5:私のここが嫌みたい②
300件を超えるお気に入り登録をいただきました。嬉しくて鼻歌が出てしまいます。
満員御礼。心より感謝申し上げます。
営業部に配属されて3か月。すっかり仲良くなった私たちは「ひとみちゃん」「華蓮さん」の仲だった。
私もひとみちゃんも忙しく働いていた。当然のことながら、あらゆる雑用が一番下である私たちに回されてくる。
資料作り、電話応対、コピー、朝の掃除当番。そして…お茶出し。
営業部には来客が多いため、部内に応接室が2つある。その他に打ち合わせスペースにテーブルと椅子のセットが3組。
お客様の取次、ご案内、お茶出しは私とひとみちゃんの仕事。いつも、手が空いてる方が対応していたのだけれど、ある時、お茶出しから戻ってきたひとみちゃんの顔が暗~くなっていることに気が付いた。
「どうしたの? 何かあった?」
「…いえ、別に…。」
いやいや、そんなわけないよ。いつものひとみちゃんならここでニコッと“お花スマイル”を添えてくれるでしょ。…これは、お昼休みにきっちり吐かせねば。
待ちに待ったお昼休み。天気が良いので屋上でお弁当を食べようと、ひとみちゃんを誘い出した。7月の日差しは強すぎた。場所の選択ミスを後悔したけど、他に良い場所が思い浮かばない。
「華蓮さ~ん。暑すぎますよ~。お弁当、傷んじゃいますよ~。」
「傷む前に吐け。」
「傷む前なら食べても吐きませんよ~?」
違う! 食あたりの話じゃないの!
「お弁当じゃなくて。今日のお茶出しで何があったか吐けって言ってるの。」
「…」
「あの時のお客様。若くてなかなかイケメンだったけど…。もしかして、ナンパでもされた?」
「!?」
図星か。そんなことだろうと思ったんだよね~。イケメンだけど、中身軽そうな雰囲気だだ漏れだったもの。
「どこか触られたりした? 今までにもこういうことあったんじゃないの?」
「…手を握られました…。」
聞けば、湯呑みを置こうとした手を握られて、名刺を押し付けられたらしい。「電話待ってるよ」の手書きのメッセージ入り。うわっ! いらね-!!
「これまでにも、飲みに行こうだの、彼氏はいるのかだのと聞いてきた人はいたんです~。でも、触られたのは初めてで、気持ち悪くなっちゃって…」
手を洗いにトイレに駆け込んだらしい。名刺はビリビリに破いて流してやったとか。ふふっ。いい気味~。
「参考までに。今までに何人くらいにそういうこと言われたの?」
「…10人くらいかと…」
「そんなに!? …今まで気づけなくてごめんね。」
どいつもこいつも仕事中に何してんだ!? 立派なセクハラになるって分かってんのかしら?
「ひとみちゃんは、もうお茶出ししなくていいよ。これからは私がやるから。」
「そんな! 仕事ですから。私もちゃんとやりますよ~。」
「でも、これからもそういう人はたくさん来るよ? ずっと耐えられる?」
ひとみちゃんは昔からこういうことが多かったようだ。バイトをすればバイト先の店長やお客さん、学生時代に教授に口説かれたなんてこともあったらしい。教育者な上に妻帯者でしょ!? そんな奴がいるなんて許せん!!
でも、ひとみちゃんが騒ぎ立てると、なぜか責められるのは彼女の方だったらしい。「お前から誘ったんだろ」とか「どうせ遊んでるんだろ」とか、いわれのない非難を浴びる。さらに悔しかったのは、周りの女性達が皆、男側の弁護に立ったこと。
女たち曰く「植原さん、そういう人だよね」ということだそうだ。そういうってどういう? ひとみちゃんが逆ナンしてるとこでも見たのか? 一度でもひとみちゃんときちんと会話したことがあるのか!?
あ~、残念!! その当時に私がいたら男も女もまとめてげんこつ食らわせてやるのに。泣いて「ごめんなさい」っていうまでひたすらゴツゴツやってやるのに!(当然、げんこつの中指の第二関節は尖らせてやる)
「だから、黙って我慢する方がマシなんです~。」
へらっと笑いながら言うひとみちゃんが痛々しかった。そう悟るまで、どれだけ涙を流したんだろう。彼女が泣いたところは見たことがない。でもそれは、すでに泣きつくしてしまったのだとしたら? 涙が枯れてしまったのだとしたら?
「我慢なんてすることないのよ!!」
すくっと立ち上がった拍子にひざに乗せていたお弁当をひっくり返してしまった。オ-!ノォ--!!
