表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/21

3:戦いの火蓋



 夜7時。仕事を終えた私は、やたらと重い足を引きずりながら、なんとか昨日と同じ居酒屋さんにたどり着いた。ギリギリまで(ぶっちぎっちゃおっかな~)と企んでいたのだけれど…


「華蓮さ~ん。いいかげん行った方がいいですよ~。きっと、お待ちかねですよ~。」


 すっかり敵方に付いてしまったひとみちゃんが、10分おきくらいに耳元に囁きに来る。うるさくてちっとも仕事がはかどらない。この裏切り者。 


 観念して、居酒屋さんの暖簾をくぐると、馴染みの店員さんがにこやかに寄ってきた。


「いらっしゃいませ。お連れ様、お待ちかねですよ。」


 何も言ってないのに、よく分かったね…。“お連れ様”って認識されちゃってるんだ…。


 昨日の今日だもん。そりゃ分かるよね…。奇しくも、昨日と同じ席に通される。テーブルごとに区切られた空間を覗くと、すでに白鳥は1人で飲んでいた。

 お、今日は飲んでるんだ。…ジョッキが空になりかけてる。いつから来てたんだろ?


「ごめんね。けっこう待った?」


「1時間も待った。まあ、座れ。」


 白鳥に顎で示されて、向かいに腰かける。しかし、感じ悪いな。普通「俺も来たばっかり」とか言わない? 大体、1時間も前って…よくそんなに早く仕事終わったね。


 頭の中でぶつぶつ文句を呟いていると、店員さんが「ご注文は?」と伝票片手に待っていた。


「私もなまで。白鳥、おかわりは? もう空くんじゃない?」


「ああ、そうだな。俺ももらうわ。」


「生2つ下さい。」と店員さんにお願いする。ふと気が付くと、テーブルには昨日、私が食べずにいった料理と同じものが並んでいた。


「頼んどいてくれたんだ。ありがと。」


「昨日、食べずに逃げたからな。」


 うっ…! いきなりそこから突っ込みますか…。悪かったと思ってるわよ。だからちゃんと謝りに来たんじゃない。


「…昨日はごめん。いきなりでビックリしちゃってさ…。」


「ビックリしたからって、あの理由はないんじゃないか?」


 う~~~…。相変わらず怒ってるな~。だから何回も謝ってるじゃん! この人ってこんなキャラだった? 周りの人と当たり障りなく付き合える温和な人だと思ってたけど?


 謝りに来たはずだったのに、いい加減イライラしてきた。


「言い逃げしたのは悪かったけど、あれが私の本音だもん。」


 あら。拗ねたのが口調に表れてしまった。いい歳して“もん”はないよね。大体、私そんなキャラじゃないし。


「本音と言われても納得いかないもん。」


 ムッ!! 『“もん”返し』された。 何? 喧嘩吹っかけてんの? 本気でムカついてきた。


「昨日も言ったけど。私は、あんたと結婚はもちろん、付き合う気もありません。“白鳥華蓮”になりたくないんです。同じことを何度も言わせないでください。不愉快です。」


「“名字がダメ”とか、訳分かんない理由で断らないでください。俺の方がよっぽど不愉快です。」


 き−−−−−っ!! ああ言えばこう言う!! ムカつく-----!!


 ああ、いいとも。この喧嘩買った! 二度と私のことが好きなんて妄想を抱かないよう、きっちり話を付けてやる! よく聞いとけよ、この九官鳥!!


「あん…」

「お待ちどうさま〜。生2つで〜す。」


 腰を浮かせて「あんた」と怒鳴りかけてたところで、店員さんが頼んでいたジョッキを持ってきてくれた。タイミングを逃したら頭に上っていた全身の血が、少し下がって来た。


 そうだ。昨日も怒鳴って出て行ったんだった。ここで怒鳴りつけたら昨日の二の舞。落ち着いて、私。


 あくまで冷静に諭して、白鳥の目を覚ましてあげるのよ!


「とりあえず、乾杯するか。」


 白鳥が私の目の前にジョッキを差し出した。そうだね。何にか分からないけど、まずは乾杯しよう。


「乾杯」「俺たちの記念日に。」


 ぐほっっっっっ!!


 勝手に付け加えられた言葉に、思いっきりむせてしまった。げほっごほっと赤い顔で咳き込んでいると、向かい側から手が伸びてきて首や肩の辺りをさすってくる。


「大丈夫か?」


「だ、誰のせいよ! 大体、何の記念日なのよ!?」


「俺たちが付き合うことの。」


 咳を抑え込みながらなんとか疑問を発してみたら、奴はさも当然と言わんばかりの顔で答えた。 


 ねえ? 今までの会話のどこで、私が付き合いを承諾したの? そんなニュアンスさえ漂わせてないよね? 完全なる拒否しかしてないよね!?


「勝手に話を進めないで!」


「進めなきゃ、お互い昨日と同じ台詞の繰り返しだろ。」


 あまりの理不尽さに、やっぱり怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだ瞬間、見計らったように「まあ、落ち着いて聞け。」と逆に諭されてしまった。

 …わかりました。まずは、白鳥の言い分から聞いて差し上げましょう。そのあと、再度きっぱりと拒否して差し上げましょう。


 手ぐすね引いて待ち構えていると、白鳥は、真剣な目でまっすぐ私を見つめてポツリと言った。


「俺、本気なんだよ。」


 対決ムードから一転して漂い始めたシリアスムードに心臓がビックリしてドキドキしてる。


 やだ。こいつってば、顔も声も無駄にいいんだもん。本気で口説かれて喜んでいる自分もどこかにいる。こんな経験初めてだし。断るくせに、なんて自分勝手なんだろう。


「結構前から、お前にアプローチしてきたつもりだ。…見事にスルーされてきたけど。だから、はっきり気持ちを伝えることにしたんだ。」


 アプローチ? いつ? どこで? …思い返してみても、心当たりがまるっきりないよ?


