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4:私のここが嫌みたい①



 売り言葉に買い言葉で、白鳥と付き合うことが決定してしまった次の日。私はどんよりした気分で朝の机拭きをしていた。

 ああ…。昨日、売った言葉も買った言葉も返品したい。


 そういや、今朝観たニュースの『今日のことわざ』コーナーで『言いたいことは明日言え』っていうのを取り上げてたな…。


「言いたいことをすぐに言わず、よく考えてから言えば、失言をまぬがれる。という意味ですね。」


 と、爽やかに言っていたアナウンサーのお姉さん。その諺は、昨日の私に教えてやって下さい…。


 後悔しても始まらない。とにかく、しばらくは白鳥ときちんと向き合わなくちゃ。それにしても、明日はデート…。気が重いなぁ。人生初のデートなのに浮かれるどころか気持ちが沈んでくってどうよ?


 仮病でも使ってみようかしら、なんてぶつぶつ呟きながら雑巾を絞りに行こうとしたとき、出勤してきたひとみちゃんが入ってきた。


「おは…」

「華蓮さ~ん。結局、婚約したんですって~? おめでとうございま~す。」



     は?



 婚約って…? 結婚の約束をすることよね…?? いつ? 誰が? 誰と?


 ……開いた口が塞がらない……。ついでに、点になってしまった目も戻らない。


 誰がそんなデマを!? …1人しかありえないよね。


「…ひとみちゃん。白鳥と会った?」


「はい! 入り口で会ったので『昨日はどうでしたか~?』って聞いたら、『ああ。結婚を前提として付き合うことになった。ま、婚約ってとこか。』って爽やかな笑顔で言ってましたよ~。」


 し---ら---と---り---!!!


「ひとみちゃん。その話は事実をかなり拡張してるわ。正確には“とりあえず付き合ってみる”ことになっただけ。」


「付き合うのは事実なんですか~!!」


 しまった!! 誤解を解くためとはいえ、自ら公表してしまった!! 『言いたいことは明日言え』って学んだばっかりだったのに-----!!


 本当は、ひとみちゃんにはまだ言いたくなかった。だって、昨日まで「名字がダメ」だの「良すぎる顔も却下」だの言ってたのよ? 一夜明けたら『彼氏(仮)』になりました~なんて、どのツラ下げて言えますか、いや、言えません。でも、もう言っちゃった。

 

「聞いて、ひとみちゃん。付き合うとは言っても、あくまで仮の…」

「応援します!」


 目を輝かせて、ひとみちゃんが私の手を雑巾ごとギュッと握る。


「私、心配してたんです~。華蓮さん、すごく男前で素敵な人なのに、私のせいで変な…」

「ストップ!」


 少し強い口調で、ひとみちゃんの言葉を遮る。ひとみちゃん、やっぱり気にしてるんだ…。


「“噂”のことなら、言いっこなしって言ったよね?」


「…」 


 女子社員の間で流れている私にまつわる変な噂。それと、男性社員が私を嫌う理由。そのどちらにも、ひとみちゃんが少~し関わっている。とは言え、ここまで色々と言われるのは、私自身に要因があるからだ。決してひとみちゃんのせいではない。でも、彼女は、自分に非があると信じ切ってしまっている。


「ひとみちゃん。私は、自分が思った通りに行動してる。それで周りに何か言われることがあっても、それはひとみちゃんのせいじゃない。」


「…華蓮さん。」


 前にも同じ台詞を言ったことがある。ひとみちゃんも覚えていたのだろう、それ以上言葉を続けることはしなかった。


「ほら、もう時間ないよ。給湯室お願いね。」


「…わっかりました~。」


 気持ちを切り替えたらしいひとみちゃんは、パタパタと給湯室へ向かって行った。その後ろ姿さえ可愛い。そう、ひとみちゃんは中身や喋り方だけじゃなく、外見が飛びぬけて可愛い。彼女が望みさえすれば、アイドルでも何にでもなれただろう。…彼女は望まないと思うけど。


 そして、その可愛さが、私の噂に“少~し関わっている”ところだ。







 5年前。新入社員として入社した私たちは、郊外にある研修センターに集められていた。そこで2週間、社員の基礎教育が行われる。「おはようございます」「ありがとうございます」「申し訳ありません」を復唱したり、「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)の大切さを学んだり。


