表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/25

②深層の天使

 夜のダンジョンは、街の喧噪とはまるで違う“生き物の呼吸”をしていた。

 魔石が淡く点滅し、奥の通路で低い呻きが反響する。


 マリアはフードを深くかぶり、息を整えた。


(今日は……絶対に慎重に)


 補給物資を詰めたボックスを抱え、隠密スキルを纏わせる。

 足音が吸い込まれ、気配が淡く消えていく。

 それでも深層へ潜るたび、恐怖に身体が震えることは変わらない。


 けれど──

 それでも続けると決めたのだ。


(……誰かの無事につながるなら、それでいい)


 静かに歩を進め、深層へ向かっていく。


 ―――


 セーフティエリアに入ると、魔石の光が広場に柔らかい揺らぎを作っていた。


「……よかった。今日は魔物、近くにいないみたい」


 前回は危険だった。

 入口付近の影に潜んでいた魔物にスキル解除の一瞬を狙われ、攻撃を受けてしまった。

 隠密がなければ自分はただの人間。

 辛くも逃げ込み腕の怪我だけで済んだあの日は、今でも悪夢だ。


 ボックスを地面に置き、慣れた手つきで物資を並べる。

 水袋、パン、回復薬。

 そして、小さな手紙。


『今日もあなたが無事でありますように』


 書いている途中で、指がかすかに震えた。


(ほんとうに……どうか無事で)


 冒険者たちの顔を思い浮かべ、そっと祈りを込めて手紙を置く。

 そして踵を返した──そのとき。


 カツン……


 通路の奥で石靴が跳ねる音。


 マリアの背筋が電流のように強張った。


(だれか……来る……!)


 魔物ではない。

 もっと重い、もっと確かな“人”の足音。


 マリアは咄嗟に影へ身を滑り込ませ、隠密を最大まで張った。

 息が止まるほど胸が締めつけられる。


 足音は近づき──

 近づき──

 さらに近づく。


 そして、現れた。


 黒い長衣。長身。

 歩くだけで周囲の空気を変える男。


 カイン。


(なんで……どうして今ここに──)


 心臓が、痛いほど跳ねた。


 ―――


 カインは広場をゆっくり見渡した。

 補給箱へ。

 通路の影へ。

 その視線が探るように揺れ、マリアの背に汗が伝う。


(お願い……こっち見ないで……)


 カインは補給箱の前にしゃがみ込み、中を確かめるように手袋越しに触れた。


「……丁寧だな、ほんと。」


 低く、あたたかい声。


 手紙を持ち上げ、光に透かして読む。


「無事でありますように、か……ありがとな」


 ただの一言なのに、胸の奥がふわっと熱を帯びる。


 しかし──

 次の瞬間。


 カインの指がぴたりと止まった。

 視線が足元へ落ちる。

 銀の光。


(っ……!)


 それは、マリアのマントの留め具。


 カインは指先でそれをゆっくり撫で──立ち上がった。


 そして。

 影の奥、マリアのいる方向へ歩き始めた。


(だめ、来ないで……!)


 影に押しつけた背中が震える。

 隠密を張っているはずなのに、足音が近づくたび呼吸が乱れそうになる。


 カインの長い足が一歩。

 また一歩。


「……っ」


 すぐそばでカインはぴたりと足を止めた。

 マリアは必死に息を殺す。

 二人の距離はそれほど近かった。

 ──吐息だけで気取られ兼ねないほどに。

 心臓が暴れ回る。


 そのとき

 掠れるような声が落ちた。


「……どこ行ったんだよ」


 静かで、落ち着いていて。

 なのに、滲む焦りが苦しい。


(やめて……そんな声……)


 カインは影の奥をもう一度見つめ、ゆっくり息を吐いた。

 視線を切り、深層へ向かう通路へ歩いていく。


 足音が遠のき──消える。


 マリアは壁に手をつき、膝が崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。


 息が乱れ、瞳が潤む。


(……危なかった……ほんとうに……)


 胸の鼓動は、その後もしばらくおさまらなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