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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第2章

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⑥波紋

 街中の至る所で鳴っていた緊急招集のベルがようやく静まる頃、冒険者たちが次々とギルドへ駆け込み、怒号と足音でロビーが満たされていった。空気は一気に張りつめ、誰もが息を呑む中——唯一、そこにいるはずの最高ランクの姿は見当たらない。


「……カインはどこだ?」


 ざわつきを割るようにロガルドの低い声が落ちる。


「それが……さっき俺らの焦った様子見て、『ただならない空気だな』って声かけてきて……!状況を慌てて説明したら、聞き終わる前にダンジョンの方へ走っていったんだ。もうとっくに現場に突っ込んでるかもしれねぇ!」


 その報告にロガルドの表情が一瞬だけ揺れ、すぐに決断へと変わる。


「……ならA級以上、揃った者から即座に突入!B級は入り口周辺で待機して、負傷者の救護を最優先だ!急げ!」


 床板を震わせるほどの駆け出す音が連続し、冒険者たちが一斉に出口へ向かっていく。熱気と緊張が渦巻くロビーの空気が、ざわりと揺れたその瞬間——その喧騒と入れ違うように、一人の男がギルドに入ってきた。


「ロガルドさん。呼び出しと聞きましたが、状況は?」


 静かな声。魔物生態研究室の責任者にして、マリアの父——ゼクト。


「……ああ、来たか。」

 ロガルドが短く答える。

「ダンジョンの浅層で、深層に棲むはずの竜が確認された。魔物生態の専門家として、お前の意見が欲しい。……執務室へ来てくれ、ゼクト」


 名を呼んだ途端、マリアの肩がかすかに跳ねた。


 ゼクトの瞳が、静かに娘へ向く。その目はただ状況を測り、何かを確信したような静けさを湛えていた。


「……なるほど、竜が。」

 淡々と呟き、ロガルドへ向き直る。

「でしたら、マリアも同席させても?」


「……何か関係があるのか?」


「仮説ですが。おそらくは」


 ロガルドは短く頷き、マリアを促した。

 マリアは不安に揺れる息を押し殺しながら父を見上げる。


 三人はそのまま、ギルド長室の奥へと消えていった。



 ⸻



「原因は——魔素濃度の低下に伴う“縄張り争い”だと考えます。深層の魔物は濃度の高い魔素域を好む。そこが揺らげば、より力の弱い個体から追い出される」


 淡々とした声。だがその説明は、まるで既に答えを知っている者の落ち着き方だった。


「争いに敗れた若い竜が、安定した場所を求めて浅層まで逃げてきた……その線が最も濃厚でしょう」


 そこで、ゼクトの視線がゆっくりマリアへ向けられた。冷たさでも優しさでもなく、ただ事実を告げる者の眼差し。


「——マリア。お前の隠密スキルは、発動時に周囲の魔素を取り込む性質があるのは知っているな。普段の環境なら問題にはならない程度だ。

だが、深層のような危険地帯では……強度が上がり、緊張で無意識に何度も貼り直した結果、通常より多くの魔素を消費することになる」


 マリアは、時が止まったように固まった。


「そして例の手紙を書く時に、祈っていただろう。祈りは魔力を消費する行為だ。人間一人の祈りでは微々たるものだと知られているが……深層の濃い魔素地帯で行った場合、魔素の均衡を乱す可能性が絶対にないとは言えない。危険な場所で連続してスキルを使い、さらに祈りを重ねれば……局所的に魔素が薄くなるほどの力になる、という仮説は成り立つ」


 その瞬間――マリアの長く張りつめていた心の支柱が、音もなくぽきりと折れた気がした。


(私のスキルで…?何度も祈った、みんなが無事でありますようにって。それが魔素を、薄くした……?)


 呼吸が浅くなる。

(じゃあ……竜の、縄張り争いの原因、は……)


 ひくりと喉が鳴り、思考が冷たい硬さを持って沈んでいく。

 ロガルドが低い声でマリアの名を呼んだが、それは届かなかった。

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