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13:そこが君のいいところ④(白鳥視点)



 今、何て言った…?



 伊集院の捨て台詞の意味がすぐには理解できなくて、しばらくポカンとしてしまった。


「…白鳥の名字がダメだって言ったか…?」


 そうだ。“俺が”とは言わなかった。名字がダメだと言ったんだ。


「“白鳥華蓮”…か。」


 言いたいことがなんとなく分かってきた。


 “伊集院華蓮”“白鳥華蓮”。どっちも濃いよな。さんざん「名前負け」とか言われてきたあいつは名字が変わるならもっとさっぱりしたテイストになりたかったんじゃなかろうか。  


 でも。だからって、あんな断り方アリか!? 


 俺自身を受け入れられないのなら悔しいけど諦めようと思ってた。でも、名字って。俺にどうしろって言うんだ? 改善しようがないだろ!! 怒りが沸々と湧き上がってくるのを感じた。



 そこへ、料理が数皿運ばれてきた。店員が気の毒そうに俺から目をそらす。


 …聞こえてたんだな。


 そうだよな。個室風になってるとは言え、しょせん仕切りで区切られてるだけ。ましてあいつの声はよく通る。全てとは言わないまでも、俺が理不尽に振られたニュアンスが伝わる程度には話が聞こえていたはずだ。


「…明日、もう1回来るから。この席、予約しといて。」


 知らず知らずの内に、怒りのオーラが出ていたようだ。店員は「ひっ」と小さく叫んだあと「かしこまりました」と返事をしてそそくさと立ち去った。


 一人残された俺は、とりあえず出された料理を平らげることにした。緊張で何も頼んでいなかったが、怒りで腹が減ってきた。


 伊集院が注文した料理はどれもおいしく、俺の好みにも合っていた。バカだなあいつ。こんなうまいもの食わずに逃げて。…そう、逃げたんだ。


 思い返せば返すほど、さらに怒りが湧いてきた。


「…ぜってー逃がさねえ。」


 俺がどれだけお前のことを想ってると思う? 何年見てきたと思う? そりゃ、気づいてからは1年ぐらいだけど、そのずっとずっと前からお前を見ていた。


 そう、今なら分かる。俺はきっと、初めからあいつに堕ちていた。あいつが自己PRの場で「はい」と返事をしたあの時から。あの声は、俺の眠りだけじゃなくて、恋心まで呼び覚ましたに違いない。


 まずは、あいつにも俺を見てもらわなきゃな。明日、再勝負だ。待ってろよ、華蓮。






 次の日、少々強引にあいつを再び呼び出した。


 会社を出て早足で待ち合わせの居酒屋へ向かう。今日は逃がさない。俺と付き合うって言うまで引く気はない。


 やる気満々。今日は景気づけにビールを飲みながら華蓮を待った。




 …遅い。こんな人生の一大事にまさか残業してるとか? 俺なんて定時上がりだぞ? やる気あんのかあいつは(ないです)。


 1時間くらいしてやっと華蓮が現れた。よし! 強気で押すぞ!



 が、押す一辺倒で引かない俺と頷かない華蓮。今日も話は平行線。


 らちのあかないやり取りに華蓮はイライラしてきたようだ。どうする? このままじゃ、また逃げられるぞ。


 頭の中で必死に“華蓮攻略法”を探る。図面描くより難しいな。…お、そうだ!


 俺の5年に渡る“華蓮観察”の結果、華蓮は負けず嫌いだと気付いていた。そこがまた手応えがあって面白いんだが。そうだ。そこを突いてやろう。 


「とにかく俺に任せてみろよ。俺に惚れて“白鳥華蓮にして下さい”って言わせてやるよ。」


 わざと自信満々に言ってやった。本当は自信なんてこれっぽっちもないのに。


 どうやら、俺の作戦は大当たりだったようだ。華蓮の目に闘志の炎が灯ったのが見える。こいつ、分かりやすい奴だよな。裏表がないんだろうな。可愛い奴だ。


「分かったわ。とりあえず付き合ってみようじゃない。」


 期待通りの模範解答に口元がニヤリと緩んだ。


「そうこなくちゃ。…逃げんなよ。」


 自分の失言に気づいたらしい華蓮に畳み掛けるように言ってやった。これで何とかスタート地点に立てた。長かった…。






 次の日。浮かれ気分で早起きした俺は、いつもよりだいぶ早く出社した。すると、会社のエントランスで植原と鉢合わせした。


「白鳥さん、おはようございます~。昨日はどうでしたか~?」


 よくぞ聞いてくれた。誰かにこの喜びを聞かせたくてたまらなかったんだ。植原は、華蓮にとって大切な存在のようだから、話しても差し支えないだろう。幸い、時間が早いのでエレベーターには俺と植原しか乗っていなかった。


「華蓮と付き合うことになった。結婚を前提としてだから、婚約って言った方がいいかもな。」


 にやける口元を手で隠しながら努めて冷静に答えた。若干、事実を誇張してしまった気もするが。ま、事実にしてしまえば問題ないだろう。


「…ストーカーっぽくじっと見つめ続けて5年ですもんね~。ようやく報われたんですね~。おめでとうございます~。」


「知ってたのか!?」


 このトロそうな女が俺の長年の想いに気づいてたことに驚いた。しかし、佐々木といい、人をストーカー呼ばわりするなよ。


「露骨でしたも~ん。だから、本気だって知ってます。応援しますよ~。」


「肝心の華蓮(と俺)は全然気付いてなかったぞ?」


「華蓮さん、うぶな人ですからね~。白鳥さん、お手柔らかに~。」


 そこでエレベーターは営業部のあるフロアに着いた。降り際、植原は「泣かせたら許しませんよ~」とボソッと呟いて行った。 …なんだ!? すっげ-鳥肌立ってんぞ!


