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後編

 ――列車の事故でレベッカを見失ったアルは今もなお、彼女を探し続けていた。


 アルは完全に生きる気力を失っていた。そして、線路の上で大の字になってぼんやりと晴れ渡る青空を眺めていた。

「…レベッカ。お前がいないと兄ちゃんは何のために生きればいいんだよ。何の才能も大した夢もない、こんな俺に…。」

 アルは「この人風邪はどうした?」と思うくらいに元気そうだったが、胸の奥がズーンと重たかった。空の雲はゆっくりと流れていく。アルは目を涙でいっぱいにしながらレベッカとの思い出を走馬灯のように思い出していた。


 ――が、そのとき、何かが空を横切った。一瞬だったが、レベッカの姿も見えた。初め、アルは夢か幻かと思って本気にしていなかった。しかし、目の前にあったのは紛れもない()()だった。そして、彼女は空から降ってきて――大の字になっていたアルのお腹の上に落ちた。落ちたとき、アルはあまりの衝撃で体が()の字に曲がった。

「…フゲッ!ってレベッカ!どうして空から?」

 アルもレベッカも驚いていた。お互い言いたいセリフは全く同じだ。

「お兄ちゃんもなんでここにいるの?風邪はどうしたの?」

 二人は初め、まさかの展開に驚いたが、すぐに深呼吸をして、心を落ち着かせてからじっくり話した。

「…よし、まずは俺から話す。実はな――」

 アルはレベッカに心配になって重い体を引きずって、あとをこっそりつけてきたことを話した。そのことを聞いたレベッカは頬を膨らませていた。

「もう!お兄ちゃんはそんなんだから、皆に『頼りない』とか言われるんだよ!レベッカは一人で大丈夫なのにー!」

「すまん!レベッカ、兄ちゃんが悪かった。でも、俺がいなかったらレベッカは今頃高いところから落ちて大けがしてたんだぞ?そこら辺は感謝しろよ。」

 アルは(ひたい)を地面にこすりつけて反省していたが、すぐに顔を上げ少し上から目線で歯をニッと笑って見せた。その様子を見たレベッカはさらに顔を赤くしてサルのように怒っていた。

「本当に悪かったって。レベッカは本当に頑張り屋さんで可愛いな!」

 その様子を見たアルは微笑ましかった。そのあと、思い出したようにレベッカに尋ねた。

「…そんなことよりレベッカ、なんでお前は空から降ってきたんだ?」

「…あぁ、それはね――」

 レベッカの口から列車での出来事が語られた。――


 ――20分前、駅のホーム


 レベッカはケーキの入った箱を持って慎重に列車に乗っていた。偶然にも空いている席があったので、そこにケーキを膝に載せて座っていた。

「…わぁ、ここ暑い…。お日様がギラギラしてる…。窓開けちゃおっと。――よいしょっと」

 レベッカは座席に立って小さな手で一生懸命、列車の窓を全開にした。途中何人か通っていたが、レベッカのアンラッキーのせいか誰も見向きもしなかった。窓が開いて風がそよそよとカーテンとレベッカのリボンを揺らしている。

「…うん!これでよし!…さてと、さっきお姉さんからもらったクッキー食べよっと」

 レベッカは席にもう一度座ってクッキーの入った袋を開けた。出来立ての香ばしくて甘い匂いが辺りに広がる。――その瞬間

 ――バサッ!

 さっき開けた窓から大きなトカゲの足のようなものが伸びて、レベッカの服を掴んだ。レベッカはあまりにも驚いてケーキの箱を抱えたまま窓の外に連れて行かれた。

「…何?このおっきいの…」

 レベッカが見上げるとそこには大きなドラゴンがいた――


――途中まで聞いていたアルがそこで口を挟んだ。

「それは”野良ドラゴン”だな。クッキーの匂いにつられてやってきたんだろう。最近町でドラゴンをペットにするブームがあって大きくなりすぎて捨ててしまう人も多いんだ。首輪はしていたか?色は?」

「首輪はなかった。色は白で角が1本だった。」

 そのことに納得したアルは「すまん、続けてくれ。」と言って話を聞き続けた。


 ――ドラゴンがレベッカを掴んで上空を飛び回っていた。

「アハハ!レベッカ、お空飛んでるー!」

 町が小さくなる中、レベッカは相変わらずの能天気でこの状況を楽しんでいた。そのとき、――

 ――ガシャーン!ちょうど列車の脱線事故の音がしてドラゴンはパニックになってしまった。そのとき、ギャアギャア騒いでいたせいで、レベッカはドラゴンの足から離れてしまった。――


