⑩静寂の先に(カイン)
前話のあとがきにも書きましたが、本編に収まりきらなかった設定を活動報告にまとめました。
深層の帰り道。
薄暗い通路に、魔石の光が静かに揺れていた。
仲間と共にセーフティエリアへ戻ったあと、カインはひとりだけ深層側へ引き返していた。
理由は──自分でも笑えるほど単純だった。
救援物資の中に、いつもあるはずの天使の手紙が、今日は入っていなかったからだ。
いつもなら、どこかしらに小さな祈りの文字がある。
だが今日は、どれだけ探しても見当たらない。
おそらく、手紙を書く暇もなく慌てて立ち去った可能性が高かった。
そしてその要因は自分たちが来たからだと推測する。
ならば入れ違いで出たとして、そう遠くへは行っていないはずだ。
深層の空気は重く、肌にまとわりつく。
こんな危険地帯をひとりで歩く’’彼女’’の姿を想像して、汗の滲む拳を握る。
その時、潜んでいた魔物が唸り声を上げて横槍に飛び出した。瞬間、カインは振り向きもせずただ一閃で仕留める。
そのしなやかで容赦のない動きは“彼女”の進路を確保しようとする冷静な掃討。
静寂が戻る。
カインは呼吸を整えるでもなく、ただ目を閉じて探る。
手がかりを追うごとに、いつの間にか僅かに感じ取れるようになってきた気配がある。
魔物でも冒険者でもない、もっと小さくあたたかで、柔らかい──
逸る胸を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ませる。
その時だった。
空気が、ひとつ震えた。
そして……微かな音。
それは潜めた吐息の音のようにも聞こえた。
カインは歩みを止めた。
(……いる。ここに)
安堵から、呼吸がひとつ深く落ちる。
そして身体中に走る、これまで感じたことのない感覚。
探し求めていたぬくもりに触れる直前のような、じんわりと侵す熱。
…まだ隠れきれると思っているのか、必死に息を潜める…’’彼女’’。
「……なんだよそれ、可愛いな」
その囁きに反応した影が更に震える。
その反応に、カインはふっと喉の奥で笑う。
頭の奥で何かが静かに崩れ、そして満たされた。
足がゆったりと動き出す。
その余裕を持った歩みは狩人のそれで、
崩れたものは、ずっと探して焦がれ続けた誰かに触れたい男の、忍耐だった。
熱が肌の内側を満たす。
声も指先も理性も、全部が彼女へ向かって傾く。
暗闇の奥へ、そっと手を伸ばした。