「映画に誘ったりしてただろ。」


 頭の上にハテナマークがいっぱいの私に、ため息をつきながら白鳥がヒントをくれた。 


 ああ!! あった!! 何? あれって、余ったチケットを私にくれるって話じゃなかったの!? 「この映画好きか?」ってチケット持ってきたから「興味ないからいらない。」って言っちゃったよ…。


「2人で飲みに行きたいと思って誘えば、なぜか同期会になってるし。」


 …それも心当たりがある。白鳥が「飲みに行こうぜ」って言うから、てっきりいつものメンバーで飲みたいんだと思っていた。だから、同期で同じ部署の、いつも幹事をやってくれる佐々木に「白鳥が飲み会したいってさ」って伝えたぐらいにして。


「やっとの思いでプロポーズまでしたってのに、お前の返事は“名字がダメ”。これじゃあ、俺がかわいそうすぎると思わないか?」


 切なげに自嘲する白鳥に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ほんとだね。私、ひどすぎる。


「……すみません。」


 急なプロポーズに、“何を急に血迷ってるんだ?”って思ってたけど、これまでに白鳥はちゃんと好意を示してくれてたんだ…。自分にそんな感情が向けられるなんて考えたこともなかったから、まるっきり気づかなかった。よく話を聞くことさえせず拒否ばかりして、本当に失礼だったな…。


「分かってくれたか。じゃ、付き合うってことで。」


 ちょ、ちょっと待て!


「自分の態度がいかに失礼だったかは分かった。それは謝る。で、でも! いきなり付き合うことになるのはおかしいと思う。」


「付き合いもしないで、大した理由もなく断る方がおかしいだろ。」


 へ? そういうもんなの? 理由がなければ付き合うもんなの??


「ちゃんと、俺と付き合ってみろよ。それでもダメなら俺も諦める。でも、俺自身をよく知りもしないで断られても引けないんだよ。納得いかない。」


 …そう言われちゃうと、反論できない…。確かに、私が断ってる理由って、名字だったり、外見が良すぎることだったり、こいつの中身とは関係ないところばかりだ。 


「とにかく。少しでも申し訳なく思ってんなら、しばらく俺と付き合え。」


「でも…。」


 付き合ったところで、私が“白鳥華蓮”になることを受け入れられるとは思えない。


「“白鳥”がどうしても嫌なら、俺が“伊集院”になってもいいぞ。」


「それに何の意味が?」


「現状は維持できるだろ。」


 その現状を打破したいの! 維持してどうすんのよ! 埒が明かない話し合いになんだか疲れてきて、ため息をついてしまった。


 どう言えばいいんだろう? 何を嫌だと言えば引き下がってくれる? ただでさえ、男の人を振るなんてしたことないのに、相手は欠点らしきところが見当たらないこの男。掛けるべき言葉がまるっきり思い浮かばない。


 俯いて考えていると、白鳥が「華蓮」と私を呼んだ。下の名前を呼ばれたことより、その声音の優しさに驚いて顔を上げると、白鳥が熱い視線を私に向けていた。


「とにかく俺に任せてみろよ。俺に惚れて“白鳥華蓮にして下さい”って言わせてやるよ。」


 すごい自信。こいつは、今まで、ある程度自分の思った通りに全てのことを運んできたんだろうな…。


 なんだろう? 自分の中に闘志みたいなものが湧き上がってくるのを感じた。私も思い通りにしてみせるってこと? そんなに簡単に人の気持ちを変えられると思ってるの?

 私の名字に対するこだわりは、そんなに軽いもんじゃない。こいつはそれを覆してみせるつもりなんだよね? 面白いじゃない。自分の気持ちが変わるかどうか、私自身、興味が出てきた。


「分かったわ。とりあえず付き合ってみようじゃない。」


 気が付いたらそう答えていた。それを分かっていたかのように白鳥がニヤリと笑う。


 ん? もしかして読まれてた? すでに白鳥の思い通りになっちゃってない!? うわ~。マズったかも。…取り消ししちゃおうかな…。


「そうこなくちゃ。…逃げんなよ。」


 すでに逃げ腰になったことも読まれてしまった…。このまま逃げるのはやっぱり悔しい。よし。分かった。受けて立ってやる! 中身を知った上で断るのなら納得がいくんでしょ? じゃあ、知った上で「結婚は考えられません」って言いきってやる!


「とことん知り尽くすまで逃げたりしないわよ。」


「よし、決まり。じゃ、あらためて乾杯な。」


「…とりあえずよろしく。」


 グラスが合わさると同時にゴングの鳴り響く音が聞こえた。これからのこいつとの戦い(?)に気合を入れるべく、ビールを一気に飲み干した。



「まずは、週末空けとけよ。デートするぞ。」


「デ、デ、デート!?」


「当たり前だろ。彼氏と彼女なんだから。」


「…『彼氏(仮)』ってことでお願いします。」

 

 なんだかうまく丸め込まれた気もするけれど、とにかく私に人生初の彼氏(仮)ができた。








 


驚くほどたくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。


かなりビビッておりますが、ご期待に沿えるよう頑張ってまいりますので、これからもよろしくお願いします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