見えない未来の始まり
騎士団長の帰り道
夕焼けの城壁。
騎士団の訓練が終わり、
レオンは剣を肩に乗せながら歩いていた。
その隣を、静かに歩く白髪の鬼。
レンカだった。
訓練場ではまだ兵士たちが
割れた石畳を修復している。
さっきまで、
レオンの拳が地面を割っていたからだ。
レオンは振り返って苦笑した。
「今日は静かだな。」
レンカは少し空を見上げる。
「……ええ。」
わずかな沈黙。
レオンは横目で彼女を見る。
「嘘だな。」
レンカは何も言わない。
レオンは肩をすくめた。
「子供のことだろ?」
戦場では一切迷わない女が、
この話題だけは言葉を止める。
レオンは小さく息を吐いた。
「能力か。」
レンカはゆっくり頷いた。
「……ええ。」
「想像が形になる。」
「今日も城の庭を森に変えました。」
レオンは吹き出す。
「ははっ!またか!」
レンカは真顔だった。
「城の兵士が迷子になりました。」
「二時間です。」
レオンは笑う。
「そりゃ大変だ。」
そのとき。
「レオン!!」
小さな影が走ってくる。
羽と角を持つ七歳の少女。
レンカの娘、ノアだった。
ノアは息を弾ませながら言う。
「今日ね!」
「巨人になった!!」
レオンは目を丸くする。
「……は?」
レンカは額を押さえた。
レオンはしゃがみ込む。
「じゃあ見せてみろ。」
三人は庭へ向かった。
夕焼けが石畳を赤く染めている。
ノアは小さく手を前に出した。
「まずね!」
空間が光る。
石畳の上に
小さなロボットが現れた。
レオンが眉を上げる。
「ワタエの創造か。」
ノアは嬉しそうに言う。
「うん!」
次の瞬間。
ノアが拳を握る。
「レオンのやつ!」
ロボットが
ググッと巨大化した。
レオンは笑う。
「武神化の応用か。」
ノアはさらに手を振る。
空間が歪む。
巨大ロボットが
一瞬消える。
そして
レオンの横に現れた。
レオンが笑う。
「空間も使うか。」
レンカは静かに言った。
「……三つ同時。」
レオンは腕を組む。
「じゃあ次だ。」
拳を握る。
巨人化はしない。
通常状態のまま
拳を振る。
ドンッ!!!
空気が爆発した。
拳はロボットに触れていない。
だが風圧だけで庭が揺れた。
ロボットが揺れる。
しかし――
表面が光る。
形が変わる。
装甲が厚くなる。
レンカが呟く。
「……適応。」
ロボットは
そのまま立っていた。
レオンは目を丸くする。
「耐えたか。」
ノアは嬉しそうに笑う。
「ママの能力!」
レオンは腕を組んだ。
そしてレンカを見る。
「なるほどな。」
ノアを見る。
少し考えてから言った。
「この能力は――」
「《想愛》ってところか。」
ノアは首をかしげる。
レオンは笑った。
「好きになった相手の力を強くする能力だな。」
ノアは元気に言う。
「レオン好き!」
その瞬間。
ロボットがさらに巨大化した。
レオンは吹き出した。
「ほらな。」
「本人より派手だ。」
レンカは静かに言う。
「……だから」
「私では制御できません。」
レオンはレンカを見る。
レンカは言った。
「この子を」
「あなたに預けます。」
レオンは少し驚いた。
「俺に?」
レンカは頷く。
「今一番」
「あなたを好きだからです。」
ノアはレオンに抱きつく。
その瞬間
ドンッ!!
地面が揺れる。
そして
――ドテッ。
ノアが転んだ。
レオンもバランスを崩す。
――ズシン。
巨人の騎士団長が
派手に転んだ。
ノアは大笑いする。
「レオンも!」
レオンは笑いながら言う。
「お前……」
「ワタエより面倒な能力してるぞ。」
その様子を
城の高い塔からワタエが見ていた。
――そして、そのさらにずっと遠く。
城も、庭も、
そこにいる誰の顔も見えないほど離れた場所。
岩山の上に
小さな影があった。
七歳のカゲナだった。
風が吹く。
夕焼けの色は、ここからではもう淡く、遠い。
カゲナは何となく足を止めた。
さっきまで普通だった空気が、
ほんの少しだけ変わった気がした。
「……?」
目を細める。
けれど、見えるわけじゃない。
遠すぎる。
何かが起きていることだけが
分からないまま胸に引っかかった。
空が変わったわけじゃない。
風向きが変わったわけでもない。
なのに、世界のどこか一点だけが
少しだけ濃くなったような感覚があった。
カゲナは無意識に胸元を押さえる。
その瞬間だった。
心の奥で、微かに波が立つ。
言葉ではない。
声でもない。
けれど、確かに分かった。
――ノクシアが、ワクワクしている。
カゲナの表情がわずかに揺れる。
「……ノク?」
呼んでも返事はない。
ノクシアは黙ったままだった。
けれど分かる。
落ち着かないほど楽しげで、
何か面白いものを見つけた子供みたいに
心の奥で弾んでいる。
カゲナは遠くを見る。
見えない。
何も見えない。
それでも、そこに何かがあると分かってしまう。
「……何だよ」
小さく呟く。
胸の奥のざわめきは消えない。
自分の感情じゃない高揚が
静かに、けれど確かに伝わってくる。
カゲナは少しだけ眉をひそめた。
怖いわけじゃない。
でも、落ち着かない。
まるで、自分の知らないところで
何かが始まったみたいだった。
遠く離れた場所で、
想像の少女が笑っていることを、
カゲナはまだ知らない。
ただ――
見えないはずの未来が、
ほんの少しだけ空気を変えたことだけは
感じていた。




