14:前向きにいこう
更新が遅くなってしまいました。申し訳ございません。
痛いです。
伊集院華蓮、27歳。2日遅れの筋肉痛真っ盛りです。
バトミントンって侮れないわね。二の腕、首の後ろ、背中、太もも、ふくらはぎ。どこをとってもパッキパキ。3年前くらいまではちゃんと翌日には筋肉痛になってくれてたのに…。
昨日の日曜は意外と大したことなかったから油断してた。まさかの時間差攻撃。
少しでもほぐすために、ストレッチしてから出勤したけど、歩くたびに太ももプルプル、書類を受け取るために差し出した手がわなわな震えてしまう。
お昼休み。いつものようにお弁当用のお茶を淹れるために席を立った。へっぴり腰でカクカク歩いていると、ひとみちゃんが見かねたように私のカップを取り上げた。
「お茶なら私が~。華蓮さん、どうしたんですか~? 今日、ロボットみたいですよ~。」
いっそ機械ならよかったのに。痛みを感じないから。
「悪いけど頼んでいい? ちょっと、一昨日張り切りすぎちゃって…」
「…一昨日って、あの人と出かけたんですよね~? 何を張り切ったんですか~?」
ひとみちゃんの目がキラリンと光った気がする。何をって…バトミントンなんだけどさ、これって堂々と言っていいもの? けっこういいお年頃の男女がデートで真剣勝負しましたってビミョーじゃない? まして、ムキになって…
「3回戦まで頑張ったなんて…」
最後の部分がボソッと声に出てしまった。小さな声だったにもかかわらず、ひとみちゃんの耳にはしっかり届いたようだ。
「あ~の~ケダモノ~!」
は? 何か怒ってる?
「大丈夫ですか? 無理やりだったんじゃないですか? なんならあの鬼畜を訴えますか? 知り合いに法律事務所に勤めて…」
私の両腕を掴んで、めったに聞けない早口で訳の分からないことをひとみちゃんが喋りだした。 何? 訴えるって何のこと? 鬼畜って誰??
「ひとみちゃん、ストップストップ! 何の話?」
「決まってるじゃないですか~! 華蓮さんの貞操が無理やり…」
「違います!!」
何を言い出すのかと思いきや! 真昼間から突飛な発想を。
つまり、アレだよね…。ひとみちゃんは、白鳥が私を手籠めにしたと思ってるんだよね? しかも3回も!?
「体中が痛いのはバトミントンをしたせいなの! 負けるのが悔しくて、3回も勝負挑んじゃってさ。」
そんな勘違いをされるくらいなら、きちんと説明しておかねば。
「なんだ~。そんな健全な話ですか~。私はまたてっきり、あのストーカーが暴走したのかと…」
「ストーカー?」
誰それ? 鬼畜とかストーカーとか物騒な…?
「華蓮さんは気づいてなかったみたいですけど~」
お弁当を食べながら詳しく聞いてみると、白鳥は飲み会のたび、いつも熱い視線を向けていたと言うからびっくりだ。しかも5年くらい前から。それって、ほとんど最初の頃からだよね?
「気付いてたなら教えてよ。」
「だって、話しかけてくるわけでもないし~、気味が悪いから知らない振りしてたんです~。」
気味が悪いって…。さすがに白鳥が気の毒に思えてきた。ん? そんな風に思ってたなら…
「じゃあ、どうして奴の『応援します~』なんて言ったの?」
そう。ひとみちゃんは、私が白鳥にプロポーズされた話をしたとき「いいじゃないですか白鳥さん」と言ったのだ。普通、ストーカーをお勧めしたりしないもんじゃ?
