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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第1章

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⑤その日を境に、何もかも変わった(カイン)

 深層へ潜るたびに、補給物資を探すようになった。

 最初は偶然だ。ただそこにあったから読んだだけだった。けどあの日からずっと、あの手紙が頭から離れない。


『あなたが今日も帰ってこられますように。

 無理をした一歩は、誰かを悲しませてしまうから。

 どうか休めるときに休んでください』


『あなたが今日見せた勇気は、誰かの希望につながっています。

 この場所に来ることを選んだあなたを、私はそっと応援しています』


『あなたの帰りを願う人がいます。

 その人のためにも、どうか今日も無事に戻ってきてください』


 静かで優しい文字。余白の取り方の癖。

 ──少しだけ震える筆跡。


 読むほどに、胸の奥が温かくなる。

 こんな、深層の冷たい空気の中で。


 仲間の一人が、その表情を見て呆れたように言う。


「カイン……顔ゆるんでるぞ。どうした?何かイイコト書いてた?」

「……別に」

「別にって顔じゃねぇぞ。恋してるやつの顔なんだよなぁ、これが」

「やめろ」

「昨日だって酒場で女に囲まれてただろ。全員また今度なってあしらってよ」

「……気分じゃなかっただけだ」


 鼻で笑われた。

 …まぁ、乱れた生活だったのは自覚がある。


「気分じゃないんじゃなくて、天使さん以外に気分が向かないの間違いだろ?」


 軽口なのに、妙に刺さる。


「惚れてない。会ってもない」

「手紙の向こうの可愛い相手に惚れてるんだよ、お前は」

「違う」


 強く否定したはずなのに、心はまったくついてこない。


 思い返す。

 酒場で女が近づいてきて、腰に手を回してきたときのこと。

 前なら軽く抱き寄せて、笑って適当に相手して。


 なのに今は──

 胸がひとつも動かなかった。

 むしろ、鬱陶しい、とさえ思った。


(……なんでだよ)


 言葉にできない違和感だけが残る。


 なのに離れられない。

 依頼が終わったのに、この街を離れる気になれない。


 深層を降りるたび、胸の奥底に熱が灯る。

 “また、あの(言葉)に会えるかもしれない”


 気づけば、そんなことばかり思うようになっていた。


 ⸻


 そして、ある朝。

 ギルドで何気なく聞こえた会話に、カインは一瞬で固まった。


「昨日の補給箱、裏側に結構な量の血がついてたらしいぞ」


 ……血?


 その言葉を理解した瞬間、

 全身の血の気が引いた。


 気づけば、職員の窓口に立っていた。


「……昨日の補給物資。血がついてたって、本当か?…血を流したのは、天使?」


 声が震えている。

 自分でも驚くほど。

 その後職員に詰め寄ったり、冷静さを保てない。


 脳裏に浮かぶ。

 深層の冷たい石壁。

 獲物とみなした弱い人間から襲う魔物。

 一瞬の判断ミスが命を奪う世界。


(……なぁ。なんでそんな無茶すんだよ)


 あの優しい字の人物が、深層で血を落とすほど傷ついた?

 誰がそんなことを望む。

 誰が……その子を守る。


 冷たい焦りとともに心を侵食してくるこの気持ちが何なのか、分からない。説明もつかない。


 ただ──


(頼むから、無茶しないでくれよ)


 ただひとつ。

 たしかに分かってしまったことは。


 ──天使が無事じゃないと、自分はどうにかなってしまうだろうということだった。


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