 最初は当然自己紹介。男女別に50音順で名前を呼ばれるので、前に出て、壇上に上がり、1人1分間の自己PRをする。


 全国の支店から集められた新入社員の数は多い。聞いてるとだんだん飽きてくる。男性の『山崎』あたりまでくると、だいぶ中だるみした空気が漂っていた。


「男性社員は以上です。では、次に女性社員に移ります。」


 進行役の本社の人事部の男性が言った途端、男性一同の空気がシャキッとしたのが伝わった。分かってる。皆さん、名前が知りたくてたまらない子がいるんだよね。


「では、伊集院華蓮さん、前へ。」


 座っている順はバラバラなので、誰がどの名前かは、立ち上がってみないと分からない。でも、会場中の視線がその名前から連想される、とびきりかわいい子に向けられたのは言うまでもない。


「はい。」


 残念ながら立ち上がったのは私。ごめんなさいね。その子と反対側から聞こえた返事に「え?この子じゃないの?」という疑問の空気が伝わった。そして、振り返って私を見止めた時の「ええ!? お前かよ!?」とあからさまにがっかりした空気も。


 そんなことには慣れっこの私は、臆せず、胸を張ってカツカツと大股で歩いて前へ出た。声にこそ誰も出さないけど「デケ~な~」という、心の大合唱が周りから聞こえる。


 きっちり1分間のPRを終えて席へ戻ると、次の人の名前が呼ばれた。


「次、植原ひとみさん。前へ。」


「はい。」


 今度こそ、皆さんお待ちかねの彼女が立ち上がった。私と違って小柄で華奢な体。身長も155センチくらいだろうか? 何より目を惹くのが“ひとみ”の名の通り、存在感のある大きな瞳。その周りには雪が積もりそうなくらい長いまつげがびっしり生えてる。小さな顔、小さな唇。健康的なのに真っ白な肌。


 全てが私と正反対の彼女は熱すぎる男たちの視線の中、ゆっくりと歩いていく。そして、壇上に上がた。


「植原ひとみです~。短大卒なので、今20歳はたちです。」


 うっわ~。声まで可愛いよ。ふと、周りを見渡すと、男性社員の目がハートマークに変わっていた。…女子社員は…「ケッ。かわい子ぶって。」という感じ?


 私から見れば、彼女は理想のタイプ。こんな風に産まれたかったと思う。でも、私以外の、そこそこの外見をお持ちの女性にとってはそうではないらしい。




 全員が自己紹介を終えた後、15分の休憩となった。男性社員は我先にと植原さんの元へ駆け寄り、「俺、奥田。勤務先どこ?」とか聞いている。図々しい奴は「メアド交換してよ。」とか言っている。お前ら何しに来たんだ? ナンパならせめて帰りにやれよ。


 肝心の植原さんはというと…あらら。困っちゃってる。というか、明らかに迷惑そうな顔してる。せっかくの休憩時間。トイレくらい行きたいよね。


 すでに5分経過している。ただでさえ、女子のトイレは混んでるから、早めに行っておかないと。この後、研修の終了時間までもう休憩を挿まないかもしれない。私も行っておこう。


「植原さん。一緒にお茶でも買いに行かない?」


 植原さんをぐるりと取り囲む男性社員の背中を自慢のいかり肩で押しのけながら、ずいっと前に出た。さすがに、これだけの男性を前に「トイレ行こう」は言えなかった。


「はい。行きます~。」


 植原さんは、私の登場に目を輝かせて席を立った。「お茶なら俺も買いに行くよ」と、ナンパ集団が付いて来ようとする。ええい。鬱陶しい! 付いてくるなカモ集団!


