エピローグ
深層の空気は、昼夜の概念を拒むように静かだった。
秋の気配も、風の匂いも、陽射しの温度も届かない。
とあるセーフティエリアでは、ただ魔石灯の淡い光だけが、救援箱の影を長く伸ばしている。
「……あれ?そういえば今回は手紙、入ってなかったな」
パンを取り出した冒険者のひとりが、箱の中を覗き込みながら言った。
ほかの仲間たちも集まってくる。腕の立つ彼らの表情には、少しの寂しさすら浮かんでいた。
「いつも励まされてたのになぁ、天使さんの手紙」
「綺麗な字なのに堅苦しくないし、やさしくて癒されるんだよな、あれ」
「分かる。あとあれ読むと無事に帰らなきゃなって気が引き締まる」
危険な地であることを忘れるような、穏やかな雑談。
その空気の中でひとりが何かを思い出したように顔を上げた。
「そういやさ……天使さんの手紙ってさ」
仲間たちが振り返る。
「あの手紙の羊皮紙、結んでる紐の結び方さ、いつもすっげぇ綺麗なんだよな。あれ、なんか職人みたいなんだよ」
「……ああ、分かる。丁寧な性格出てるよな」
そこで魔法師の女性が、ふっと笑って肩をすくめた。
「こんな所まで危険を冒して届けてくれるのに、私たちへの心遣いを忘れない女性なんだもの。きっと、普段からこういう丁寧な仕事をしてる人なんでしょうね」
その言葉に、ほかの者も頷き、穏やかな空気が広がった。
そのとき──
彼らのすぐ近くで、決してほどけぬ運命の結び目がひっそりと結ばれた。
その事実を知るものは、誰もいない。
第1章 終




