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2:怒ってますよね

連載開始早々、お気に入り登録&評価をいただき、ありがとうございます。

おかげさまで、やる気が湧きます!これからも、ぜひよろしくお願いします。


 はぁ~~~………。 あれはまずかったよなぁ………。


 朝、身支度をしながら昨夜の出来事を思い出して憂鬱になる。予想もしなかった出来事に、すっかり取り乱して、つい本音を言い捨てて逃げてしまった…。


 だってね。夢なのよ。“ありふれた名字”。“華蓮”っていう名前は変えようがないし、第一、両親が考えて付けてくれた大切な名前。ハデかなって思うことはあっても、別に嫌いじゃない。嫌なのは“伊集院”との組み合わせだ。これのせいで、輪をかけて派手になってしまってる。


 だから、人生で唯一、名字を変えられるチャンスである“結婚”を機に、山田とか上田とか、あ、小川とかもいいな…。 とにかく、画数が少なくて(これ重要)、絶対数の多い名字に変わりたいの!!


 なのに…あいつの名字は悲しいかな“白鳥”。画数こそ少しは減るけど、“白鳥華蓮”なんて、どんだけの美女だ!? って感じでしょ。 CMとかマンガのキャラにいそうな。 伊集院以上にハードル上がっちゃうわよ!!


 でも……。あの言い方はなかったよね…。


 家に帰ってから冷静に考えてみたけど、白鳥は本気だった。いや、考えるまでもなく、あいつは冗談でそんなことを言う性質たちの悪い奴じゃない。

 本気で、私なんかに“結婚を前提とした付き合い”を申し込んでくれた奇特な人に対して、「名字が嫌だから」なんて理由で断るなんて、失礼極まりない。しかも。自分が頼んだ料理に手も付けず、お勘定も払わずに帰ってしまった。 …あの料理、どうしたんだろう? 出されたものを残すのってすごく嫌なのよね。 あ−−−−! せめて、食べてから言ってくれたら良かったのに−!!


 まあ、うだうだ考えても仕方がない。会社でうまいタイミングを見計らって、居酒屋さんの代金を渡すことにしよう。…交際についての返事は… とりあえず、もう1度ちゃんと謝っておこう。どちらにしても、返事はNOなんだけど。





 私が会社に行く時間は早い。朝のうちに、夜間に届いたFAXを宛先ごとに振り分けたり、営業部全員の机を拭いたり、給湯室のお湯を沸かしておいたりと、雑用があるからだ。

 もともと、この仕事は営業事務の一番若手がやる仕事。けれど、私と、同期で2歳年下(短大卒だから)の植原ひとみちゃんが入社して以来、営業事務に配属されるのは派遣社員さんに切り替わってしまった。こういった朝の雑用などは、契約業務に含まれないため、正社員の中で一番下の私とひとみちゃんが毎朝やることになっている。


「おはようございま~す。華蓮さん、今日も早いですね~。いつもすみません…。」


 机を半分以上拭き終わったところで、ひとみちゃんが出社してきた。断っておくけど、彼女が遅いわけじゃないの。社会人になって一人暮らしを始めた私は、会社から割と近いマンションを借りられた。だから、30分もあれば会社に着ける。一方、ひとみちゃんは実家住まい。電車を2回乗り継がなければならない彼女は通勤に1時間はかかる。つまり、家を出るのはひとみちゃんより遅くても私が先に着いてしまうだけ。


「私は近いからね。ひとみちゃんはこれぐらいでいいよ。十分間に合うし。それより、こっちはもうすぐ終わるから、給湯室の方をお願いしていい?」


「わっかりました~。」


 ひとみちゃんは、すぐ給湯室に向かった。まだ、他に誰も来ていない。静かになった部屋の中、テキパキと机を拭いていると、不意に「おい。」と声がした。 ……この声は!?


「お前、昨日のあれは何だよ。」


 恐る恐る顔を上げると、額に怒りの十字マークをピクピクさせた白鳥が立っていた。 …怒ってる! そりゃ当然か…。


「えーっっっと…。 …昨日はごめんなさい!!」


 冷や汗を流しつつ、いつでも渡せるように小さい封筒に入れてポケットに忍ばせておいた“居酒屋代”を白鳥の目の前にずいっと差し出す。 よかった。早くお返ししたかったんだ。


「誰がお年玉を寄こせと言った?」


「居酒屋さんの代金です。」


「そんなものはいい。結局、俺が全部食ったし。」


「え?そうなんだ。よかった〜。」


「ああ、うまかった……って、そんなことはいいんだよ!俺が言いたいのは、プロポー…」

「ごめんなさい!!!」


 もう1つの長所である“よく通る声”で奴の言葉をかき消した。そろそろ誰か出社してくる。他の人にこんな話を聞かれたくない。


「昨日言った通り。返事は変わらない。ごめんなさい。」


 深々と頭を下げて、心からの謝罪をする。私ごときがすみません。身の程知らずでごめんなさい。


「…そろそろ、誰か来るよ。自分の部署に……ひっ!!」


 改めて謝罪をして、この話を打ち切ろうとしていたら、雑巾を持った手首を掴まれた。白鳥は、俯いているから表情がわからない。…けど…なんか、黒いオーラが発生してるような……


「…ふざけんなよ。」


 低い声で言いながら上げた顔は…恐ろしかった!! なんか、目が暗く光ってますよ!? 口元だけ笑ってるのがさらに怖いです−−−!!!