「私、トイレも行きたいの。男の人は遠慮して下さい。」


 ピシャリと言い捨てて、植原さんと連れ立って廊下に出た。


「助かりました~。私もトイレ行きたかったんです~。」


 おお。読みが当たった。ナイス、私。連れ立って歩いていると植原さんが私に言った。


「さっきの自己紹介、かっこよかったです~。伊集院さん、姿勢もいいし~、声もよく通ってうらやましかったです~。」 


 わ、わ、私!? かっこいい? …たくましいと言われることはたまにあるけど、それは、男性から恐れられるように言われるパターンだった。しかも「うらやましい」だなんて。


「何言ってんの。植原さんみたく女の子らしい方が全然いいでしょ。」


 うらやましいのは私の方よ。なんなら変わってほしいくらいだわ。


「…全然よくないですよ。」


 植原さんが心底嫌そうに呟いたとき、ちょうどトイレに着いた。トイレのドアを開けようとしたところで、数人の女性の声が聞こえてきた。


「あの、植原って子。何なの、アレ~。」


「ああ、アレね。ムカつくよね~。あんなにかわい子ぶった喋り方してさ。いかにも『私、可愛いんです』って言いたげな。」 


「大体、語尾伸ばしすぎ。いつの時代のアイドルよって感じだよね~。」


 お前らの語尾も伸びてるだろ。嫌ね、女同士って。ある程度の人数が集まると、必ずこういうやからが出てくる。別に迷惑かけてないでしょ。ほっといてあげなよ。

 大体、人の文句なら、こんな公共の場で言わなきゃいいのに。それでいて、他の誰かが入ってくると慌てて逃げたりするんだから。よし、植原さんが泣いちゃう前にバーンと入って行ってビビらせてあげま…


 バ---ン!!


 私が行動に移るより早く、隣にいた植原さんがドアを開けた。意外な行動にビックリした私をよそに、堂々とトイレに入って行く。


「…行こ。」


「う、うん。そうだね。」


 案の定、逃げ出した女3人組を見送る。だから言わんこっちゃない。今度から、誰が来るか分からないところで噂話はしない方がいいよ。


 とりあえず、私たちは用を足して手を洗った。ハンカチを使いながら、無言のままの植原さんを心配して見やる。と、そこには怒りの形相の植原さんが立っていた。


 怖い! 愛らしいはずの顔立ちなのに、氷の女王のようになっている! …なんか寒気が。


「いつもいつも、ウンザリなんです~。」


 ん? 顔と口調は怒ってるようだけれど、相変わらず間延びした語尾。ほんとに怒ってるの?


「昔っからこうでした~。女の人たちからは嫌われて、寄ってくるのは見た目だけで好意を持つ男の人たち。誰も、私の中身なんて知ろうとしない。それが嫌で、できるだけ地味にしてるつもりなんですけど、ちっともうまくいかなくて~。喋り方も気を付けてるのに、ちゃんとしようとすればするほど語尾が伸びちゃうんです~。」


 そうか。この喋り方は癖なんだ。…気の毒だけど、確かに反感を倍増させるかも…。でも、地味って?服装はリクルートスーツだからいいとして、目の辺りとかけっこう強調してない?


 思わずガン見してしまったらしい。私の言わんとすることを察した植原さんがため息をつきながら教えてくれた。


「…この目とまつげは自前です~。」


 何---!! こんなにくっきりした二重、びっちりしたまつげが自前ですと---!?


 …あ、今ちょっと神様を恨んでしまった…。 だって、不公平だと思わない? どうして容姿は平等に与えられないのかしら? そしたら、変な嫉妬も無くなるのに。いや、平等だと、みんな同じ顔になるよね…。それはそれで気持ち悪いかも…。


「それで“全然よくない”んだ。」


 さっきの植原さんの言葉を思い出した。そうだね、可愛ければ得ってもんじゃないよね。彼女は彼女なりに自分の容姿に悩んでるんだ。


 そう思ったら親近感がわいてきた。よし、気に入った。私とあなたは仲間だよ!


「改めまして。伊集院華蓮です。これからよろしくね。」 


 にっこり笑って言うと、植原さんも笑った。花のような笑顔だ。


「はい。よろしくお願いします~。」




 その後、研修を終えた私たちは、偶然にも同じ営業部の事務として配属された。手を取り合って喜ぶ私たちは『凸凹コンビ』と名付けられたのだった…。






 









 

…白鳥の出番を作れませんでした。そして、白鳥の下の名前もまで出てきてませんよね…。ひとみちゃんでさえフルネームになったのに…。


思いのほか、長くなってしまった華蓮さんの“噂”の真相。

1話で収められなかったので、次話に続きます。『デートに突入!』と期待されていた方がいらしたら申し訳ございません!もうしばらくお付き合いをお願いします。

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