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10:そこが君のいいところ①(白鳥視点)


 はぁ、さっぱりした。


 華蓮とのデートを終えて帰ってきた俺は、まずシャワーを浴びた。けっこう汗かいたからな。


 それにしても、華蓮とのバトミントン対決は思った以上に楽しかった。気を抜くとこっちがやられそうだったから、ついムキになってスマッシュまで使っちまった。…男らしくなかったかもしれない。でも、男として真剣勝負を挑まれて負ける訳にはいかないだろ!


 華蓮の必死な顔を思い出すと自然と顔がほころぶ。可愛かったなぁ、華蓮。真っ赤な顔で汗だくになって、髪を振り乱して頑張る様は、思わず引いてしまう男も多いだろう。でも、俺にとってはそこがいいんだ。自分が色々考えたプランが大当たりだった手応えも感じたし。


 これが、今まで付き合ってきたような女たちならひどくつまらなかっただろう。いや、それ以前にバトミントンも公園も喜ばなかったに違いない。俺はショッピングとかの方がつまらないんだけど。


 俺の周りにいた女たちは、まず、長時間外に出るのを好まなかった。紫外線が嫌なんだと。そりゃ、女は肌も大事だろうけど、たまには外で体を動かすことも必要だろ。


 「テニスくらいなら…」と言うから連れて行ってみたら、勝負どころかラリーさえ続きゃしない。おまけに10分もすると「疲れた~」だ。


 室内ならと思い、ボーリングにも行ったことがある。なんなんだ! あの、ちょこまかしたステップは! ひよこより遅いだろ! 子供用並みに軽いボールを使ってるくせに「重い~」って言うな! ボールは投げろ! ぽとん、と置いてくるな! だからスコア40もいかないんだよ! ちなみに俺のアベレージは180。


 思い出すだけでイライラする。ご飯をおごっても「ごちそうさま」を言わない奴もけっこういたな。それ以前に「いただきます」も言いやしねえ。帰りに送っても、当然とばかり車から降りていく。


 別に、おごるのや、送るのが嫌なんじゃない。それはするべきことだと思ってやってるんだから。でも、それと挨拶は別物だろう。


 それに引き換え、華蓮はいい。今日だって、たかがサンドイッチなのに嬉しそうに「いただきます」と「ごちそうさま」を言っていた。開店前から並んで買ってきた甲斐があったってもんだ。

 帰りだって、ちゃんと「ありがとう」を言う。こういう当たり前のようで忘れがちなことをきちんとできるって大事だよな。


 華蓮を見てると、今までの俺がいかに女を見る目がなかったか思い知らされる。いや、見る目がなかったんじゃない。ちゃんと見ようともしてなかったんだ。




  

 今までの俺は、本気で女と付き合ったことがなかった。見た目がそこそこいいもんだから、中学時代から告白してくる女は後を絶たなかった。


 だからって、手当たり次第と言うほど遊んでたわけじゃない。常に彼女はいたけれど、二股をかけたりしたことはなかった。

 別れる時も彼女の方から言われることがほとんどだった。理由は“かまってくれないから”。


 基本、俺は自分から電話もメールもしない。デートも誘われて行くことの方が多かった。その誘いさえ、ジムに行きたいときや、仕事が忙しい時期は、「今日は1人で過ごしたいから」と言って断ることがあった。


 俺に告白してくるのは、自分の容姿に自信があって、プライドが高めな女が多かった。だから、放っておかれることが信じられなかったのだろう。半年くらいすると「一樹は、私のこと好きじゃないんだよね」とか言って去って行った。

 そのせいで落ち込むということは特になかったから、彼女たちが言うとおり、俺はちゃんと誰かを好きになったことがなかったんだろう。

 

 そんな感じで“来る者拒まず、去る者追わず”をモットーにやってきた俺が、こんなに華蓮にハマるとは。知れば知るほど愛しくなる。するめみたいな女だ。初めて見たときは、あんなに可愛い奴だと思わなかった。


 


 


 5年前、俺が華蓮を知ったのは新人教育研修の初日。その日は、お定まりの自己PRから始まった。


 自分の番をつつがなく終えた俺は『高橋』あたりですっかり飽きていた。あと何人残ってんだよ。だりーなー。やっと女性社員の順番が来るころには、半分眠りに入っていた。 


「では、伊集院華蓮さん、前へ」

「はい」


 うつらうつらしていた俺の耳に、よく通るはっきりした声が入ってきた。なんだか目が覚めるような声だった。


 …でけぇ…


 颯爽さっそうと壇上へ上がる声の主を見た時の第一印象はそれだった。170はあるだろうか? 


 それぐらいの背がある女を見たことがないわけじゃない。いや、今時割といるんじゃないか? でも、伊集院の大きさは、一味違った。あの、立派な肩幅のせいだろうか? 