 植原が祝福してくれて良かった。どうやら、敵に回してはいけないようだ。 





 そして迎えた今日の初デート。あんまりはしゃぐのも恥ずかしいから抑えてたけど、俺は喜びでいっぱいだった。


 並んで歩いてみた華蓮は、思ったよりずっと小さかった。髪をアップにしていたから、見下ろすとうなじが目に入った。

 確かに、女にしてはデカいし、ごつい方なんだけど、首は女らしくほっそりしている。ちょっとくせのかかった後れ毛が風になびいていてとても色っぽかった。


 だから、ネックレスを外してやるだけのつもりが抑えが利かなかった。気づいたら思わず舐めていた。あまりにうまそうだったんだ。無意識にあんなことしちまうなんて、そうとう飢えてんな。いや、違う。華蓮だからだ。


 ほしくてたまらなかった女が自分の隣にいる。その状況で我慢をしろと言う方が無理だろ。あの時もヤバかった。華蓮に「一樹」と呼ばれたとき。


 真っ赤な顔でどもりながら名前を呼んでくれた華蓮。あの時点ですでに俺のリミッターは振りきれそうだった。でも、わずかばかり残っていた理性でなんとか平静を装い、もう1回呼ばせることに成功した。


「一樹!」


 やけくそのように呼んでくれたその声は、俺が愛しく思うあのよく通る声で。俺は華蓮の赤い頬に口づけをせずにはいられなかった。


 帰りの車の中で拗ねていた華蓮もたまらなかった。いつもしっかりしているあいつが子供のように見えた。ふと、静かになったと思ったらすでに華蓮は眠っていた。よほど疲れたんだろう。よだれが垂れるほどの熟睡っぷりだった。


 その顔がまた可愛くて。わざとよだれもそのままに放っておいた。さすがに、そのままマンションのエレベーターに乗せるのはかわいそうだから、車から降りる前に拭いてやったけど。そして…





 …その、拭いてやったタオルが、俺の目の前にある…。



 シャワーを浴びるとき、着ていた服や自分のタオルは洗濯機に入れて洗ったのに、このタオルを入れることができなかった。そして今、テーブルの上に置かれている。


 …いいだろうか… いや、やっぱりマズイよな…


 何度も言う。俺は飢えている。特に、華蓮に触れてしまった今日、飢えはピークだ。


 ハッキリ言おう。俺はこのタオルに頬ずりしたいと思ってしまった。変態と罵られてもいい。今の俺には、好きな子のリコーダーに手を出してしまう思春期の少年の気持ちがよく分かる。初恋なんてそんなもんだ。


 でも、それは華蓮への裏切りじゃないか? 俺がそんなことをしたと知ったら華蓮は相当ショックを受けるだろう。ああ、でも!!


 目の前のタオルは甘く俺を誘う。華蓮さんの汗ですよ~。華蓮さんのよだれも付いてますよ~。


 …幻聴なのは承知。でも、俺はあのタオルを抱きしめたいんだ!


 震える手でタオルに手を伸ばしかけた時、タオルの横に置いていた携帯電話が目に入った。メール着信の表示が出ている。


 もしかして華蓮だろうか?


 シャワーを浴びる前、俺は華蓮にメールを送っていた。が、返事は期待していなかった。なんせ、俺が緊張で震える指で必死に送った初メールの返事が1時間以上来なかった上に、やっと来たと思ったら《了解》の二文字だけだったんだから。


 あれはショックだった…確かに、俺も自分からメールなんてする方じゃないし、したとしても用件のみだ。でも、句読点さえ含まれないメールを送ることはなかった!


 恐る恐る確認すると、やっぱりメールは華蓮からだった。受信時刻を見ると、俺が送ったすぐ後に返事をくれていたようだ。


 嬉しくなってメールを開く。せめて、せめて文が1行ありますようにと祈りながら。



《お疲れ様。今日はありがとう。楽しかった。帰り、寝ちゃってごめんね。一樹もゆっくり休んでね。》



 おお! 俺より長い文が返ってきている! えらい進歩だ。


 “ありがとう”“楽しかった”の言葉は俺を天に昇らせた。やった! やっぱり楽しかったんだ! 俺だけじゃなかったんだ!!


 “寝ちゃってごめんね” いや、何も悪くない。むしろ、堪能させてもらった。


 “一樹もゆっくり休んでね”だと!? 何て優しいことを! しかも一樹って! 俺を宇宙まで飛ばす気か。


 とどめは、最後の絵文字だった。うさぎが手を振る絵文字。なんて小憎こにくらしいことをするんだ華蓮。


 前回のメール同様“華蓮フォルダー”に保存する。仕事に行き詰ったらこれを眺めよう。


 好きな相手とのデートやメールのやり取りがこんなに嬉しいなんて。


 今までの彼女がくれたメールはもっと長くて絵文字もたくさんだった。でも、俺にとってはうっとしいだけだった。もっと簡潔な文を寄こせと心の中で毒づいていた。


「俺ってひどい彼氏だったな…」


 俺にそう気付かせてくれたのは華蓮だ。本気で誰かを好きになる気持ちも華蓮のおかげで知った。



 華蓮を大切にしよう。



 決意を新たにした俺は、タオルを脱衣所へ持っていき、洗濯機の中へ入れた。











   

白鳥、けっこうせっぱつまっている模様。道を踏み外す前に、華蓮ともっと近付けるといいのですが…。

次回から、華蓮視点に戻ります。

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