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16/21

16:ほどほどに願います


 《接吻:唇と唇を重ね合わせて愛情や尊敬を表すこと。キス、ちゅうなどとも呼ばれる。》



 それ、今まさに私の身の上(正確には唇の上)に起こっています。おそらく、表されているのは…愛情…の方なんだろうなぁ。


 白鳥にキスをされたのは理解できた。一瞬固まった後、とりあえず奴を押し戻そうとした。が、ビクともしやしない。

 顔の角度を変えながら、白鳥は何度も何度もキスを繰り返す。最初はついばむような感じだったのが、次第にむように、長く深くなってきた。



 キスってこんなに苦しいものだとは知りませんでした。



 私のファーストキスの感想はこれに尽きる。なんせ息継ぎができない。皆さん、どうしているものなの? 鼻を使うの? でもフガってならない? 


「…っちょ、…待っ…んんっ」


 白鳥が唇を離した一瞬の隙に精いっぱいの抗議を声に出そうとしたが、抵抗むなしく、言葉も唇も白鳥の口の中に吸い込まれていく。

 

 だんだん頭がぼ~っとしてきた。決してうっとりしているわけではない。本気で酸素不足が深刻な状況だ。このままではいけない。病院にでも担ぎ込まれて「キスの息継ぎができませんでした」なんて説明できない!


「待て---っ!!!」


 最後の力を振り絞って、思いっきり両腕を突っ張った。ゼェ、ハァ、脱出成功。ようやく白鳥と私の間に1メートルほどの隙間が生じた。


「く…、苦しいじゃない!!」


 叫びながらとりあえず酸素を取り込む。気が付くと、白鳥も肩で息をしていた。自分まで苦しくなるほどするな!


「…わ、悪い。止まらなかった。」


 恐ろしいことだ。私が頑張らなければ、2人とも倒れていたかもしれない。



 お互いの呼吸が整ったところで、気持ちも随分落ち着いてきた。冷静になってみると…恥ずかしい!! 手加減しなさいよ!! 私、初心者なのよ? それなのにいきなりこんなに濃いキスしなくても…


 あ~! 思い出したら猛烈に恥ずかしくなってきた!! 再び顔を赤らめながら白鳥を恨めしい目で見上げると、目と目が合った。


「…そんな顔で見つめるな。また、理性が振りきれるだろうが。」


「勘弁してください。」


 慌ててソファーから立ち上がる。ここは危険地帯だ。足を踏み入れるのは止めよう。


「一樹さ、この前の約束覚えてる?」


 テーブルを挟んだ向かい側まで移動したところで尋ねてみる。つい責めるような口調になってしまう。だって。先週、私の首やらほっぺやらにキスを落とした白鳥に「もっとゆっくり」とお願いしたところ、コイツは「これ以上のことはしない」と約束したのだ。

 それがどうしたことでしょう。あっさり反故。こんな奴だとは思わなかった。信頼できないじゃない。


「この前以上は進めてないだろ。」


 どうやら約束は覚えていたらしい。が、その戯言たわごとは何? 


「この前より今回の方が大幅に進んだと思うんだけど!?」


「どこにしようとキスはキスだ。差別するな。」


「そこは大事でしょ。区別しようよ。」


「できないな。」


 いや、そんなに偉そうに言われても…。


「華蓮がどうしても嫌だ、気持ち悪いって言うなら我慢するけど。」


「え…」


 気持ち悪い? いや、そこまでではなかったな…息苦しさは切羽詰ったけど。


 間近で見た白鳥の顔は綺麗だった。いつもよりなんかお色気ムンムンで圧倒されちゃうほどだった。それに、熱をもった唇の感触も悪くは……って!!


「そんなことないもん!!」


 頭の中で繰り返される先ほどのシーンを打ち消そうとして頭をブンブン振ってみる。すると、その頭の上に白鳥の手が置かれた。


「そうか。嫌じゃないか。」


 ん? 何かズレたぞ。 


 私が発した言葉と首を振るしぐさを都合よく解釈したらしい白鳥に訂正を入れようとしたけれど…あんまり奴がホッとした顔をしているから…


「でも、手加減してよ…。」


 これぐらいしか言えなかった。


「分かった分かった。」


 笑顔で白鳥が返事をした。この前も思ったけど、2回言われると不安になるよ…。




「さ。少し早いけど、晩ごはん食べに出ないか?」


 白鳥に言われて時計を見る。晩ごはんって…まだ6時にもなってないよ?


「昼、パスタだったし、動いたから腹減ってきたんだよな。この辺にうまい店あるか?」


 そうか。私と同じ量しか食べてないんだもんね。男の人ならお腹もすくよね。


「お店なら色々あるけど…」


 白鳥は今日1日ずいぶん手伝ってくれた。車は出してくれたし、お昼ご飯はおごってくれたし(払うって言ったのに…)、棚は組み立ててくれたし。 

 そこまでしてくれた人に何のお礼もしないのは申し訳ないよね。


「良かったら、何か作ろうか?」


 料理は得意って程じゃないけど、普通には作れる。ほんとは、私のおごりでご飯を食べに行くべきなのかもしれないけど、白鳥がそれはさせてくれなさそうだ。


「ほんとか!?」


 白鳥の目が輝いた。そんなに期待されると困るけど…


「今日はすごく助かったから、それぐらいさせてよ。何か食べたいものある?」


「カツ丼!」


 お。庶民的なリクエスト。良かった。それなら作れる。


「そんなんでいいの?」


「俺の好物だから。」




 冷蔵庫をチェックしてみると、材料はあるみたいだから、買い出しは必要なさそうだ。


 私は、食材は宅配サービスを利用している。この辺りのスーパーは駅が近いせいか割と高いのだ。それに、会社の帰りにスーパーなんか寄るものではない。空腹時に行くとつい手が出てしまうのだ。値段が下がったお惣菜とか、プリンコーナーとか。


