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6:私のここが嫌みたい③



 “伊集院華蓮は身の程知らずな男好き”


 まるっっっっきり身に覚えのないその噂が私の耳に入ったのは2年前。月一くらいで催される同期の飲み会の席でだった。


「伊集院。お前、派遣さんの女の子たちから仕事取り上げんなよ~。」


 隣で飲んでるひとみちゃんに群がってくる男の1人が私に言った。 ? 何の事だかわからない。確かに、去年に引き続き、派遣さんの教育担当は私だ。けれど、仕事の割り振りなどは、営業事務の主任である後藤さん。取り上げる権限なんて私にはありませんけど…?


「伊集院さん、男の人の接客、後輩には絶対譲らないんですって~? 評判ですよ~。」


 話が聞こえたのか、総務の子が加わってきた。この子は同期ではない。私たちの同期には、ひとみちゃんと白鳥という、モテモテ男女のツートップが在籍するため、ツテを頼り同期以外の人たちも紛れ込んでくる。この子もその1人。


「営業事務の派遣さんたち、『伊集院さんが目当ての男の人が来てもお茶出しすら行かせてくれない』って嘆いてたわよ~。白鳥さん、意外と男好きなのね~。」


 明らかに“その見た目でよくそんなことするわね。あんたなんて誰も相手にしないわよ”という侮蔑を含んだ表情で笑われた。さらに別の女の子が参入してきた。


「それでいて、自分は片づけは一切しないんですって? ずいぶんと偉いご身分なのね。」


 …そうきたか。なるほど。


 見ようによってはそうなるのか。確かに、営業部にはたくさんのお客様が訪れる。その中に若くてカッコいい人もけっこういる。派遣さんが狙ってる人がいてもおかしくない。


 そういや、「伊集院さん、たまには私がお茶行きますよ」と声を掛けられたことがあった。でも、「お茶は伊集院さんにお願い」と後藤さんからも言われているので「大丈夫。あとで片づけをお願いね。」と言って、私が出していた。その時のことを言ってるんだろう。


 でも、お客様にはでぷっとしてたり、ピカッとしてたりするおじさま達や、当然女性もいらっしゃる。その方たちにも分け隔てなく私が接客してたけど、それは考慮されないのかしら? どうして一部のお茶出しだけを取り上げて“男好き”認定を受けなきゃならんのだ!? 


 大体さ~。もともとは自分たちが薄すぎたり、濃すぎたりするお茶を淹れたせいだろうが! いちいち注意するのもカドが立つかしら? と思って言わないでいた心優しい私にこの仕打ち。なんともやるせない。


 きっと、社食で仲良くなった他の部署の女の子たちにアレコレ吹き込んだんだろうな~。最初に私に声を掛けてきた男は技術部の男だ。女性の比率が少ないあの部署にまで噂が届いてるってことは、社内にくまなく広がっていると思った方が良い。


 男好きね~。そんな伊集院華蓮さんがいるんだ。初めて聞いた。ま、嫌いって訳ではないけどね。


 やれやれ、とため息をついてくだらない話は聞き流すことにした。でも、隣の席で聞いていたひとみちゃんは聞き流せなかったようだ。



 …なんだか冷たい空気を感じる…。 ヒュ-って…。



 やっぱり!? 隣を見ると、ひとみちゃんは氷の女王と化していた。マズい。ここでもめたら、ひとみちゃんまで悪く言われちゃう。ただでさえ、あまりのモテっぷりに女子社員から疎まれているのに。


「ひとみちゃん、気持ち悪いの? お手洗い行こうか?」


 総務の女の子たちに今にもツララでも突き刺しそうな雰囲気のひとみちゃんを、半ば強引に引っ張って席を立つ。


「あんな言い方許せません~!」


 一旦、お店を出て、非常階段の辺りで2人きりになると、ひとみちゃんは悔しそうに地団太を踏んだ。


「いいじゃん、別に。私は気にしないよ。」


「でも、もとはと言えば、私をかばってくれただけなのに~。」


 私のために怒ってくれるひとみちゃんが嬉しかった。おかげさまで、私はちっとも腹が立たなかった。本当にいいの。自分が言い出して始めたことだもの。それに、どうして彼女たちにお茶を淹れさせないか、説明をしなかった私にも非があると言えばある。


「噂なんてどうでもいいよ。ひとみちゃんや、後藤さんは分かってくれてるし。」


「それだけじゃありません!」


 ん? 他に何かあった??