「…なるほどな。ものすごい大冒険だったな。」

「だから言ったでしょ?レベッカは5歳だから一人でおつかいできるの!」

「…まぁ、お前のアンラッキーで今回は救われたな。いやぁ、良かった。」

 アルは地面に座り込み、全身の力がぬけるのを感じた。そのあと、レベッカの空っぽの両手を見て身の毛がよだつのを感じて飛び起きた。

「…レベッカ!箱はどうした⁉列車では持っていたはずだよな⁉」

 それを聞いたレベッカは自分の手をグーにしたりパーにしたりを繰り返してしばらく目をパチクリさせていた。そして、その目を大きく見開いた。

「…あぁ!箱をどっかにやっちゃった!」

「どこかに落ちているのかもな…。でも、あの高さだともうケーキは…。」

 アルはガックリと肩を落とし、「やっぱり転職を考えるべきだった…」と深いため息をついた。しかし、そのときレベッカは上を指差していた。

「見て!お兄ちゃん、さっきのドラゴン!」

 レベッカは目をキラキラさせていたが、アルはもうそれどころではなかった。まるでこの世の絶望がアル自身に降り注いだかのような顔をしている。

「…あぁ、それがどうした――って、ん?」

 アルはドラゴンの足の方に違和感を感じた。よく見ると、ケーキの箱がそこにあったのだ!今のところ、箱は無事だ。

「…もしや、レベッカが落ちたときに掴んだんだな。…よし、そうと決まれば、あとは任せろ!」

 アルは自分のYシャツの第1ボタンをむしり取り、ドラゴンに目掛けて投げようとしたが――

「…ハーックション!」

 レベッカが大きなくしゃみをしてしまった。それに驚いて、アルの狙いは反れてドラゴンの足ではなく、目に当たってしまった。そのせいでドラゴンは再び暴れて箱を投げてしまった。またもやレベッカのアンラッキーが発生してしまったのだ。

「…あっ、やっべ…狙い()れた」

「ごめんね、お兄ちゃん。――って、あっ!」

 レベッカは初め悲しそうな顔をしていたが、すぐに焦った顔に変わった。その様子を見たアルはレベッカの視線の先を追った。そして、その理由がわかった。なんと、箱の落下地点に大きな池があったのだ。レベッカのアンラッキーは本当に恐ろしい…。

「…くそ!こんなところでクビになってたまるかよ!」

 アルはレベッカへの愛が爆発して、もう「転職」の2文字は頭になかった。アルは急いで辺りを見回してみた。すると、近くに工場があって3mくらいの長い木の棒があった。それを見たアルはすぐに木の棒を借りて池のほとりに立って棒を縦に構えた。

「レベッカ!今、兄ちゃんが箱を取るから池の向こう側に立ってろ!」

「えっ?…あぁ、うん。」

 レベッカはアルが何をするつもりなのかまるでわからなかったが、言われた通りにアルの反対側にリスのような足の速さで向かって立った。

 そして、アルは箱の高さを見計らって棒を池の中に刺して棒高跳びの要領で跳んだ。レベッカにはその様子がスローモーションになって見えた。丁度棒が垂直になったところで上手く箱を受け止めて、レベッカのいる方向に倒れていった。しかし――

 どうやら、アルの棒の長さは少し短かったようだ。ギリギリ池の端に足が届かなかったのだ。そのとき、アルは機転をきかせてレベッカに箱を渡した。そのままアルは池の中に大きな水しぶきをたてて落ちた。同時にスローモーションも無くなり、一台の馬車がやってきた。その中から40代くらいの身なりの整った女性が現れた。

「あら?レベッカちゃん、あなた無事だったのね。」

「あの…誰ですか?」

 レベッカは突然知らない人に自分の名前を言われて驚いていた。すると、女性は優しい笑顔で言った。

「はじめまして。私はそのケーキの依頼人のミアよ。列車の事故のことを知って、ここまで来たの。」

 そのことを聞いたレベッカの肩の力は抜けて可愛い笑顔に戻った。

「ミアさん、ご注文のケーキです。…あっ、でも、さっき動かしちゃったからケーキ崩れちゃったかも…」

 レベッカの不安そうな顔を見てミアは箱を開けて中を確認した。綺麗に苺が並んでいたが、一つ傾いていた。

「大丈夫、ケーキは無事よ。」

 ミアがそう答えて箱を馬車に積むとレベッカはとても喜んだ。

「やったー!おつかい大成功!」

 レベッカが飛び跳ねたそのとき――

「誠に申し訳ございませんでした…ミア様。今回は私の失態です。」

 アルが池の中から水浸しで現れた。それを見た二人は初め怖がって悲鳴まであげてしまった。

「そんなに怖がんなくてもいいだろ…うっ、(さむ)っ」

 アルは身体を冷やしてしまった。


 ――こうして、レベッカのおつかいは幕を閉じたが、アルは今回の無茶でさらに1週間休暇を取ったのだそうだ。

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