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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第1章

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⑥熱

 ギルドの扉が開くと、ざわりと空気が揺れた。

 カインが入ってきたのだ。


(やっぱり、拾われてる……)


 マリアは息を押し殺した。

 カインはゆっくりした足取りで一人の職員のカウンターへ向かう。


「なぁ、ちょっといい?」


 懐から留め具を取り出す。


「これ、深層のセーフティエリアで拾ったんだけどさ。誰のか心当たりない?」


 職員が一瞬だけ固まる。

 その静かな気配を、カインは逃さない。


「女ものだよな。…天使って、こんなの持ってた?」


 声は穏やか。

 しかしその奥に、抑えきれない焦りがかすかに滲む。


 マリアの胸が跳ねた。

 職員は慌てて取り繕う。


「いや、それは…確かにセーフティエリアにあったのでしたら、深層支援士のものかもしれないですが、はっきりとは分かりかねます」


  嘘だ。あの留め具はギルドから唯一の深層支援士である私宛に支給されたもので、細かな細工の違いだが、他に同じデザインはないのだから。


 マリアは、秘匿義務を守って話をはぐらかしてくれた職員に、心の中で感謝した。


「そうか」

 カインは目を細めたあと、軽く頷く。

 落ち着いた笑みに隠された心の内は見えない。


「……じゃあ、俺が持っておくな。持ち主に返したいしさ」


 留め具を懐にしまったカインは、そのまま去るように見えた。


 けれど──

 ふと足を止め、再び振り返って職員に視線を向けた。


「なぁ、ちょっとだけいい?」


 声は変わらず落ち着いていて柔らかい。

 ただ、その奥には、どこか昏い光が揺れていた。


 途端に職員は緊張しながら姿勢を正す。


「はい。どうされましたか?」


 カインは腕を組み、留め具を指先で軽く撫でながら尋ねた。


「あんたさ……天使のこと、詳しいのか?」


 穏やかな声なのに、返答を逃さない静かな圧がある。

 職員は一瞬だけ言葉を失い、慌てて笑うように答えた。


「え、ええと……その、深層支援士の勤務管理や安全の確認は僕らの仕事ですので、その情報が上から入ってきますが……」

「ふーん。天使のこと、大事にしてんだ?」


 軽い言い方なのに、声の奥で何かがくぐもる。


「はい、天使さんはいつも義務でもないのに、我々にも感謝の手紙をくれるので、本当に人気がありまして……」


 カインの眉がほんのわずかに動いた。


「人気ね……」


 低く優しい声。しかし笑っていない。

 職員は気まずさを覚えつつ、慌てて付け足す。


「も、もちろんそれだけじゃなく、危険を承知で深層へ赴いてくれることに報いるため…」

「あんた、天使に会ったことあんの?」


 ふっと投げられた問い。

 声は穏やかなままなのに、反応次第で空気が変わるような一言。


 職員はすぐに首を横に振った。


「い、いえ!姿を見たことはありません。

 深層支援士は身分秘匿が原則ですので、姿を知るのは、上層部だけです……」


 カインはゆっくり頷く。


「そっか。……なら、いっか」


(い、いい……?何が……?)


 職員は戸惑いを隠せない。


 カインは柔らかい笑みを浮かべたまま続ける。


「でもさ。大事にしてるって言う割には、無茶した形跡とか、分かんねえの?」


 職員の表情が曇る。


「……昨日、少し気になる痕跡があったとは聞きました。

 ですが、天使さんは無事です。それだけは確かです」


 カインの肩が小さく落ち、深く息を吐く。


「……無事、か。それなら、よかった」


 声は柔らかい。

 けれどその直後、カインはごく自然に言った。


「──でも、先に見つけるのは俺だ」


 優しい声。

 柔らかい笑み。


 なのに、背筋がぞくりとした。


 逃げ場のない本気と執着が混ざっていたからだ。


「……え、えっと……?」


「返すもんもあるしさ」

 カインは軽く笑って肩をすくめる。


「ちゃんと本人に返したいだけだよ。……俺がね」


 カインは職員に軽く手を挙げて背を向ける。




(天使が誰にとって特別かなんて、どうでもいいな)


 そして続く、熱の滲んだ声。


「手紙だけで満足する奴らには関係ない。……側で守るのは、俺だけでいい」


 小さく呟かれたその言葉を聞いた者は、いなかった。


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