①戸惑い
ギルドの扉が静かに開いた。
朝の光を背に、黒い長衣をまとった男が歩み入る。
長身で、鍛え上げられた体つき。
癖のあるプラチナブロンドの髪に、目元に落ちかかる前髪が色気を帯びる。
精悍に整った顔だちに、ほんの少しだけ野性味のある彫り。
鋭いアンバーの瞳が、ひとたび向けられれば息を呑むほど強くて、なのに男も女も沈むような甘さを含んでいる。
強さと色気を合わせ持った、危険なほど魅力的な男。
最高ランク──S級冒険者、カイン。
「あ、カインさんだ……!」
「今日もかっこいい……」
「カインさんは戦ってる時もすげーかっこいいんだぞ……」
ざわめきが波のように広がっていく。
武装した冒険者たちの空気すら変わり、ただ歩いてくるだけで街の喧騒を一瞬で引き連れる男だった。
誘われれば大人の余裕で軽やかに応じ、街では華々しく慕われ、戦えば圧倒的。
いつも少しだけ気怠げで、なのに仲間思いで情に厚い。
そんな矛盾すら魅力に変えてしまう男が、今は。
どこか早足で脇目も振らず、真っ直ぐに受付奥の情報窓口へ向かっていった。
⸻
「昨日の補給物資、確認したんだって?」
落ち着いた声だった。けれど、よく聞けば微かに焦りが沈んでいる。
職員の肩がぴくりと揺れた。
「はい。確かに確認しました」
「血がついてたって、本当か?……怪我したのは、天使?」
一瞬で、空気が張りつめる。
遠くから聞きながら、マリアの胸がぎゅっと縮んだ。
(血……。拭き忘れ……たの……?そんな、気づかなかった……)
職員はすぐに答えた。
「血がついた理由は分かりませんが、深層支援士は無事です。それは確かです」
「……そうか」
カインはほんのわずか安堵したように息を吐いた。
だがすぐに、瞳の色が鋭さを取り戻す。
「無事ってどの程度確か?最近、姿を見た職員はいるのか?誰が確認してる?」
「……申し訳ありません。答えられません」
「なんで?」
「規則です。深層支援士に関する情報は、一切公開できません」
「……一切?」
「はい。あなたがS級冒険者であっても、例外はありません」
カインの眉が小さく動いた。
怒りではない。
ただ、焦りと苦い苛立ちが沈んでいる。
「無事って言葉だけじゃ……安心できないんだけどな」
重く響くその言葉に、職員は困ったように視線を落とした。
「ですがどうか、信じてください。そうとしかお答えできず、申し訳ございません。」
カインは数秒黙った。
そして、肩を落とす。
「……いや、悪かった。本当に無事なら、それでいい」
その声は掠れ、揺れていた。
⸻
そのやり取りを遠くから聞いてしまっていたマリアは、胸の奥で何かがすくみ上がるのを感じた。
まさかあの時、補給物資に血がついていたなんて。
もし気づいていたら、絶対に拭き取っていた。誰にも心配させたくないから。
……それに。
(見つかったら……深層支援士を続けられなくなっちゃう……)
マリアには、誰にも言えない秘密がある。
ギルドの仲間でさえ、誰もその核心までは知らない。
(なのに……どうして……よりによって、カインさんが……)
彼の追及には悪意なんてものはない。むしろ純粋な心配から来るもの。
だからこそ余計に、胸が張り裂けるように苦しい。
マリアは袖の中で震える指先をぎゅっと握りしめ、俯いた。