「最初は不気味だと思ってたんですけど~。華蓮さんに失礼なこと言った人たちに怒ったって聞いて~。ちょっと見直したんですよね~。」
「怒った?」
2年前の飲み会の席。私が初めて“伊集院華蓮は男好き”の噂を耳に入れられた日。
あの時、氷の女王と化したひとみちゃんを外に連れ出している間、白鳥は私に色々言ってきた人たちに文句を言ったらしいのだ。「詳しいことも知らないで人を馬鹿にするな」と。
「それを聞いて、ちゃんと華蓮さんのこと分かってるんだな~と思ったんです~。」
「そっか…」
意外だった。白鳥は会社の人たちとは程よく距離を置いて、うまく付き合ってると思ってたから。そっか。怒ってくれてたんだ。
黒いオーラ、出てたんだろうなぁ。
その時のことを想像すると口元が緩んでしまう。あの時の総務の彼女たちは白鳥ファンだったはずだ。ご愁傷様。
「ひとみちゃん、どうしてそんなこと知ってるの?」
あの時、私と一緒だったんだから現場にいなかったよね?
「…佐々木さんが…」
これまたビックリ! 佐々木はずいぶん前から「協力してやってくれ」とひとみちゃんにせっついていたらしい。
「白鳥は本気なんだって、色々聞かされてたんです~。」
でも、イマイチ押しの弱い白鳥が気に入らなくて知らん顔をしていたという。…ひとみちゃん、けっこう神経太いよね。
とうとうプロポーズをしたと聞いて、そこまでなら、と応援する気になったようだ。
「あそこまで一途な人なら、華蓮さんを大切にしてくれるかと…」
正直、「白鳥さんを応援します」ってひとみちゃんが言ったときは「無責任な!」と思わないでもなかった。けど、あれは何年も私を見ていた白鳥を知った上でのことだったんだ。
白鳥のことも。「気付いたのは1年位前だけど、もっと前から好きだった」と最初に言われたけど、そんなに前からだとは思わなかった。本気なんだ~って、ちょっと他人事みたく思ってた。
ちゃんと知ってたら「名字が嫌」なんて失礼なこと言わなかったのに…。今さらながら猛反省。
私だけが何も気付かずにいたんだ。周りが見えてないんだな。恥ずかしい…。
「華蓮さん、デートしてみてどうですか~? やっぱりダメですか~?」
「…そんなことない。楽しかった。」
小さな声で返事をすると、ひとみちゃんはニッコリ微笑んだ。
「それなら、しばらくこのままお付き合いしてみたらいいと思いますよ~。前向きに~。」
そうだね。私が付き合ってみようと思ったのって「中身で嫌なところを見つけてはっきり断ろう」っていう、後ろ向きな理由だった。もっと、前向きに進めてもいいかもね。
その日の夜9時ごろ、白鳥から電話が来た。
「もしもし」
「一樹だけど。今、家か?」
初めて受話器を通して聞く白鳥の声は普段より低くて耳に心地よい。昼間、ひとみちゃんに色々聞いたこともあって、なんだかドキドキしてしまう。
白鳥の後ろから車の行き交う音が聞こえる。外からみたい。まだ帰ってないのかな?
「うん。家だよ。白…一樹は? まだ会社?」
「ああ。今終わって駅に向かってる。今週は予定が詰まってて、残業が続きそうなんだ。週末はしっかり休めるように頑張るから、土日空けとけよ。」
「両方?」
「なんだよ、約束でもあるのか?」
「約束じゃないけど…」
やりたいことがあるのだ。今週末は、部屋の大掃除と模様替えをしたかった。本当は年末年始の休み中にやりたかったのに胃腸風邪にかかってしまってそれどころじゃなかった。
年が明けてから3月いっぱいまで、仕事が忙しくて手を付ける気になれなかったからそのままになっていたので、そろそろ本格的にやってしまいたいのだけど…
「そんなの、一緒にやればいいだろ。」
「一緒に?」
事情を説明した私に、あっさり白鳥が提案した。
「必要な物があるなら、買い出しに車出すし。家具を動かすなら男手があった方がいいだろ。」
「それは悪いよ!」
それじゃあ、せっかくの休みが私の手伝いだけで終わってしまう。
「悪くない。一緒にいられない休日の方がつまらないだろ。」
そ、そんなもんなんですか?
