夜空と三つの声(1話より前)
夜の丘に座り、僕は星を仰いでいた。
冷たい風が頬を撫で、胸の奥まで静けさを運んでくる。
隣でリアが小さく首をかしげ、問いかける。
「カゲナ、また考えごと?」
「……考えているというより、答えを探しているんだ」
「答え?」
「僕たちが……どう生きるべきなのか。そのことを」
リアは少し驚いた顔を見せたが、すぐに微笑んだ。
「そんなの簡単だよ。強くなって、みんなを守る。それでいいんだよ」
僕は目を伏せる。
「……君は、本当に強い」
その時だった。
胸の奥で、幼い声が跳ねるように響く。
――「ノクは知ってるよ。カゲナはね、守りたい守りたいって言うけど、結局ノクがいなきゃ何もできないんだ」
影がにじみ、意識に割り込んでくる。
ノクシア――僕の中に棲む悪魔。
「……ノクシア」
低く名を呼ぶと、声は楽しげに続く。
――「ふふん♪ ノクは悪魔だもん。怖いでしょ? でもカゲナはノクを手放せないの。だって、ひとりじゃ弱っちいからぁ」
子供のように甘え、わがままを言う響き。
リアは僕を見つめ、そっと僕の手を握った。
「……怖くなんかないよ。ノクシアも、カゲナの一部だから」
――「えぇぇ? ノクはノクだよ! カゲナの一部なんかじゃないもん!」
ぷくっと拗ねた声色に、思わず口元がゆるむ。
リアは夜空を見上げながら、真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「それでも、ノクはカゲナと一緒にいる。なら……家族だよ」
――「か、家族ぅ? ノク、悪魔なのに?」
「うん。悪魔でも天使でも関係ない」
短い沈黙。ノクシアは何かを飲み込むように黙り、やがて小さく鼻を鳴らした。
――「……ふんっ。ノクはね、別に寂しくなんてないんだから」
その声が遠ざかり、夜の静寂が戻ってくる。
僕は深く息を吐き、隣の妹に視線を向けた。
「……結局、僕は君に救われてばかりだ」
「それでいいの。だって、兄妹なんだから」
星々はただ静かに瞬き、光と影を分け隔てなく照らし続けていた。