17:手土産は食後に
今回もお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
いつもより、長くなってしまいました。読み辛くないといいのですが…。
私はプリンが食べたかったの。ただ、それだけだったのに……
日曜日。午後からやって来た白鳥は手土産を携えていた。
「ほらこれ。食べてみたかったんだろ?」
受け取った紙袋を開けてみてびっくり。 こ、これは! 某有名洋菓子店で1日限定100個しか売らない“幻の極上プリン”じゃないですか--!!
昨日、ランチで食べたパスタセットのデザートがプリンだった。これがまたおいしくて、ニッコニコで食べていたら白鳥が「プリン好きなのか?」って聞くから「大好き!」って答えた。その時「幻の極上プリンに憧れている」って話をしたっけ。
「でもこれ。開店前から行列ができてるって聞いたけど?」
「別にそんなに並んでないぞ。」
嘘だ。ここのプリンはおひとり様4つまでしか買えない。味は3種類でカスタード、イチゴ、チョコがある。でもカスタード60個に対し、他の味は20個ずつしか出さないため、行列の後ろの方の人はカスタードしか残っていなかったりするらしい。
白鳥が買ってきたのは4つ。カスタード2個とイチゴとチョコが1個ずつ。きっと、早くから並んでくれたんだろう。
「すっっっごく嬉しい! ありがとう。」
「後で一緒に食べような。」
そうね。まずは、やることを終わらせなくちゃ。
昨日に引き続き、部屋の模様替えを手伝ってもらう。と言っても、昨日、家具の移動はやっておいたので、今日は新しいカーテンの付け替えのみ。午前中に窓やカーテンレールも拭いておいたからすぐに終わりそう。
終わったらプ・リ・ン~ プリっプリ~ン
密かに鼻歌を歌いながら二手に分かれて取り替える。白鳥はリビング。私は寝室。さすがに、寝室に白鳥を入れる訳にはいかない。
「こっち終わったぞ~。手伝うか~?」
「こっちももう終わるから。座って待ってて~。」
ほんとにあっという間に付け替え完了。さ、コーヒー淹れて、おやつのプ・リ・ン・ちゃ~ん。
浮かれ気分でリビングに戻ってみると、白鳥が昨日組み立ててくれた本棚の前に突っ立ていた。
「どしたの? 本読むなら、その布、めくってかまわないよ。」
昨日、白鳥が帰った後、本棚には目隠しの布を付けておいたから、本は見えなくなっていた。だって、少年漫画がズラッと並んでるのって、ちょっと恥ずかしかったんだもん…。
「いや、これ…」
白鳥が見ていたのはガラスの瓶。その中には水色のアクリルストーン(ゲーセンで景品と一緒に入ってるキラキラした石みたいなやつね)と、海で白鳥が掘り出してくれた白い貝殻が入ってる。あんまり綺麗だったから、本棚の上に飾っておいたのだ。
「ああ、それ? この前拾ってくれた貝殻。綺麗でしょ。」
「やっぱり! 俺が拾ったやつだよな!?」
「うん。気に入ってるんだ。」
笑顔で言った途端、急に目の前が暗くなった。そして、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。
ぼすん
倒れた先にはソファーがあった。よかった、頭ぶつけなくて。…って、そうじゃない! 何? 今、何が起こってるの!?
「…華蓮」
耳元で囁かれて背筋がゾワッと粟立った。気が付くと、白鳥の顔が真横にある! しかも重いんですが!!
状況をやっと把握できた。押し倒したのだ。白鳥が、私を、ソファーの上に! どうやら、また白鳥の理性スイッチがオフモードに入ってしまったようだ。
「ちょ、ちょっと、白鳥! 重いってば!」
またしてもピンチだ。おそらく、今までで最大の。
幸い、今回は口が塞がれていない。あらん限りの力を振り絞って白鳥の耳元で訴えてみた。
「華蓮…華蓮…」
玉砕。うわごとのように私の名前を繰り返す白鳥の耳には私の訴えは届かないようだ。奴は、目を覚ますどころか、手を私の両肩において、唇を首筋に下ろしてきた。やめて~!
くすぐったいような、心地よいゾワゾワ感のような…頭のてっぺんがしびれてくる。いかん! このままでは、貞操の危機!? はっ! そしたらプリンは? プリンはいつ食べれるのよ!!
