第7話:森の番人、ゴブリンたちの「おもてなしバトル」
①魔王城会議
魔王城の大広間には、相変わらず重苦しい空気が漂っていた。
アザゼルの胃の痛みは、もはや慢性的なものになりつつある。
前回のスライム部隊による「癒し系経験値配布イベント」の失敗は、彼の精神に深いダメージを与えていた。
「アザゼル。
スライム部隊の報告によれば、勇者たちは『癒された』後に、さらに活発に森を探索しているとのこと。
これは、我々の『平和的アプローチ』が功を奏した証拠では?」
魔王ゼルガディスが、満足げな表情でアザゼルに問いかけた。その顔には、一切の悪気がない。
「魔王様!
あれは『癒し』ではありません!
勇者たちは、スライムが経験値供給源として優秀であると再認識しただけです!
結果的に、勇者たちのレベルはまた上がってしまいました!」
アザゼルは、昨日以上の力でツッコミを入れる。
魔王の平和ボケっぷりは、もはや手遅れの領域に達していた。
「なんと!
では、我々の『癒し』が、かえって勇者を強くしてしまったと?
うむむ……これは、想定外の事態であるな」
ゼルガディスは、腕を組み、深く考え込む。彼の顔には、新たな悩みが増えたようだ。
「フン!
愚かなスライムどもですわね。
わたくしの『魅惑の香水』を浴びていれば、勇者たちはもっと魅了され、戦意を喪失したはずですのに」
リリスが、扇で口元を隠しながら不満げに呟く。
「ぐおおお!
スライムが弱いからいかんのだ!
もっと強い奴をぶつければ、勇者も喜んでくれるはずだ!」
ガオガオが、相変わらず的外れな意見を述べる。
彼の中では、勇者=強い相手と戦いたいという認識しかないようだ。
「……アザゼル様。
現状を鑑みるに、『癒し』や『魅了』といった間接的な手法では、勇者のレベルアップを阻止することは困難と判断します。
そこで、私は『普遍的娯楽理論』に基づいた新たな戦略を提案します」
ゴルグが、いつもの冷静な声で、しかしどこか得意げに、アザゼルに語りかけた。
その言葉の響きは理路整然としているが、アザゼルはすでに嫌な予感しかしない。
「『普遍的娯楽理論』、ですか……?」
アザゼルは、恐る恐る聞き返す。
「はい。
人間は、共通して『遊び』を好むというデータがあります。
彼らの警戒心を解き、レベル上げ効率を低下させるには、彼らの思考を『戦闘』から『娯楽』へと誘導するのが最も効率的であると判断しました。
そこで、森の番人であるゴブリン部隊に指令を出します」
ゴルグは、無機質な視線でアザゼルを見つめながら、巻物を広げた。
そこに描かれているのは、奇妙な遊具の設計図らしきものだった。
「ゴブリンたちは、斧ではなく、森の恵みである木の実を用いて、勇者たちに『森の立体投擲競技』を挑みます。
彼らの投擲能力を最大限に活かし、勇者たちに『遊び』と『競技性』を提供することで、戦闘への意識を逸らすことが可能です。
そして、勇者たちがそれに困惑している隙に、我々は彼らを説得する時間を稼ぐのです!」
アザゼルの脳内で、キレッキレのツッコミが炸裂する。
(「森の立体投擲競技」!?
それ、ただの石投げ遊びじゃねえか!
しかも、木の実を投げるのが競技性だと!?
どこが『普遍的娯楽理論』だよ! ただの森の魔物の遊びだろ!)
アザゼルは、苦肉の策として「木の実で友好を示す」というアイデアを練ったはずだった。
しかし、ゴルグの「普遍的娯楽理論」フィルターを通すと、それは完全に別の、そしてさらにシュールなものへと変貌していた。
「ほう、『競技』とな!
それは面白そうだ!
勇者どももきっと喜ぶだろう。
やはり、友好とは互いに汗を流すことから始まるのだな!」
ゼルガディスが、目を輝かせながら頷いた。
彼の脳内では、ゴブリンと勇者が笑顔でスポーツを楽しんでいる絵が描かれているのだろう。
「ゴブリンたちよ!
『始まりの森』で勇者たちと遭遇したら、決して斧を振り上げるな!
その代わりに、森の恵みである木の実を差し出し、友好を示せ!
そして、勇者たちの困惑に乗じて、和平への道を探るのだ!
我が魔族の命運は、お前たちの『おもてなし』にかかっている!」
アザゼルの指令が、魔王城に響き渡る。
②勇者との遭遇
翌日、『始まりの森』。
勇者レオは、剣を構えながら警戒していた。
昨日、スライムにまとわりつかれた経験から、魔物の奇襲には用心深くなっていたのだ。
「まったく、変な魔物ばかりだぜ、この森は。
早く魔王城に着いて、まともな戦いがしたいもんだな」
「レオ様、油断は禁物です。
どんな魔物にも、思わぬ力や策略が隠されているかもしれません」
ライアスが慎重に周囲を見渡す。
「うわっ!」
その時、草むらから、緑色の小柄な影が数体飛び出してきた。
「ゴブリンか! 」
レオが剣を構え、セリアが魔法杖を、ライアスが聖書を、ミラが短剣を構える。彼らの前に現れたのは、確かにゴブリンだった。
しかし、彼らはいつものように斧を振り上げることなく、何かを両手に抱えている。
勇者たちが現れた。どうする?
