プロローグ
初投稿です。自分の「好き」を詰め込みました。
楽しんでいただけますように。
都市ヴィルネアの冒険者ギルドの朝は、いつも通り騒がしく始まった。
「おい、今日の依頼もう貼ったか!」
「ちょ、ちょっと!背中の剣当たってる!」
「マリアさーん!今日も綺麗だなぁ!」
「こらっ!マリアさんに絡むな!」
怒鳴り声に笑い声、床を響かせる足音、武具の金属音。
その騒々しい渦のただ中で、ひとりだけ空気の質が違う。
マリア。
淡い光に沿うような、清楚な佇まい。
落ち着いた微笑みを浮かべながら、流れる水のような手際で冒険者を捌いていく。
「こちら受注書になります。どうかお気をつけて」
「は〜い!あぁ……癒された〜」
「ほんとだよ。マリアさんが受付にいると空気が柔らかくなるんだよな」
言われ慣れているはずの言葉にも、マリアは柔らかく微笑み返す。
物腰が静かで清楚なのに、佇まいはどこか妖艶で、冒険者も職員も目で追わずにいられない。
それでも彼女は、いつも通り淡々と書類を整える。
そのとき、すぐ近くのカウンターがざわつき始める。
「なぁ聞いたか?また“あれ”置いてあったんだとよ」
「天使の物資だろ?昨夜は深層六層だってさ」
「六層!?危険地帯にだぜ……噂じゃギルド関係者なんだろ?一体いつ誰がやってんだ?」
ざわり、と周囲の気配が変わる。
「俺、一回あれに助けられたんだよ。メモ読んだ瞬間、涙出たわ」
「『無理しすぎないでください』って書き置きだろ?字が綺麗で女性っぽかったよな」
「いや男でもあの気遣いはすげぇわ」
「もう天使でいいよ。天使以外考えられねぇ!」
自然と笑い声が起き、ギルドの空気があたたまる。
職員のひとりがマリアに小声で囁いた。
「人気ですよね、“天使さん”。朝から皆にこにこですよ。本当にどんな人なんでしょうね」
マリアは「そうね」と控えめに笑う。
ひっそりと誇らしさが胸を温める。けれど同時に、腕に痛みが走る。
(昨夜の深層……危なかったけど、無事に手に渡ったみたいで……よかった)
何気ない動作で腕を持ち上げると、布の下に隠した包帯の内側がじんわり疼いた。
息を吸い込むほどの痛みも、顔には一切出さない。
冒険者たちが“天使”の話で盛り上がるすぐそばで、
当の本人は、窓口から彼らの無事な姿にそっと安堵しながら、賑やかな日常を静かに見守っていた。
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この街のダンジョンではいつしか、深層のセーフティエリアにそっと補給物資が置かれるようになっていた。
最初こそ冒険者たちは警戒したものの、添えられた小さなメモがその猜疑心をするりと溶かした。
『無理をしすぎないでください』
『帰り道が安全でありますように』
『あなたの努力は誰かを救っています』
深層で心を削られた冒険者にとって、その優しい言葉はただの紙切れじゃない。
命綱で、希望の証だった。
ある日、疲れ切った冒険者がメモを読み、ぽつりと笑った。
「……なんだこれ。天使が置いてったみてぇだ」
その言葉が、火種だった。
「天使っての、悪くねぇな」
「こんな気遣いできるやつ、普通いねぇよ」
「字が綺麗だし、女性っぽいよな?」
「いや男でも天使は天使だ!」
こうして、誰からともなく天使と呼ばれるようになった。
姿を見た者はいない。
声を聞いたこともない。
ただ――そこに置かれた温もりだけが、“天使”の存在を語っていた。
その噂が耳に届くたび、
マリアは胸の奥で湧き上がるくすぐったさをそっと押し隠した。
(私なんかが“天使”だなんて……でも、誰かの無事の力になれているなら……嬉しい)
誇りと、少しの照れ。
ほんの小さな幸福――ただそれだけで、充分だった。




