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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第2章

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⑦崩壊

 

 一拍置き、ロガルドは深く息を吐く。


「だから、公表はこうだ。『浅層の魔素値が一時的に低下し、深層の竜同士の縄張り争いが起き、敗れた若い個体が浅層に迷い込んだ』これで統一する。」


 ゼクトも頷く。


「先ほど述べたのは、魔素減少がこの時期に起こった理由に対する可能性の一つであって、因果関係が証明されたわけではない。魔物の活発化そのものは、以前から断続的に観測されていた現象だ。

 お前一人の行動に結びつけられる根拠はどこにもない。だから、これが最も整合性がある」


「ギルドは次の対策を取る」


 ● ダンジョン浅層の巡回強化

 上級冒険者の巡回班を増やし、一般冒険者の安心を最優先に。


 ● 深層の生態調査班の追加派遣

『真相エリアの魔物の動きの変化調査隊』を定期派遣し、異常の早期発見に努める。


「以上だ。お前の名は、誰にも傷つけさせん」


 ロガルドはそう断言した。けれど――その暖かな温度が、逆に胸を締めつける。


(私のせいかもしれないのに、守られているだけ…?皆を危険に晒したのは……わた、し……)


 その瞬間、目を見開いたままのマリアの視界の端が滲んだ。二人の言葉も胸に届かない。

 罪悪感が形を持って胸に沈み、心の奥でひび割れが広がっていくのを、自分でも止められなかった。

 唇が震え、声にならない声を押し出した。


「……私が……っ……竜を……浅層に……皆を……危険にさらして……あ……なにも……なにも救えてなかった……」


 言葉は涙に呑まれ、途中でちぎれた。


 胸を抱えるように前屈みになり、呼吸は乱れて、指先まで冷たい。

 必死に支えようとしていた自尊心も、誇りも、継いだ力の意味も、そのせいですべて──

 その答えに辿り着いた瞬間、崩れ落ちた。


 ロガルドが慌てて手を伸ばす。


「落ち着け、マリア。お前のせいではない」


 だが、その声すら届かない。

 マリアはふらりと立ち上がった。足元は危うく揺れ、肩も細かく震えていたが、なんとか頭を下げる。

 そして──


 生気の抜けた瞳のまま、マリアはゆっくりと執務室を出ていった。

 扉が閉まると同時に、部屋には重たい沈黙が沈む。

 その沈黙を破ったのは、ゼクトの長い、深い、ひとつの溜息だった。


「……あの子と私たちはずっと、この能力の話題を避けてきた。その結果がこれです。責任は、私にもある」


 感情を排した声なのに、僅かに滲む悔恨は隠せていない。


「マリアは幼い頃から、あのスキルに強い忌避感を抱いていました。本来なら向き合うべきものを、私は向き合わせてやれなかった。ただ、深層支援士として人の役に立つことで、やっと前を向けていたのでしょう」


 ロガルドが扉に目を向ける。


「……追わなくていいのか」


 ゼクトは、短く首を振った。


「今追えば、崩れた心にさらに楔を打つだけです。それに——あの子の運命は既に動いている。今は“誰か”が寄り添うべき段階にいて、私ではもう届きません」


 ロガルドはゼクトが、マリアが深層支援士を辞めたことからスキルの看破を察していた事実に、かすかに眉根を寄せる。


「……誰か、か」


 ゼクトは静かに息を吐き、言葉を締めた。


「ええ。いずれにしても、あの子はいま、自分の心の底に堕ち続けているところです。深く傷つくほど、自分を罰する。」


 ロガルドは苦々しくうなずいた。



 ーー



 廊下を出たマリアは、壁に手を添えながら歩いていた。焦点の合わない目は、どこか遠くを見ている。


 すれ違う職員が声をかけようとしたが、マリアは気づかない。


「……いま……浅層に……取り残されてる人たちに……物資を届けなきゃ……」


 呟きは自分に言い聞かせるようで、けれど芯がまったくない。

 理性ではなく、罪悪感と、浅層では能力は魔素にほぼ影響しないという思考だけで体を動かしている。


 足取りはふらつき、いつ倒れてもおかしくないのに、彼女はまるで罰を受けるかのようにギルドの出口へ向かう。


 冷たい風が吹き込む扉を越えた瞬間、その小さな背中は──ひどく脆く、孤独だった。


本日はもう1話更新予定です

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