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(逃がさない)無自覚ガチ恋S級冒険者が、バレたらおわりな天使の正体にじわじわ迫ってくる(たすけて)  作者:
第1章

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10/25

⑨兆し

 ヴィルネアの街には、秋の気配がゆっくりと沈みはじめていた。

 石畳を渡る風は少し冷たく、露店から漂う甘い菓子の匂い、魔石灯の淡い青光が重なり合い、街はにぎやかさの中にほんの少しの静けさを纏っている。


 ロガルドは、その雑踏を堂々と歩いていた。

 七十手前とは到底思えない体躯と歩幅で、大柄な肩は今なお厚く、鍛え抜かれた筋肉の重みを静かに主張している。


 かつてS級冒険者として名を轟かせた当時の面影を感じさせる豪胆さは少しも衰えておらず、事務仕事よりも外で体を動かしている方が性に合っているのが一目で分かる。


 そんな彼が、歩きながら随行者にぶつぶつと愚痴をこぼした。

「やれやれ……書類仕事ばっかり寄こしやがる」


「ギルド長、室内仕事向いてなさそうですもんね」

 レオンは肩を揺らして笑った。秋風に揺れる金髪と軽やかな声が、通りを歩く人々の視線を自然に引き寄せる。


「向いてねぇよ。ああいうのはキースの方が早えんだ」

「そんなふうにすぐ投げるから、キースさんの気苦労が絶えないんですよ」

 真面目で苦労性な情報窓口の職員を思い浮かべて苦笑する。


 そんな軽口を交わしていたときだった。

 レオンはふと前方に視線を向け、足を緩める。

 そこにマリアがいた。


 制服姿で、胸元に皮袋を抱えて歩いている。髪が秋風に触れて揺れ、真っ直ぐな瞳には静かな緊張と、これから向かう仕事への責任感がにじんでいた。


「やあ、マリア」「おう、今からか」


 その声でマリアは二人に気づき、柔らかく微笑んだ。

「はい。補給庫に寄ってから、向かいます」


 その言葉には、まっすぐな誇りの熱が宿っている。

 必要とされる場所へ向かう者の、静かな強さがそこにあった。


「最近のダンジョンは魔物が活発だからな。レオン以外にも冒険者の腕の立つ奴らに掃討させているが、気をつけろよ」

 ロガルドが小声で低く言うと、マリアは一拍置いて、小さく頷いた。


 しかし、その瞬間──

 マリアの気配が、ふっと揺れた。


(なんだ……?)

 ロガルドの目がほんの一瞬だけ鋭くなる。


 マリア自身も、その変化に気づいていた。

 近ごろ──スキルの発動とは関係なく、自分の内側がふと乱れる瞬間がある。

 長くスキルを維持して疲れが積もったとき、そして……カインの顔が思い浮かんだとき。


 それは他人にはまず分からないほどの、極めて微かな震えだった。

 心臓が一拍だけ強く響き、その余韻が体の奥に揺れを残すような、不安定な気配。


 そのわずかな揺らぎに、ロガルドの視線が静かに向けられる。

 探るというより、確かめるような、重みのあるまなざしだった。


(……だめ。落ち着いて)


 マリアは小さく息を整え、その乱れを胸の奥に沈めるようにして言った。

「……大丈夫です」


 ロガルドは深く追求しなかった。

 ただ、短くうなずいただけだ。

 だが、その表情はひどく真剣だった。


 そのやり取りを、レオンはじっと見ていた。

 マリアに何かあるのか──

 言いようのない、不穏な引っかかりが胸の奥に生まれていた。


「では、いってきますね」

 と歩き出そうとしたマリアに思わず引き留めようと声かける。振り返るマリア。


 と、その瞬間。

「あっレオンさんだわ!」

「きゃあ、見て今日も素敵っ!!」

「今日の予定あと空いてます?お茶でもどうですか?」

「ずるい、私が先に声かけたのにー!」

「ねえレオンさん、昨日の依頼のお話きかせてください!」


 通りの向こうから、こちらに気付いた町娘たちが大勢で一斉に駆け寄ってきた。

 声と笑顔と熱気が爆発するように押し寄せ、レオンは一瞬で取り囲まれた。


「え、ちょっ……待って、みんな落ち着いて……!」

 爽やかな笑顔で対応しながらも、完全に身動きが封じられている。


 マリアはその騒がしさに、ふふ、と笑った。

「相変わらずすごい人気ですね」

 その様子に、ロガルドはレオンを不憫に思い、苦笑いしながら腕を組む。


 レオンは囲まれたまま、どうにかマリアの方を振り返ろうとした。

 視線だけでも届けようとするように。


 けれど、マリアは静かに微笑んで、ふたりに軽く頭を下げると、

 ダンジョンへ続く坂道へと歩き出した。


 彼女の後ろ姿は秋の光を受けて、淡く揺れていた。






設定が渋滞して物語内に収まりきらなかったので、

補足設定を活動報告にまとめました。

深層支援士の仕組みやロガルドの裏設定、レオンが正体を知る理由など、

気になる方はどうぞ!

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