「重いって言ってんでしょ--!!」
プリンへの渇望が私にさらなる力を与えてくれた。火事場の馬鹿力とはまさにこのことだろう。私は、両手と片足を使って白鳥の体を思いっきり突き飛ばした。
ガツン!!
「いって---!!」
ソファーから転がり落ちた白鳥は、側頭部をテーブルの角にしたたかに打ち付けた。やばっ。やりすぎたかしら?
「…か、一樹、大丈…夫?」
「じゃない。」
どうやら、当たったのは額の端の方だったらしい。その部分を手で押さえながら起き上った。
こめかみじゃなくて良かった。大丈夫だね。ま、自業自得だし。
「…こぶができた…」
「げ!?」
白鳥の手をどけてみると、そこは見る見るうちに腫れ上がってきた。やだ、どうしよう!
「ご、ごめん。思いっきり押し退けちゃった。痛い? 頭だし、病院とか行く?」
人様にけがをさせしまった事実にうろたえて泣きそうになってしまった。どうしよう、近くに脳神経外科あったかしら? あ、でも、日曜だと当番医?
「大したことない。ちょっと冷やせばすぐ治るだろ。」
おお、そうか。冷やすのね。うちに冷えピタあったかな? 私、熱なんて出さない(頑丈さには自信アリ)から…。
「これでいいかな?」
とりあえず、冷たい水でしぼったタオルを差し出した。が、白鳥は受け取らない。
「横になっておでこにタオル乗せるから。抑えてて。」
「分かった!」
まだ動揺していた私は気軽に承諾した。
そして、今現在。白鳥の頭の上にはタオルが乗っている。…頭の下には、私の膝がある…。そう、なぜならひざまくらをさせられているからだ。
タオルを乗せようとしたら、白鳥は私の手を引いてソファーに座らせた。そして「よいしょ」とオヤジ臭い掛け声をかけながら、私のひざの上に頭を乗せたのだ。
「なんでひざまくらなのよ!」
当然、抗議の声を上げてみたが、奴は「あ~、痛い痛い。」と呟いて私の良心をチクチク苛んだ。
仕方なく、仕方なくこの状況を甘んじて受け入れることにしたが、納得がいかない。私が悪いの? 正当防衛だったよね?
「こんなことになったのも一樹の理性がプチプチ簡単に切れちゃうからでしょ! なんでここまでしてあげなくちゃいけないのよ……って、すりすりしないで!」
ちょっと油断すると、白鳥が私の足に頬ずりをしてくる。額の端の方にタオルを乗せるため、耳掃除のように横向きになっているからだ。
「俺の理性をブチブチぶっちぎるからだ。自業自得だろ。」
それは私のセリフです。 ああ…。幸せのプリンタイムはいずこに…。
「私のプリン…」
「夕飯の後に食べればいいだろ。」
そうですか。今日もここで晩ごはんを食べていく気マンマンなのね。そりゃ、2日間の感謝をこめて腕を振るう気ではいたけれど…。
結局、ひざまくらタイムは30分も続いた。おかげで腫れもほとんど引いた。
ちょっとシャクに障るけど、やっぱりご飯を食べて行ってもらうことにした。たくさん手伝ってもらって、大好きなプリンを並んで買ってきてくれたのに、そのまま帰すのは忍びない。
今日のご飯のテーマは“ザ・和食”。肉じゃが、きゅうりとわかめの酢の物、ほうれん草と人参とこんにゃくの白和え、かきたまのお味噌汁。
また、後ろから抱きつかれては困るので、今日は早起きして準備を済ませておいた。あとは温め直して出すだけ。
「「いっただっきま~す。」」
白鳥はとてもおいしそうに食べてくれる。昨日のカツ丼のたれも、今日の肉じゃがも、めんつゆに少し手を加えただけの味なのに。
「おかわり」
よく食べるなぁ…。肉じゃがって、おいもがけっこうお腹にくるのに。なんで太らないんだろ。
「一樹って、やせの大食いなの?」
「いや。普段はこんなに食べないし。食べたとしたらその分、体を動かすようにはしてるぞ。」
そうか。私と同じだ。
「華蓮のご飯、すごくうまくてさ。つい食べ過ぎちゃうんだよな。」
「そんなに大したもの作ってないよ。めんつゆとか使っちゃうし。」
「でも、甘さとかしょっぱさとか、すごく俺の好みなんだよ。俺の実家に近い感じで。」
お褒めに預かり光栄です。今日は、私にしては頑張って作った方だから、褒められて悪い気はしない。
「早く毎日食いたいなぁ。」
「ま、毎日!?」
そんなにレパートリーないですよ? って言うか、それは結婚の催促ですか!?