「こういう時は『ありがとう、よろしくね』でいいんだよ。彼女なんだから。」
どうしようか一瞬迷ったけど、ひとみちゃんに言われたことを思い出した。そうそう、前向きに行かなきゃ前向きに。
「…ありがとう。よろしくね。」
せっかく手伝うって言ってくれてるんだから甘えちゃお。
「よし! 決まりな! 土曜日に買い出し、日曜に模様替えだな。あ、駅に着いたから切るわ。じゃあな。」
「あ、うん。お疲れ様。」
なんだろ? ずいぶん慌てて切られたような…?
次の日のお昼休み。さっそくひとみちゃんに“前向きに”対処したことを報告した。
「という訳で、週末は手伝ってもらうんだ。」
どう? いつもなら断る申し出をすんなり受けるなんて甘えちゃってるでしょ? 前進してるでしょ?
ほめてほめて、と尻尾を振りながらひとみちゃんの反応を待つ。が、予想に反してひとみちゃんは渋~い顔…?
「華蓮さ~ん。無防備過ぎやしませんか~?」
私を責めるような眼差し…。何? どして?
「いいですか~? 部屋の模様替えを手伝うってことは、あの人を部屋に招き入れるってことですよ~? そこのところ理解してますか~?」
「げっ!?」
オ-! ノ---!! まるっきり思い至ってなかった!!
そう言えば、前からアイツ「家に寄らせろ」的な発言をしてたよね! はめられた! どうりで、そそくさと電話切られたと思ったら。私が事実を認識する隙を与えないためだったのね! くそ~。キャンセルしなきゃ~!
青い顔で、携帯を取り出してメールを入れる。この時間ヤツは社食だ。
《週末の件ですが、模様替えはやっぱり1人でできます。買い物だけ付き合ってもらえる?》
よし。これでいい。模様替えはキャンセルしつつも、買い物だけは甘える。いい感じに中間を取れてるでしょ。
ふ~、焦った。いくら前向きに進むとは言っても、よく前方確認しなくちゃ。危なかった~。底なし沼にハマるところだった…。
一息ついた途端、マナーモードにしている携帯が震えだした。返信だよね? えらく早くない?
恐る恐るメールをチェックしてみる。やっぱり白鳥からだ。
《変更、キャンセルは一切認めません。反故した場合“ペナルティー2”を発動します》
“ペナルティー2”って何よ---!? しかも、『発動します』の後ろに怒りマーク付いてるし。
…この前の“名前呼び”がペナルティー1ってことだよね? 2になるってことは当然要求もレベルアップするってこと? 勘弁してよ~!
「ひとみちゃ~ん、どうしたらいい~?」
半泣きになりながら白鳥の返信の内容を話すと、ひとみちゃんはやれやれと言わんばかりのため息を吐いた。
「何を要求されるか分からないペナルティーより、おとなしく手伝ってもらった方がマシですかね~? 何かしようとして来たら断固として拒否してくださいね~。『別れる』って脅すのも手ですよ~?」
そっか、そうだよね。一応、この前「これ以上のことはしない」って約束したし。何より、私が毅然とした対応をすればいいんだよね。
考え直した私は再び白鳥にメールをした。
《約束した通りでいいです。》
最後に泣いてるうさぎの絵文字を入れた。その様子を見ながらひとみちゃんが「もしもの時は訴えましょうね~。」と呟いた。
…もしもの後じゃ遅いんですが…。
前回の白鳥のタオルネタ、一気にお気に入り登録が減ることも覚悟していたのですがセーフだったようでホッとしました。
逆に、コメントや評価をいただけて嬉しく思っております。ありがとうございます。
次回は週末デート『買い物編』です。