…まあいい。半分以上は食べてたし。最後のお楽しみだった卵焼きは無念! 明日また焼こう…。
「これからは、私がお茶出し。ひとみちゃんが後片付けっていう役割にしよう。それで半分でしょ?」
「華蓮さん…。」
「そんなセクハラに我慢なんてしなくていいの! もっと、私を頼っていいのよ。」
「…ありがとうございます~。」
そう言って微笑んだひとみちゃんの笑顔はいつもの“お花スマイル”だった。その眼の端にキラッと光るものがあった。これからは、私が盾になってあげるから。流すのは嬉しいときの涙だけでいいんだよ。
その日の終業後、営業事務の主任である後藤さん(「主任って呼ばないで!」と本人から厳命が下されている)にだけは事情を話した。そうしないと「植原さんだけお茶出しをさぼっている」と思われちゃうから。
同じ女性である後藤さんは、大層お怒りになり、「私から課長に話しておきましょうか?」と鼻息荒く言ってくれたけれど、ひとみちゃんの「これぐらいで騒ぎ立てるのも…相手はお客様ですし~。」との言葉に納得し、お茶出しルールの変更を認めてくれた。
「伊集院さんも同じ目に合ったら、すぐ報告して頂戴。その時は私も断固抗議するから。」
最後に後藤さんは私にそう言ってくれたけれど…。大丈夫です、後藤さん。これまでの人生、口説かれたこともなければ、彼氏がいるのかすら興味を持たれたことがありません。(“いない”と確信されてることと思われる)
こうして、私とひとみちゃんの“新・お茶出しルール”が確立した。
それからは、お茶は私だけが出しに行っていた。たまに「あの可愛い子どうしたの?」と聞いてくる人がいた。そんな奴には「お前がセクハラ野郎か!?」という怒りを込めた冷たい眼差しで「可愛いだなんて。私のことですか?ほほほ」と言ってあしらってやってた。皆さん、唖然として言葉が出ないようで、特にトラブルにはなっていなかった。
2年後の春。営業事務に2人の新人さんがやってきた。2人とも派遣さんで、23歳という若さだった。その時すでに入社2年が経っていた私に、新人さんの教育係が回ってきた。同じく2年のひとみちゃんは、年齢が22歳と、派遣さんより若いため、1つ年上になる私の方が適任だろうということで。
会社の就業時間内の勤務で、という契約になっていた2人は、朝の当番はやらなくて良いことになっていたから、それ以外の業務を教える。当然、お茶出しも。…それがトラブルのもとだった…。
「伊集院さん、ちょっと。」
新人さんに出してもらったお客様のお茶の湯のみを洗っていると、後藤さんがこそっとやってきた。どうしたんだろ?
「…その、お茶出しのことなんだけど…。」
後藤さんが言うには、営業課長から「新人さんにはお茶出しをさせないように」と注意されたらしい。どうやら、彼女たちが出すお茶は、薄すぎたり、渋すぎたりで、お客様に大変不評らしい。「うちの会社が恥をかく」と課長からお小言を頂戴してしまったと言うのだ。
「すみません。お茶の淹れ方は教えたんですけど…。」
そう。私は一応お茶の淹れ方を教えた。人数分の湯呑みにお湯を入れ、それを急須に戻し、それからまた注ぐ。そうすると、お湯は適温に冷めるし、湯呑みは温まるし、ちょうど良い量のお茶を入れられるし、一石三鳥なのだ。
「茶葉の量は“これぐらい”としか言わなかったんです。」
まさか「会社の恥」になるような濃さのお茶を淹れるなんて! いったいどんだけケチったの? どんだけ大盤振る舞いしたの?
「伊集院さんのせいじゃないわ。普通、大体分かるわよ。それに、お茶をお出しするのに、あの爪と香水もいただけないしね…。」
ふぅっとため息をついて後藤さんが呆れたように言った。もともと今回の派遣さんの評判は良くない。2人とも、必要最低限の仕事はこなせているので契約を打ち切るほどではないのだけれど、キーボードを叩くには長すぎて飾りが付きすぎてる爪(本人たちは平気らしいけど)、強めの香水。席を同じくする私たち営業事務の者にとってはけっこうツラいものがある。
断っておくけれど、派遣さん全部がこうではない。正社員以上の働きをしてくれている人も社内にたくさんいる。たまたま、当たりが悪かったとしか言いようがない。
「課長からの命令だから、申し訳ないけど、お茶は今まで通り伊集院さんにお願いしていい?」
「はい。分かりました。」
それ以降、再びお茶を出すのは私の仕事になった。派遣さんたちには理由を言えなかったけど「お茶は私が出すから、植原さんとお2人には片づけをお願いします。」とだけ伝えた。
次の年、もう1人派遣さんが入った。残念ながら、またハズレと言わざるを得ないだろう…。長い爪にこれでもかというほどの飾り、強い香水は同じだったから。3人の香水の香りが入り混じる営業事務の席は、窓を開けられない季節はかなりツラかった…。
3人の派遣さんはとても仲が良かった。お昼休みもいつもキャピキャピと社食や外へとランチへ出かける。そこで知り合ったほかの部の女子社員とも仲良くなったようだ。
その頃から、社内に私の噂が流れ始めた。その噂とは…
“伊集院華蓮は身の程知らずな男好き”
あの…、それ、どこの伊集院華蓮のことでしょう…?
また、白鳥が出てこなくて申し訳ございません!
あと1話。あと1話だけ、華蓮さんの噂話(白鳥なし)にお付き合いください。