 周りの奴らも俺と同じ感想を抱いたんだろう。ある意味、皆、伊集院に目がくぎ付けだった。


 当の伊集院は、そんな空気を察知してるんだかしてないんだか。特に気にする風もなく、堂々と自己PRを進めていく。


 姿勢がいいんだ。


 伊集院が一際大きく感じる理由が分かった。背が高い女は、それがコンプレックスにもなるのか、猫背の奴もかなりいる。せっかくの長所がもったいないと感じることがままあった。

 でも、伊集院はまっすぐに背筋を伸ばし、席へ戻るときも長い脚を生かしてカツカツと歩いて行く。ちょこまか恥ずかしそうにしている他の女たちよりよほどかっこよかった。


 やっと全員終わり、休憩になった。男たちは、とびぬけて可愛い顔をした女の元へ、我先にと駆け寄って自分を売り込んでいる。先ほどの自己PRのやる気のなさと大違いだ。

 囲まれている女(この時はまだ名前すら覚えていなかった)は、どう見ても迷惑そうにしている。取り巻きを作って喜ぶタイプの女ではないようだ。


 ちょっと気の毒に思いながらも傍観者を決め込んだ。わざわざ「やめとけよ」なんてしゃしゃり出て、これから一緒に働くであろう仲間たちの不興を買うのも気が進まない。


 そこへ、さっきの背の高い女が歩み寄ってきた。立派な肩で男たちの背中を押し退けて、中心にいる女に何か話している。

 どうやら、席を立つようだ。途端に金魚のふんと化した男たちが後に続く。情けねえなぁ。ところが、背の高い女は男たちを振り返るとキッパリと言い切った。


「私、トイレも行きたいの。男の人は遠慮して下さい。」


 その声は研修室中に響き渡った。ほんとにいい声してる。でも、普通、女があんなにハッキリ「トイレに行きます」って言うか? しかも大勢の男を前にして。


 迫力に気圧された男たちは付いて行くのを諦めた。背の高い女と小さい女。2人は振り返らず研修室を後にした。


「…伊集院華蓮…だったな。」


 迫力ある女だな。面白れぇ。


 その日、俺が名前と顔を覚えたのは伊集院ただ1人だった。






 正式に本社の設計部に配属されて3か月。ここまでとにかく忙しかった。覚えることが山盛りだ。


「白鳥~。同期で飲み会やろうぜ~。」


 昼休みの社員食堂で、同期で営業部の佐々木が声を掛けてきた。コイツとは研修で仲良くなった。グループごとのディスカッションをしたりする時、五十音順で前後になる俺たちはいつも同じグループにいた。

 人当たりがいい奴で、やんわりと皆をまとめるのがうまい。外面だけいい俺と違って、根っから人の好い佐々木は、同期の奴らから幹事を押し付けられたようだ。


「同期の奴らとか…。」


 正直、飲み会はあまり好きじゃない。俺のことをとやかく聞いてくる女たちが必ずいるからだ。実際、同期の中にも、設計部設計部の中にも、俺に興味があるらしい女はたくさんいた。


 同じ会社の女が相手だと、あまり無碍むげにするのも気が引ける。人間関係に支障をきたしても困るからだ。かといって、優しくして勘違いされても面倒だ。その辺の兼ね合いを考えるのが煩わしい。


「そこをなんとか! お前が来ると来ないで女の子たちの出席率がかなり変わるんだよ~。」


 手を合わせて必死に頼んでくる佐々木が気の毒になった。コイツ自身は嫌いじゃないから。それに、あいつ…伊集院も来るかもしれない。


 伊集院は佐々木たちと同じ営業部に配属されたから、研修が終わってからほとんど顔を合わせることがなかった。たまに、打ち合わせで営業部へ行くと見かけることがあったが、いつもキビキビ忙しそうにしているから、挨拶さえしたことがなかった。


 研修期間中も一方的に観察はしていたが、話すことはなかった。伊集院と植原(さすがに覚えた)はいつも一緒にいた。


「植原と伊集院も来るのか?」


 来るなら、今度こそ話ができるかも。あれ? 何だ俺? 伊集院と話したいのか? 何を?


「なんだよ。白鳥も植原狙いか?」


「そんなんじゃねえよ。」


「ま、俺は植原に興味ないからいいけどな。でも、いろんな奴らから誘えってうるさくせっつかれてるから、声は掛けてみるよ。」


 とりあえず、俺も参加すると佐々木に返事をした。なんだか自分でもよく分からないけど、とにかく伊集院と1度ゆっくり飲んでみよう。面白そうだ。



 残念ながら、俺の願いは叶わず、最初の同期会に伊集院と植原の姿はなかった。 




…意外と話が進みません…。ちょっと長くなってしまうかもしれませんが、白鳥視点にもうしばらくお付き合いください。

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