「せめて、外食でいいから平日にも一緒にご飯食べたいんだけど、俺、しばらく無理そうなんだよ…。」
あ、違うみたい。良かった。私、少し自意識過剰かしら。
「一樹、先週も忙しいって言ってたけど、納期が詰まった図面がたくさんあるの?」
「いや。通常業務だけなら特別忙しいって程でもないんだけど。今週から、俺のところに新人が来るだろ? その教育係をやらされるんだよ。」
白鳥の所属は設計部。通常、新入社員は4月1日に入社して、2週間の研修を受ける。3週目から所属の部署へ配属されるのだが、設計部は少し違う。
3週目から1週間、CAD(コンピュータを使う製図システム)の研修があるのだ。
それを終えて4週目から設計部に配属される。ちょうど今週からだ。
「一樹が教えるの?」
「ああ。新卒でもCADをある程度使いこなせる奴はけっこういるんだけど、うちの会社の仕様とかは知らないわけだろ? だから、配属されてから教えることがかなり多いんだ。そっちに手を取られるから持ってる仕事を前倒しで進めなきゃいけなくてな。」
「へぇ~。大変だね。」
「華蓮だって、派遣さんが入ってきたとき教育係やってただろ。」
「う~ん…、でも、もともとの持ってる仕事量が違うし、教える内容も少ないから。自分の仕事がそこまで詰まることはなかったよ。」
「ま、誰かが教えなきゃいけないから。しばらくの辛抱だな。」
「頑張ってね。」
珍しくお互いの職場の話をしながら食事を済ませた。部署が違うから、お互いに新発見なんかもあって楽しかった。同じ会社って、話が通じやすくていいかもしれない。
食事の後は…念願の…念願の…
「プリンで~す!」
「…全部かよ。」
当然です。
「俺、カスタード。」
「何言ってんの。せっかくだから全種類いきなさいよ!」
言いながら全部のプリンのふたを外す。カスタードは2つあるから1人1個。チョコとイチゴは半分ずつにしよう。まずは定番、カスタードから。
はむっ
…と、とろける!! 何これ、クリーム!? しかも、甘すぎずくどすぎない。まさに絶品!!
「次は…チョコにしようかな。」
これまた濃厚。生チョコを溶かしたような…あ、いけない。半分以上食べちゃうとこだった。
「はい、これ、一樹の分。」
カップを差し出すと、なぜか傷ついた顔をされた。何? チョコ嫌い?
「…そこは“あ~ん”だろ。」
「しないから!?」
即座に却下したら、さらに傷ついた顔をされてしまった…。いいえ、負けません。今日はひざまくらまでです!!
イチゴも言うまでもなくおいしかった。プチプチ感がたまらない。どれも甲乙つけがたいなぁ…。
「…イチゴもうまいか?」
「めちゃくちゃおいしいよ!」
「華蓮のスプーンで食べるとおいしいんだろうなぁ…。」
しつこいな。無視無視。
…が、恨みがましい目でじっと見られると食べづらい。しかも、頑として自分では食べないようだ。どれにも手を付けようとしない。せっかく持ってきてくれたのに…。
「…1回だけだよ。」
「3種類、それぞれ1回な。」
カスタードは自分の分があるでしょ。と思いつつ、結局3回やってあげてしまった。嬉しそうな顔をされるとついほだされてしまうのだけど、いいのだろうか? こんなに流されっぱなしで。
自分の中の白鳥の存在が少しずつ大きくなっているのは分かる。今日だって待ってる間、そわそわしてしまったのだ。もう来るかな? ご飯、喜んでくれるかな? なんて考えながら。
自分を想ってくれる白鳥の存在が嬉しいだけなんだろうか? それとも、私も惹かれていってるんだろうか?
…まあいいや。ゆっくり考えよう。
呑気にしていられなくなる事態がすぐそこまで迫っていることを、この日の私はまだ知らなかった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次回から新展開です。




