幕間2
祭りの空気が最高潮に賑わう昼下がり。
通りの真ん中で、ひときわ人だかりができている。その中心にいるのは、一人の冒険者。
女性冒険者たちが、変わるがわる彼へと声をかけていく。
「カイン、これから一緒に祭り行こうよ! 露店のはしごしよ!」
「ねえカイン、飲みに行こ!今年の祭り酒、めっちゃ美味しいって聞いたよ!」
皆がそれぞれ好きな形の彼の瞳の色の飾りを身につけて、思い思いに甘い誘いを仕掛けている。
カイン本人はといえば、「はいはい、あとでな」と、笑みで軽く受け流すだけ。
乗り気でもないが、きっぱり断るわけでもない。その 曖昧な距離感 が、また彼の人気を加速させていることに気づいているのか、いないのか。
マリアの隣で、ミアは目をキラキラさせながら語り出す。
「うわぁ……カインさん、やっぱりすごい人気ですよね……!あの余裕の笑み!そしてあの色気!そりゃもう女性たちが黙ってないですよねぇ……!」
それだけでは終わらず、ミアの語りは勢いのまま止まらない。
「なぜか今年はこの街にずっといてくれてますけど、なんでなんでなんでしょう?強くて頼り甲斐があって、ずっといてくれないかなあ…。
あ、そういえばですね、この前なんてレストランで女性に囲まれてたし、ギルドでも『カインさんは今日依頼受けに来た?』って本当にたくさん質問されますし、知り合いの子なんて一回でいいから話したい!ってずっと騒いでるんですよ〜!」
「……そうなの」
マリアの声が、ふっと沈んだ。視線が揺れて、ほんの少し落ちる。
沈んだ声が出た自覚があるマリアは、もう一度そっとカインを伺う。
するとカインの瞳が、マリアをチラリと見た。
目が合う。マリアの肩がびくりと震えた。
息を飲んでサッと逸らし、不自然なほどツンと顔を横へ向けてしまう。
そのまま、ミアの手を取って歩き出した。
「え?マリアさん?」
ミアの頭の中は、マリアのさっきの沈んだ声と様子に、ぐるぐると混乱していた。
そして、原因を探るべく振り返った瞬間見たものは──
──マリアの背を見つめるカイン。
それも、先ほどまで周囲に向けていた軽い光ではなく、もっと深く、静かで、どこか熱を帯びた目で。
(……えっ)
ミアの心臓がどくんと跳ねた。思わずマリアを呼び止めようとした、その時。
「マリア、ミア」
低くて柔らかな声がかけられる。声の方向を見ると、そこには憧れのレオンの姿が。
「レ、レオンさん……!!」
ミアは一気に顔を輝かせた。興奮でさっきの出来事が一瞬で吹き飛ぶ。
「レオンさんっ!さっきたくさん人に囲まれてたのに、どうしてここに?」
「……はは。ギルドに急ぎの用があるって言って抜けてきたよ」
軽く笑ったその瞬間。通りの端から馬車が勢いよく迫ってきた。
「危ない」
レオンが通り側のマリアの手首を取り、音もなく、自然に、自分の影の内側へ引き寄せた。
マリアが驚き、ふわりと微笑む。
「ありがとうございます」
その柔らかな笑みに、レオンの表情も優しく緩む。
(きゃああレオンさん今の、完全に騎士……っ!こんなの全女子が惚れちゃいますよお……!)
ミアは内心で大騒ぎだ。
そしてレオンはそのまま、当然のようにマリアの荷物を受け取り、三人でギルドへ向かう。
──と。レオンの足がふいに止まった。
(殺気……?いや……)
眉がわずかに寄り、振り返る。だが、見えるのは祭りの喧騒だけ。
「レオンさん? どうかしました?」
「……いや。なんでもないよ」
レオンはわずかに首を振り、微笑みを作り直した。そのまま三人は、祭りの喧騒を背に受けながら、
ゆるやかにギルドの扉へと向かっていった。
──
しばらくして──
ギルドの重い扉が、ドンッと壁を震わせるほど乱暴に開いた。
ロビーのざわめきが一瞬で凍りつく。
「ギルド長はいるかッ!!」
怒声に近い叫び。
息も絶え絶えの冒険者が二人、勢いよく駆け込んできた。
埃と血の匂いが風ごと押し寄せ、辺りの空気を険しく変える。
「ど、どうされましたか!?」
近くの職員が慌てて駆け寄る。
その腕を掴むようにして、冒険者のひとりが叫んだ。
「ダンジョンの浅層で…深層にしかいないはずの竜が出たんだ!!」
ロビーの空気が一瞬で凍りつく。
「竜……?」
誰のものとも知れない、震える声が落ちる。
そこへ、重い足音を響かせロガルドが姿を現した。
「竜だと。……状況を詳しく話せ」
厳しい目に促された彼らは、息を荒げたまま、吐き出すように続ける。
「第3層だ。急に地面が揺れて……次の瞬間、岩壁ぶっ壊して『黒竜種』が出てきた!」
「でけぇし速ぇし、浅層にいるわけねぇやつだ!他のパーティの奴らもいたが、無事かはわからねえ」
「俺たちも仲間がひとり巻き込まれて後退するのがやっとで……そいつはいまは医療棟にいる」
⸻
報告が終わるころには静寂が落ちていた。
レオンが一歩前に出てロガルドを見た。
「浅層の魔物が逃げ散る可能性もありますし、危険度は把握しきれませんね。中級以下の人には救護に回ってもらいましょう。」
ロガルドも頷く。
「すぐにダンジョン入口を封鎖しろ!突入はA級以上、可能な者はすべて招集だ。討伐班と調査班を編成する。すでに潜ってる低級の奴らが危険だ。急げ!」
「はい!!」
ロビーが一斉に動き始める。大声を張り上げる職員、走り出す冒険者、緊急事態のざわめきが広がる。
急ぎ緊急依頼受注書をまとめながら、マリアの胸に冷たいものが落ちた。
(どうして、浅層に竜なんて……?こんなこと、今まで一度も……)
なんだか、とても嫌な予感がする。息が細くなる。
隣のミアも、青ざめた顔で手を動かしていた。
ロビーには、どこか底の見えない不穏さが満ちていた。
豊穣を祝う祭りの喧騒はすぐそこにあるはずなのに、ギルドの空気だけが、冬のように冷たかった。
──幕間 終