「お前、俺の人生初の試みをなんだと思ってる! 名字が嫌だ? そんなの理由になるか!!」


「ちょ、ちょっと! 声がデカいってば!」


 本当に、もういつ人が来てもおかしくない。ただでさえ女子社員から評判が悪い私が、社内では“難攻不落”と称されている白鳥と痴話喧嘩もどきをしているところなんて見られたら、どんな報復が待っているやら…。


 私は女子社員からあまり好かれていない。私に関する噂のせいで…。男性社員からはもっと好かれてないと思われる。そんなことはあまり気にしていないけど、女子社員同士というのはなかなか陰険だ。陰口や根も葉もない噂は聞き流せばいいけれど、仕事上の大切な伝言などが伝えられないことがある。これは非常に困る。


「白鳥さん! 何やってるんですか!?」


 給湯室の準備が終わったであろうひとみちゃんが戻ってきた。慌てふためく私と、黒いオーラをまとった白鳥を見て只事ではないと感じたらしい。いつもなら語尾を伸ばして喋る癖がある彼女がきつい口調で詰め寄った。


「こいつに話があるだけだ。」


「手を離してください。」


 ひとみちゃんに言われて、白鳥は始めて私の手首を掴んでいたことに気づいたようだ。こんなにきびきびとしたひとみちゃん、見たことない。


「ああ、悪い。…つい、夢中で…。」


「…何の話か知りませんけど〜、そろそろ人が来ますよ〜。」


 いつもののんびりしたひとみちゃんに戻った。それと同時に白鳥も我に返ったようだ。


「わかった。話は後にする。伊集院、今日の夜、昨日の居酒屋で。」


「話なん…」


「必ず来いよ。」


 話なんてないんです……私の言葉は聞き届けられることなく、黒い声で耳元に念を押すと、白鳥は私から離れた。そのタイミングを待っていたかのように、エレベーターから降りてきた何人かが出社してきた。


「お、白鳥じゃん。どした? 営業に用事か?」

「おう、佐々木。資料置きにきただけ。もう戻るわ。」


 やはり同期の佐々木と挨拶を交わしつつ立ち去る白鳥の背中は爽やかだ。…さっきの黒い白鳥は気のせいだろうか…? だよね。名前からして白いんだから。黒くなるわけがない。 にしても、また昨日の居酒屋に来いって言ってたな…。 うわ-。 いやだ-。 また不毛な押し問答が繰り広げられるだけでしょ? 意味ないじゃん。


 ぶつぶつ呟いている私に、ひとみちゃんがすり寄ってきた。


「華蓮さ~ん。なんか、楽しいことになってますね~。お昼休み、きっちり教えて下さいね~。」


「楽しくなんかないわよ。」


「私は楽しいです~。」


 ……ひとみちゃんが小悪魔に見えた……。






「それってプロポーズじゃないですか〜!!」


「ひとみちゃん、声落として!」


 お昼休み。私たちは、それぞれ持参したお弁当を自分の席に広げて食べていた。私とひとみちゃんの席は向かい同士。不自然に身を乗り出してぼそぼそと昨日の出来事を報告すると、ひとみちゃんは思いっきり大きい声でリアクションした。…いつもは、もっと声小さいじゃない…。

 営業さんは外でお昼を取る人がほとんどだし、他の営業事務の女の人たちは社食派。周りにほとんど人はいないけど、コンビニで買った物を自席で食べてる人もちらほらいる。あまり、大きな声で話したくないのに…。

 ひとみちゃんも、それに気が付いてくれたらしく、今度は小さな声でヒソヒソと私に聞いた。


「いいじゃないですか〜。白鳥さん。どこがダメですか〜?」


「名字。」


「…即答ですね〜。」


 だって。そこが一番ダメなんだもん。こんなことにこだわるなんて馬鹿なのかもしれない。けど、私にとっては譲れないポイントだ。


「じゃ〜あ〜。他の名字ならアリなんですか〜?」


「う〜ん…。」


 そこを抜きにして考えてみる。あいつの名字が中川さんとかだったら? …いや。ダメ。


「顔が良すぎる。却下。」


「…白鳥さんの一番の長所じゃないですか〜?」


「私には必要ない。」


 そう。私は、自分を知っている。白鳥のような容姿は、見てる分にはいいけど、自分の隣に立たれるといたたまれない。どうせ誰かと付き合うのなら、引け目を感じたり、他の人から疎まれたり、そんな思いをしない相手の方がずっといい。


「華蓮さん、似合いますよ~。背も高いし~。」


「男同士みたいでしょ。」


 私の身長は171センチ。それぐらいの女性は他にもいるだろうけど、私は父親譲りのガタイの良さで、肩幅なんかもがっちりしてる。白鳥は180センチを超えてるだろうから、私よりは十分デカいけど、お似合いって感じじゃない。モデルさんみたいなほっそりした長身なら話は別だけど…。


「もう〜! 華蓮さん、自己評価が低すぎなんです〜!」


「そんなことないよ。正当だよ。」


 ふぅ〜っ、とひとみちゃんがため息をつく。そして、私をまっすぐ見つめて宣言した。


「私、白鳥さん応援します!」


「へ!?」


私じゃなくて? なぜに奴の味方?


「だって、華蓮さん、このままじゃ結婚どころか彼氏もできませんよ〜。白鳥さん、本気みたいだし、華蓮さんの良いところも分かってくれてるみたいだし〜。申し分ないですよ〜。」


…ムムッ!痛いところを突いてくる…。そりゃね、確かに今まで片思いはしたことがあっても、お付き合いした経験はゼロ。このまま年齢を重ねていいものか不安に思うこともある。でも。でも!


「私、もっと普通がいい…。」


「そんなこと言わずに〜。とりあえず、今日の夜、ちやんと行ってくださいね〜。」


「…はぁ〜い…。」

 ひとみちゃんにも念を押されてしまったし、第一、一応約束したし…。


 すっごく乗り気じゃなかったけれど、終業後、私は重い足取りで昨日の居酒屋さんに向かったのであった…。





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