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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第1章

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④姿なき出会い(カイン)

 街を移るたび、カインはその土地の空気に自然と馴染んでいった。


 どこへ行っても冒険者たちに歓声で迎えられ、酒場へ行けば賑わいの中心に立たされる。


「カインさん、また強くなって戻ってきたんじゃない?」

「ちょっと!今日は私が隣いいでしょ!」

「いや俺だろ!筋肉の話する約束忘れんなよ!」


 そんな声の渦の中で、カインは苦笑しながら肩をすくめる。


「はいはい、慌てんなって。一人ずつ話してくれりゃ十分だよ」


「カインさん優しい〜!」

「ねぇカインさん、さっきの話もっと聞いて?」

「こら!横入りするなってば!」


 押し寄せる手や声を軽く受け流しつつ、カインは笑ってグラスをあげた。


「お前らが元気なのが一番だろ。ほら、今日は俺が奢る。飲めよ」


 歓声が一斉に上がる。


「「「カインさーーーん!!」」」


 ただそこにいるだけで周囲の視線をさらっていく。

 強さと優しさ、そしてどうしようもなく滲む色気──

 それらすべてを自然に纏っていた。


 そんな熱気の中心で、ひとりの美女がするりとカインの腕に絡みつく。


「ねぇカイン……今夜、空いてるんでしょ?」


 すぐにもう一人が食ってかかる。


「待って! 先に声かけたの私なんだけど!」


 取り合うように片方は腕を更に深く絡め、片方は腰に手を回し、ふたりの女がぴたりと体を寄せる。

 カインはふっと目元を緩めた。

 余裕のある、遊び慣れた大人の男の笑み。


「美女たちに押されて、幸せ者だな俺は」


 低く甘い声でそう言いながら、カインは腕に絡みつく女の腰を、反対の手でそっと抱き寄せた。


 決して乱暴ではなく、あくまで紳士的。

 なのに、妙に色っぽい距離。


 その一瞬で、抱き寄せられた女の頬がぱっと赤く染まる。


「カ、カイン……」

「そんなの、反則すぎ……!ああもう、次こそ私だからね…!」


 周囲の冒険者たちが囃し立て、笑い声が広がる。


 カインはグラスを指先だけで軽く回し、飲み干すとゆったりと立ち上がった。


「……そんじゃ、行くか。夜は長いしな」


 酒場の灯が揺れ、野次馬たちの歓声が背を押す。


 軽やかで、色気と余裕に満ちたその後ろ姿は、

 熱に浮かれた美女とともに夜の街へ吸い込まれていった。


 それは、彼にとっては何でもない普通の夜。

 カインにとって、ただの日常だった。



 ⸻


 ある日、ヴィルネアで少し時間のかかる高ランクの依頼を受けた。

 深層ダンジョンに巣食う知能の高い魔物群の殲滅。

 腕の立つ仲間たちと組んで、数日の探索を続けていた。

 正直、この街は長居するつもりはなかった。

 依頼を終えたら酒を飲んで、そのまま別の街へ行くつもりだった。


 だが──その予定はあの日、狂った。



 深層での探索が2日目を迎えた頃。

 通路の奥から嫌な気配が押し寄せてきた。


「下がれ!」


 仲間を庇い、正面から魔物の群れに飛び込む。

 剣を振るい、蹴りで距離をとり、仲間の攻撃に合わせて仕留めていく。


 深層の空気は重く、呼吸も鈍る。そして強力な個体が多い。

 狭い通路で前後を挟まれた状態では、数体ならともかく、あの数は無茶だった。


 どうにか退路を塞ぐ魔物を倒しきった頃には全身が鉛のように重く、全員疲労困憊だった。


 そのとき仲間のひとりが足を滑らせる。

 そこに追いつき襲いかかる魔物との間に、咄嗟に身体を滑り込ませた。

 肩口に鋭い痛み。刃のような爪がかすめ、熱い血が流れる。

 それには気にもとめず、冷静に返し斬りで仕留めた。


「カイン…血が!」

「大丈夫、大丈夫。まだ気ぃ抜くなよ」


 倒れかけた仲間の腕を掴んで引き上げる。


「立てるか?よし、行くぞ。……ほら、先に行け。殿は任せろ」


 仲間を先に走らせ、

 自分は最後列で敵を食い止める。



 横合いから迫る牙を弾き、頭を狙う爪を蹴りで逸らし、どうにか光の見えるエリアへ駆け込んだ。


 そこで息を飲むことになるとは、知らずに。


 ⸻



 セーフティエリアには、有り得ないものがあった。


 整然と並んだ補給物資。

 水袋、回復薬、食料。

 そして──一枚の手紙。


『ここまで無事に辿り着けて、よかった。どうか休んでください。』


 その字は、疲れ切った体にすっと染み込むような優しさだった。


「なんだ、これ」


 仲間が目を丸くする。


「誰がこんな……」

「普通この階層まで補給物資置けられるやつなんていねぇだろ……」


 ありえない。

 深層は、気配を消した熟練者でも危ない場所だ。

 そんな場所に、誰かが自分たちのために物資を置いていくだって?


 信じられなかった。

 だがその手紙を見た瞬間、胸の奥に痺れるような感覚が走った。

 痛いほどに、強烈に、鷲掴まれた。


 仲間のひとりが笑って言う。


「おいカインどうした、その字に惚れたか?」


「は…?いや、別に」


「おーい、惚れたなそりゃ!こっち向いたとき顔とんでもなかったぞ!」


「違うから」


 違う?

 ……ああ、違う。


 こんな、何の変哲もない手紙で惚れるなんて馬鹿馬鹿しい。

 そんな苦い心情も知らず、仲間は笑う。


「見ろよ、あの顔。天下の色男が完全に落ちてんじゃねぇか」


 笑いながら肩を叩かれた。

 俺は無視して水袋を開ける。


 そのときはまだ自分に何が起こったのか分かっていなかった。


 ただ、胸の奥がやけにざわついて。

 文字を眺めるたび腹の底に響くような、痺れが走った。

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