①面影
昨日、予約投稿のつもりがうっかり本投稿してしまいました。
通知で飛んできてくださった皆さま、すみません。本当にありがとうございます。
今日から予定通りの更新です。
第2章も引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
執務室に重い空気が空気が満ちる。
ロガルドは机の前で腕を組み、マリアの話を黙って聞き終えると、深く息を吐いた。
「……そうか。”お前も”見つかったか」
低い声が響いた。
マリアは静かに頷く。
胸の前で指を組み、呼吸を整える。
家系の事情を知る唯一の相手だからこそ、曖昧にはできない。
「スキルは……少しずつ弱まっていきます。ただ、完全に失われるのがいつなのかは、はっきりと分かりません」
言葉にするほど、胸に冷たく積もっていく。
その不安を見透かしたように、ロガルドは目を細めた。
「……本格的に失われる時期が読めないってのが一番厄介だな」
部屋の空気が、ゆっくりと沈む。
ロガルドは苦い表情のまま、長く沈黙した。
その目はどこか哀しげで、そして厳しい。
「なら、天使の仕事はここで終いだ。続けるには危険すぎる」
マリアの胸が強く痛んだ。
分かっていたはずの言葉なのに、喉の奥が閊える。
「……もう少し、いえ……一度だけ。あと一回だけでいいんです。次で最後にしますから、」
どうかお願いします。と必死に訴えるマリアの声は震えていた。
ロガルドは顔を伏せ、長い沈黙のあと、渋い声で呟く。
「……条件がある」
マリアが顔を上げた。
「カインも一緒に連れていけ」
「え……っ!? カインさんを……!?」
──ドクン。
名前を聞いただけで、胸が熱くなる。
瞬間、あの日の腕の中を思い出してしまった。
「いちばん危険なんじゃ……ないですか……?」
震える声を必死に抑えて言う。
ロガルドは椅子にもたれ、低く笑うように言った。
「危ないさ。だが――この街で、深層まで誰かを護りながら戦えるやつは、S級の奴くらいだ」
それでも危険だがな。
その言葉にマリアは言葉を失い、瞳が揺れ動く。
(……あの人が、一緒に来る……?)
胸の奥がじわ、と甘くなる。
同時に怖い。
あの距離の近さをもう一度味わってしまいそうで。
味わってしまったら、自分がどうなるのか想像もつかなくて。
ロガルドはマリアの顔を見つめ、ふっと目を細めた。
その瞳にはどこか懐かしさが浮かぶ。
──マリアの祖母の面影を見たのだ。
「それに……あいつの話が本当ならな」
ロガルドは静かに続けた。
「“看破した相手”ってのは、命より大切に扱うんだとよ。
何を置いても守る……その一点だけは、お墨付きだ」
胸が跳ねた。
拒否の言葉が喉まで出かけて、けれど消えた。
そして。
「……わかりました。その条件、受け入れます」
ロガルドは深く頷き、ほんのわずかに安堵の色を浮かべた。




