1:無理です。ごめんなさい
新連載を始めます。今回は、少し長い連載になるかもしれません。
更新ペースも今までと比べると、ゆっくりになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
「俺と付き合ってほしい。」
今、何か聞き間違えただろうか…?
ここは、私のお気に入りの居酒屋さん。会社から近いし、料理はおいしいし、料金もリーズナブル。お店はあまり広くないし、おしゃれでもない。でも、席が区切られていて個室っぽい雰囲気になってるから、落ち着いて飲める。お客さんは常連さんが多いため、合コンなどのにぎやかな団体さんがあまり入らないのがさらに良い。
今日は、目の前にいる同期の男に「相談があるから2人で飲みたい」と言って呼び出された。この男に相談を持ちかけられたことなんかないし、色恋、仕事、どちらをとっても私で役に立つとは思えない。「私に?」と怪訝な顔で聞くと「お前がいいんだ。」と言われて、なんのことやら…と思いつつ、このお店で待ち合わせをした。
お店に着いてみると、男はすでに来ていた。見ると、ビールさえ頼んでない。「お待たせ。先に頼んでてくれてよかったのに。」と声をかけると、「俺はいい。お前頼むか?」と聞かれた。
なんだろう? 大事な話? よくわからないけど、せっかく来たのだから私は飲みたい。自分の分のジョッキと、つまみを適当に何品か頼んだ。
そして、運ばれてきたジョッキに「一人でごめんね」と口をつけた時に急に言われたのが冒頭のセリフ。あまりの想定外の相談ごとに、うっかりビールを吹き出すかと思った。
いや、やっぱり聞き間違いだよね。…疲れてんのかしら、私。無かったことにしようとする私の雰囲気が伝わったのか、男はもう1度はっきり言い直した。
「お前に、俺の彼女になってほしい。」
間違いない。幻聴でもない。しかも“お前に”と付け加えられた。人違いでもない。この男、間違いなく私に言っている!!
「おい、聞いてるか?」
「聞いてるけど、理解したくない。」
キッパリ自分の思いを告げて目の前のジョッキを再び煽る。飲みながらチラッと相手を見ると…あらら…いかにも ガ----ン! って顔してるわ。そりゃそうよね。よりによってこんな冴えない女に振られるなんて。ごめんなさい。ご愁傷様。
「そりゃないだろう。」
「言い方悪かったね。ごめんなさい。でも、付き合う気はないから。」
ダメ押ししてみたら、男の顔は真っ青になった。そんなに深刻な問題か? もっと美人な女の子たちからいっぱい言い寄られてるんだから、付き合うならその中から選べばいいじゃない。
「俺は、お前が好きなんだ。」
「どこが!?」
人生初の告白をされた驚きよりも、私の中に他人を惹きつける何かがあったことに驚いた! どこどこ? 私のどこに良いところがありましたか?
私の名前は伊集院華蓮。やたらとゴージャスな名前。正直、名乗るのが嫌いだ。書くのはもっと嫌いだ。画数多すぎ。せめて、この名にふさわしい派手な顔立ちならこの名前を受けて立ってやることもできるけど、私の顔はとにかく地味。なぜ、この私にこの名を付けてしまったのか。そこには、両親の私への期待が表れていた。…私の両親は美形なのだ。
父はあっさり和風顔。切れ長で一重だけど、涼しげな眼はクールな感じ。筋の通った高い鼻、引き締まった大きめの薄い唇。“二枚目”という形容がぴったりのハンサム(←イケメンよりこっちの方がピッタリ)。たくましい体つきと浅黒い肌がまたたまらない。
母はくっきり洋風顔。ぱっちりとした大きな目に二重。ちょっと厚みのある愛らしい唇。鼻が少~し低めなのはご愛嬌。華奢な体つきに、ふわふわのくせ毛。50歳に手が届きそうな今も十分かわいらしい。
学生時代、とにかくモテていたらしい2人は、就職先で出会い、すぐに恋に落ち、結婚して私が授かった。両親はもちろん、周囲の人たちも“どちらににても絶対美形”と信じ切っていたと言う。そして、赤ちゃんが男の子なら“光輝”、女の子なら“華蓮”という美しい赤ちゃんにふさわしい名前を用意して彼らは待ち構えていた。
その期待を一身に背負って産まれたのが私。断っておくけど、決して両親に似なかった訳ではない。