「“ジャーマネ”のことです~。」


 ああ。そのことか。




 女子社員に“男好き”の称号をいただいたのは最近のようだけど、私にはもうひとつの称号がある。それが“ジャーマネ”。こちらは、男性社員一同から頂いた。


 この、頻繁に催される同期会。白鳥とひとみちゃんはほぼ強制参加させられている。自分に群がる男たちも、自分を疎ましく思っている女子社員の視線にもウンザリしていたひとみちゃんは、参加したくなくて断っていたのだけれど、あまりの誘いのしつこさに困り果てていた。


「ひとみちゃん。断り続けるのもしんどくない? 1回くらい出てみる? 私が隣に座るから、私と飲みに行く気持ちでいればいいよ。」


 私も、特に同期会には興味がなかったけれど、断り続けて男の人たちから変に恨みをかってもマズイかなぁと思い、誘ってみた。

 

「華蓮さんが一緒に行ってくれるなら~…」


 それから、ひとみちゃんは同期会に参加するようになった。と言っても、実質は私との食事会みたいなものだけど。


 ひとみちゃんは、必ず端の席に座る。隣の席は1つだけ。そこに私が座り、ひとみちゃんを独り占めする。男たちが集まって来ても「今、私と話してるからあっちへ行ってて」と追い返す。

 さらに、「ひとみちゃん、おかわりは?」と聞かれても「これ以上飲ませないで」。「二次会行こうよ」と声が掛かっても「ひとみちゃんの家、遠いから。遅くなるので今日はここまで」。と、取りつく島を与えない。

 帰りはタクシーに乗せるまで付き添っている。口説くどころか、会話さえまともにできない男たちにとって私はさぞ目障りなことだろう。


 そして、男たちが腹立ちまぎれに陰で私に付けたあだ名が“ジャーマネ”。…業界用語なところがイラっとするよね。普通にマネージャーならまだ許せるのに…。


 まあいい。“ジャーマネ”けっこう。バッチこい! アイドルにマネージャーが付くのは当たり前。下心見え見えのあんたたちに、ひとみちゃんを渡す気はさらさらないからね!


 私自身は全然気にしていないのに、男性社員から反感を買うことになった私に、ひとみちゃんは申し訳なく思っているようだ。「私のせいです~。ごめんなさい~。」と何度も謝ってくる。


「ほんとなら、華蓮さんは誰からも好かれそうな人なのに~。私と関わったりしたから…」


 また「ごめんなさい」を言う気だな。謝る必要なんてどこにもないのに。ジャーマネになったのも、男好きになったのも、全ては自分でしたいと思ったことをした結果だもの。


「ひとみちゃん。私は、自分が思った通りに行動してる。それで周りに何か言われることがあっても、それはひとみちゃんのせいじゃない。」


 自分のしたことが間違いだなんて思ってない。まして、ひとみちゃんと仲良くならなければよかったなんて思ったことは1度たりともない。


 自信を持った瞳で見つめると、ひとみちゃんにも私の気持ちが伝わったようだ。涙で潤ませていた瞳を手で押さえると私に言った。


「私、華蓮さんと知り合えて良かったです~。」


 その笑顔の可愛さと言ったら! 花なんてもんじゃないわね。女神降臨って感じ。あ~! 私、男に産まれてきたらよかったかしら? そしたらここで抱きしめてあげられるのに-!






 あれから2年。相変わらず、私は“男好きのジャーマネ”伊集院華蓮だ。でも、仕事はきちんとやっているので、後藤さん始め、営業事務の先輩の方たち、営業部の(ひとみちゃんファン以外の)男性たちとはうまくやれてる。ひとみちゃんも同じだ。


 一時期は、派遣さんたちが手を組んで、私に仕事上の伝言を伝えてくれなかったり、伝票を隠されたりと、陰湿な嫌がらせも受けたけれど、後藤さんが気が付いてかなり厳しい指導を入れてくれた。

 どうやら「あなたたちよりスキルが高くて、対人関係を円滑に築けるのに仕事がない人は腐るほどいます。これ以上業務に支障をきたしたら即、契約を打ち切ります。」と通告したらしい。後藤さんに感謝である。

 だから、今の被害(?)は定着しちゃった噂だけ。それぐらいなら気にしなければなんでもない。


 ん? 待てよ? 


 …白鳥は、ひとみちゃん並みにモテる。もし、私が『彼女(仮)』になっただなんてバレたら? って言うか、白鳥、ひとみちゃんに「婚約ってとこか」なんてふざけた顔(←ひとみちゃんは“爽やかな顔”って言いました)で言ったらしいじゃない?


 白鳥は“難攻不落”と社内の女性に評判だ。奴は社内の女には決して手を出さないらしい。それがよりによって私と…なんてことになったら噂だけでは済まないだろう。さすがに、これ以上敵を作るのは御免こうむりたい。


 止めなきゃ! あいつの大口をきっちり縫い止めてやらなくちゃ!!


 うっわ~。仮病使ってやろうなんて呑気なこと考えてる場合じゃなかった。明日のデートで『口外無用』って言い渡してやろう。…今日中に広まるなんてことないよね?




 その日は、明日が初デートだというのに、ときめきとは違うドキドキ感にさいなまれながら眠れぬ夜を過ごした。


 そして、寝不足のまま夜が明けて、いよいよ初デート当日を迎えた。








 


 

お待たせいたしました。“華蓮さんの噂編”これにて終了です。

次回から、デート編に突入します!

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