。


「サンドイッチとベーグル買っといたぞ。」


 ナイス!! なんて気が利くんだ!! 


「食べたい!」


「そう言うと思ったよ。」


 近くの自動販売機で紙コップのコーヒーを買って、並んでベンチに腰掛けた。


「いただきまーす。」


 ここのベーグル絶品なんだよね~。サンドイッチも捨てがたいけど…。 どちらも具だくさんだから、両方食べるのは無理があるかな…。 う~ん、悩みどころ。


「ベーグル、半分こするか?」


 私の眉間のシワがよほど深かったのだろうか? 笑いをこらえるように白鳥が提案した。 なんだかバカにされてるっぽくてまたイラッとするけど、その提案、乗った。


「ごちそうさまでした。すっごくおいしかった。」


 おかげさまで、ベーグルとフランスパンのサンドイッチの両方を堪能することができた。心地よい満腹感と顎の疲労感(パンがもちもちで噛み応えがあるのよ)、そこにプラスされる波音のBGMで眠気が襲ってきた。 

 

「海はだいぶ満喫しただろ。そろそろ移動するか。」


 え~。まったりしてたいのに~。どこ行くのさ~?






 再び、腕利き刑事デカと犯人のように手を引かれ、少し離れた芝生広場へ移動した。ここからは海はもう見えないけれど、潮風で体が冷えてきていたので、ちょうどよかった。


「ここらへんでいいかな。」


 白鳥がまたカバンの中を探る。取り出したのは………バトミントン!?


「腹ごなしに運動しようぜ。」


 白鳥が私にラケットを持たせる。いや、嫌いじゃないけどさ。なんで急にバトミントン?


「俺設計だから、ずっとパソコンに向かってるだろ? 体がなまるから、休みの日は動かすことにしてんだよ。」



 …ふっふっふっ。スポーツね。いいわよ。大歓迎。スニーカーはこのためか。


 私の体の大きさは見かけ倒しじゃないの。学生時代、体育は得意科目だったのよ。今でも、休みの日はジムに行ったり、スイミングに行ったりしてる。体力も衰えてないわ。


 ナメないでよ! コテンパンにしてやるから!!



 


 5分後。コテンパンにされているのは私の方だった…。ずるい! 男のくせにスマッシュとか打ってきてさ! 公園でバトミントンとかって、ラリーを楽しむもんなんじゃないの? 斜め下に打ち付けてくるなんて、もはや遊びの域を超えてるでしょ!?


「華蓮が本気の顔で挑んでくるからだろ。」


 そうね、そうね。確かに私が仕掛けた勝負よ。でも悔し-! このままでは終われない!


「ちょっとタイム。」


 さっきから、動くたびにネックレスがシャラシャラと邪魔くさい。こんなの外しちゃえ。


 両手を首の後ろに持って行って金具を外そうとするけど、うまくいかない。イライラしてるせいかしら?


「どれ、外してやるよ。」


 後ろに白鳥が回り込んでネックレスに手を掛ける。あ、ベタついてないかな? 潮風プラス汗が…


 気にするまでもなく、ネックレスはすぐに外れた。と、同時に首筋に押し付けられた柔らかくて温かい感触…


 チュッ ペロッ


「ひゃんっ!!」


 慌てて白鳥と距離を取る。


「な、な、な…? キ、キ…!? な、な、な-!?」


 何? 今、キスしたでしょ!? しかも舐めたわよね---!?


 そう怒鳴りつけてやりたいのに言葉にならない。白鳥はニヤニヤ笑ってる。


「そんなうまそうなもの、飢えた俺の前に差し出す方が悪いだろ。」


 何を当たり前のように言ってくれちゃってんの!? 大体、ここ公園! 公共の場でしょ!!


「あんたには理性ってもんがないの!?」


 怒りで握ったこぶしがわなわなと震えてる。今度はなんとか言葉になった。


「あるからこれぐらいで押さえてやっただろうが。」


 あ、今、クラッときた。いきなり首とは言えキスされて、恩にまで着せられてる。理不尽だ。コイツの考えが理解できない。


「あのなぁ。この1年、華蓮への気持ちを自覚してからは、他の女には一切手を出してない。正直、ここで押し倒してもいいくらい飢えてんだよ。」


 う、飢えてって。そんなあからさまな。


 これ以上ないくらい真っ赤になってうろたえる私が気の毒になったのか、白鳥はかもし出していた雄のにおいを引っ込めてくれた。


「ま、でも、まだ始まったばかりだもんな。ゆっくり待つさ。」


 白鳥が明るい声で言ってくれた。うん。ぜひぜひ待って欲しい。


「さ、続きやるぞ。1回ぐらい、俺に勝ってみろよ。」


 ラケットを持って、白鳥が向こう側に戻って行った。



 よし! 今度こそギャフンと言わせてやる-!!




  

次回、やっと白鳥のフルネームが判明する予定です。


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