幕間1
秋の風が甘い果実の香りを運んでくる。
街の中心では、豊穣を祝う祭りの準備が始まり、あちこちに紅と金の飾りが揺れていた。
ギルドの窓口では——いつも以上の混雑に、受付のミアは今日もてんてこまいだった
「なぁ、本当に天使さんは無事なんだよな!?」
「顔を見せてくれとは言わねぇ!いや……あの手紙だけでもいいんだ、頼む!」
天使が活動を終えたという噂は瞬く間に広まり、受付へ押し寄せる冒険者たちは後を絶たなかった。
ミアは必死に笑顔を保ちながら頭を下げる。
「す、すみません! 事情はお伝えできない決まりなんですけど……でも、深層支援士さんが無事なのは本当に本当ですぅ……!」
目が回りそうになりながらも、心の中ではミア自身も同じように心配していた。
(天使さん……今どうしてるんだろう。本当に無事で、いてくれるよね)
――
一方、街はすでに祭りムード一色だった。
この秋祭りの主神・豊穣の女神は、愛の女神としても信仰されている。
期間中に「好きな人の瞳と同じ色のアイテムを身につけると、想いが叶う」……そんなジンクスがあった。
ミアはそれを聞くたび、胸をときめかせてしまう。
(いいなぁ……素敵すぎますっ……!)
仕事の合間、少し休憩をもらったミアは、勇気を出して憧れのレオンを誘おうとした。
——が。
今日もレオンのまわりには冒険者や街のひとたちが群がり、男も女も分け隔てなく人気で、声をかける隙もなかった。
(うぅ……またダメでしたぁ……)
トボトボと商店街へ出ようとしたその時。
混雑する人波の中に、見知った横顔を見つけた。
「あれ、マリアさん?」
買い出し途中のようで、布袋を抱えたマリアが立ち止まり、露店に並んだ小さなブローチをじっと見つめていた。
毎年この季節になると、男性たちから次々と祭りに誘われるのに、マリアは決まって仕事を入れ、丁寧にすべて断ってきたのを知っている。
だから意中の相手もいないのだと思っていた。
けれど。
マリアはしばらく迷ったあと、
そっとブローチを手に取って店主に渡した。
陽の光の下で輝いたそれは——琥珀色の、美しいブローチ。
(……わぁ、すごく綺麗……!)
胸が跳ねたミアは、思わず駆け寄っていた。
「マリアさんっ!!」
マリアが小さく肩を揺らし、ゆっくり振り向く。
「ミア?」
こちらに気付き、ふわりと微笑むその顔があまりに綺麗で、ミアは一瞬言葉を失った。
(か、可憐……っ! 女神さま!?)
反射的に声が飛び出す。
「マリアさん、その、もしかしてっ……意中の人、できたんですか!?」
「え……?」
マリアの指が、そっとブローチを胸元で抱きしめた。
「意中の……ひと……」
長いまつ毛がふるりと震え、頬に薄く桜色が差す。
その様子にミアは瞬間的にノックアウトされた。
(マリアさんかわいすぎるっ! )
「それでっ!どんな人なんですか!?その幸運すぎる男性は誰なんですかっ!?」
「ミ、ミア、落ち着いて」と慌てるマリアをよそに、ミアは完全に全力で応援する構えだ。
祭りの喧騒、色とりどりの灯りの中、二人の笑い声が軽やかに溶けていく。
秋の賑わう街に、楽しげな足音が、そっと彩りを添えていた。