 だから、配送料をとられても、週に1回まとめて必要なものを購入した方が結果として割安になる。ある食材でどうにかしようとするから。


 とんかつ用のお肉もフリーザーにあった。お弁当に入れる一口カツを作るために買っておいたのだ。その他に、サラダを作る野菜や、お味噌汁の具にできる物もそろってる。


「付け合せ、適当に作るけど。嫌いなものある?」


「グリンピース。」


 即答ですか。よほど苦手なんだね。


「よくカツ丼の上に乗っかってるだろ。あれだけはいただけない。」


「あ~、そう言えば乗ってるかも…」 


 話しながら、フリーザーからお肉を出して解凍する。その間に玉ねぎを刻む。く~、染みる! 玉ねぎって目に染みる物なんだけどさ。私はどうやら目が弱いらしい。お酒を飲んだり、日差しにやられたりした時も他の人よりやたらと充血する。コンタクトもしていないのに目薬が手放せない。


 やばっ。鼻が垂れそ…ティッシュ、ティッシュっと。


 包丁を置いて振り返ると……


「いたっ!」


 あるはずのない壁があった。思いっきり顔をぶつけてしまった。


「ぐえっ!」


 しかも! あろうことか、壁につかまってしまった!! これは一体どうしたことか!?


「料理してる後ろ姿っていいよなぁ…」


 頭の上から夢見るような声が降ってきた。どうやら、この壁は白鳥らしい。もしかして、また理性がふり切れちゃってない!?


「ちょっと! 何してんのよ!!」


 ぎゅうぎゅうと両腕で締め付けられる。また酸欠にされたらたまらない。慌てて腕の中から逃れる。白鳥がなんとなく呆けているおかげか、今回はあっさり振りほどくことができた。 

 

「…あれ? 俺、いつ、こっちに来た?」


「こっちが聞きたいわよ!」


 ソファーにいたはずなのにいつの間に背後に回ったのやら。今日の白鳥は危険だ。あまり目を離さないようにしなければ。


「お腹空いてんでしょ? おとなしく向こうで待っててよ!」


「いや、手伝う。」


「いいわよ。1人でできるし。」


「一緒にやりたいんだ。」


 なんとなく押し切られて並んでキッチンに立つことになってしまった。白鳥にはとんかつの衣をつけてもらう。意外と手際がいい。


「一樹、普段からお料理するの?」


「いや、帰りも遅いからめったにしない。学生の頃は自炊してたけど、レパートリーは少ないぞ。」


「じゃあ、いつも何食べてるの?」


「朝はパン。昼は社食。夜は外食か、米だけ炊いて惣菜買ってくるかってとこだな。」


 …野菜が足りなさそうだ。白鳥の分のサラダはたっぶりにしておこう。




「うまい!!」


「そう? ありがと。」


 出来上がったカツ丼を向かい合って一緒に食べた。特別なことなんて何もしてない無難な味。でも、なんでだろう? 我ながらおいしく感じる。


「味噌汁、おかわりしていいか?」


「たくさんあるからどうぞ。」


 白鳥のお椀を受け取って席を立った。多めに作っておいてよかった。野菜を食べて欲しくて大根、人参、ゴボウ、絹さや、じゃがいもを入れたら多くなってしまったのだ。


 結局、白鳥はお味噌汁をさらにもう1度おかわりして、サラダもカツ丼もきれいに平らげてくれた。ああ、そうか。いつもよりおいしく感じたのは、モリモリ食べてくれる人が一緒だからだ。

 ここに住んで約5年。泊りに来た友達とおつまみを作って飲んだりしたけど、普通のご飯を誰かと食べるのは初めてだった。


「うまかった~。ごちそうさま。」


「おそまつさまでした。」


 こんなあいさつもくすぐったい。新婚さんみたい。食器を片づけていると、白鳥も自分が使った食器を下げてきてくれた。


「ありがと。そこ置いといて。」


 洗う皿数は多くない。これならすぐに終わりそうだ。スポンジに洗剤をつけて泡立てていると、横から白鳥の手が伸びてきて取り上げられてしまった。


「食器は俺が洗うよ。作ってもらったし。」


「何言ってんの。すぐ終わるからいいよ。今日、いっぱい働いてもらったし。」


「じゃあ、俺が洗うから、華蓮は拭いて片づけてくれよ。」


 そんなことを話してる間に、白鳥はさっさと食器を洗っていく。仕方がない。これも一緒にやるか。




「今日は帰るな。明日の昼過ぎに、残りの手伝いしにまた来るから。」


 片づけが終わると、白鳥は帰り支度を始めた。なんとなく寂しく思えるのは気のせいだろうか? 


「…うん。待ってるね。」


 明日もこんな1日を過ごすのも悪くないかもしれない。…酸欠は勘弁だけど。












  


 

 

頑張っている白鳥に少し良い思いをさせてあげたかったのですが、甘い感じになれていたでしょうか? 今はこれぐらいで白鳥が満足してくれると良いのですが…。

 

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