……配合を間違えたのだ。
切れ長、一重の涼しい眼差し。低めの鼻。きりっとした大きめの口。浅黒い肌にもさもさのくせ毛。がっちりとした体格。パーツパーツは間違いなく両親のものなのに、美しいとはほど遠い赤ちゃんだった。
それでも、両親は私を「かわいい、かわいい。」と言って溺愛してくれた。愛し合って授かったというだけではなく、お互いがお互いの“ここが好き”という部分が合体しているらしいのだ。
だから、私は小さい頃は“自分がかわいい”と信じて疑わなかった。…今考えると切腹ものだ…。でも、成長するにつれ、周囲の反応が“何か違う”ということに気づかせてくれた。
「名前負けだよね。」
そんな自分に対する周囲の評価が耳に入るようになったのは、中学にあがった頃だろうか。その頃、すでに“自分は美人ではないんじゃないか?”という疑惑を抱いていた私は、「やっぱりね」と変に納得したものだ。
ここで救いだったのが、私の“たくましさ”だ。どこへ行っても押され続ける“名前負け”の烙印で落ち込むことがなかったのだ。「そうですね。すみませんね~。」と受け流すことができたのだ。
「どこがって…、男前なところ?」
「そこ!?」
そうか、そこか! 私の唯一と言っていい美点である“たくましさ”に気づいたということか。よく気が付いたね。“男前”って言い方がちょっと引っかかるけど…。
「そこだけじゃないぞ。あと、さっぱりした顔とか、よく通る声とか。俺にとってはすごくいい。」
…“俺にとっては”って…、私が美人じゃないことをちゃんと踏まえてるってことだよね…。マズいなぁ…、なんか勝手に美化して血迷ってるんだったら、げんこつの一発でもくらわして目を覚ましてやろうかと思ってたんだけど……。
「できれば、結婚を前提として付き合ってほしいんだ。」
何------!!! 結婚だ-------!?
「無理です。」
「少しは考えろよ。」
「考えた上で言ってます。ごめんなさい。できません。」
目の前の男は、会社の同期だ。就職して5年。私たちの同期は飲み会が多く、部署が違う彼とも月に1度は顔を合わせる。今まで、良い飲み仲間だった。
彼はよくモテる。背も高いし、顔もいい。人当たりも良く、仕事もデキる。所属する設計部ではそろそろ主任に昇進するだろう。規模が大きいうちの会社で27歳で主任になるのは早い方だ。
そんな彼にはひっきりなしに彼女がいた。…そういや、ここんとこ、こいつに彼女ができたって噂を聞いてないような…? まあいい。とにかく女に不自由しないご身分なのだ。
決してチャラチャラ遊んでいるわけではない。基本、告白されて、その時に彼女がいなければOKするという感じのようだ。二股とかの噂は聞いたことはないけど、割とサイクルは早いようで、半年ぐらいで彼女が変わる。でも、別れるのは相手から言い出すようで、特にトラブルになった様子もない。
ただ「また振られたんだよね。」と飲み会で話す彼は、あまり落ち込んだ感じでもなかった。だから“来る者拒まず、去る者追わず”のスタンスの人なんだと思っていた。それが…
「いや、俺も諦められません。」
私のお断りにもめげず、キッパリ言われた。なんで? なんでよりによって私なんかを見初めちゃったの?
「自分の気持ちに気づいたのは1年位前だけど、それより前からお前のこと好きだったんだと思う。」
私の目をまっすぐに見つめて熱く語る。…しみじみ思う、いい男だ。これが、私じゃなかったら迷わず「よろしくお願いします。」と手を差し出しただろう。
でも、私には彼を受け入れられない理由があった。これは譲れない。
「だから、きちんと考えてほしい。俺との結婚のこと。」
なおも言い募る彼に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ごめんなさい。ごめんなさい。本来、こんな上玉の申し込みを断っていい立場じゃないのはわかってます。でも、でも…
「……無理です。ごめんなさい。」
「どうして?」
どうして? だって…だって!!
「あんたの名字が“白鳥”だからよ-----!!!」
思わず人差し指を突き付けて絶叫してしまった。ぽかんと口を開けて理解不能に陥っている彼を残して、私は居酒屋を後にした。