▶たたかう
ぼうぎょ
ようすをみる
にげる
ゴブリンたちは、アザゼルの指令とゴルグの「普遍的娯楽理論」を懸命に解釈していた。
彼らにとっての「友好を示す」こと、そして「競技性」の追求は、最も効率的な方法で「木の実」を勇者に届けることだと結論付けた。
そこで、ゴブリンたちは、とりあえず最も分かりやすい「友好を示す」行動として、自分たちが森で採集した木の実を勇者たちに差し出すことにした。
彼らにとっては、森の恵みを与えることは、最高の「おもてなし」なのだ。
そして、ゴルグの指令に従い、その「おもてなし」に「競技性」を加えることを忘れていなかった。
【ゴブリンは勇者の足元に、木の実を勢いよく投げつけた!】
ゴブリンたちは、勇者に向かって、満面の笑みで木の実を投げつけた。
しかも、彼らはただ投げたわけではない。
まるで砲丸投げの選手のように助走をつけ、腕を大きく振りかぶり、奇妙な唸り声を上げながら、渾身の力を込めて木の実を投擲したのだ。
彼らにとっては、これが最高の「おもてなし」と「友好の証」であり、「森の立体投擲競技」の幕開けだった。
「うわあああ!
投擲攻撃!?」
レオが驚いて剣で木の実を弾く。
木の実が地面に叩きつけられ、砕け散る。
その威力は、通常の投擲攻撃とは比較にならない。
もはや「飛んでくる木の実」ではなく、「飛んでくる岩」に近い。
「きゃっ!
なんて失礼な魔物ですの!
こんなもの凶器として投げつけるなんて!」
セリアが悲鳴を上げた。
彼女の足元には、数個の砕け散った木の実の破片が散らばっている。
その中には、ひび割れた大地にめり込んでいるものまであった。
「ゴブリンは、やはり油断ならない魔物です。
見た目通り、奇襲戦法を得意としているようです。
しかも、あの投擲フォーム……並大抵の訓練では身につけられません。
これは完全に計算された攻撃です!」
ライアスが冷静に分析しながら、聖書を構える。
彼の脳内では、ゴブリンの木の実投擲が、高度な軍事演習として認識されていた。
「木の実に偽装した爆弾とか、毒とかじゃないよね……?
なんでこんなに勢いよく投げてくるの……?」
ミラが疑心暗鬼の目で木の実を拾い上げ、匂いを嗅いでいる。
その顔は、恐怖と困惑に満ちていた。
「そんなわけないだろ!
ただの木の実だ!
だが、こんな変な攻撃をしてくるなんて……」
レオが剣を振り上げ、ゴブリンに突進する。
ゴブリンは勇者の攻撃をかわし、さらに木の実を差し出すようと、体全体でアピールしている!
ゴブリンたちは、勇者の攻撃を必死にかわしながら、なおも木の実を差し出そうと、身振り手振りでアピールする。
彼らにとっては、勇者が木の実を受け取ってくれないことが、何よりも悲しい事態なのだ。
中には、勇者の足元に転がった木の実を、丁寧に拾い上げて差し出そうとするゴブリンまでいた。
「おいおいおい!
何がしたいんだこいつら!?
攻撃してこないくせに、なんか必死に手を差し出してくるし……
気味が悪い!」
勇者たちは、ゴブリンたちの奇妙な行動に、混乱を深めていく。
ゴブリンたちは、アザゼルの指令を忠実に守ろうと、必死に友好を示そうとしているのだが、それが勇者たちには理解不能な「奇行」にしか見えなかった。
③戦闘と結果
勇者たちは困惑しながらも、本能的にゴブリンを『敵』と認識し、攻撃を開始した!
レオはゴブリンを剣で斬りつけた!
ゴブリンは倒れた!
セリアはゴブリンにファイアを放った!
ゴブリンは燃え尽きた!
ライアスはゴブリンにヒールを放った!
ゴブリンは回復してしまった!
ミラはゴブリンに短剣を突き刺した!
ゴブリンは倒れた!
「おいライアス!
なんで回復魔法を敵に使うんだよ!?」
レオが叫んだ。
「はっ!
申し訳ありません、レオ様!
つい癖で……
なんだか、彼らが困っているように見えてしまって……」
ライアスは、自分の行動に驚きつつも、どこか申し訳なさそうにしている。
「まったく、やりにくい奴らだな!
攻撃してこないから、なんかこっちが悪いみたいじゃねーか!」
勇者たちは、どこか罪悪感を覚えながらも、次々とゴブリンを倒していく。
ゴブリンたちは最後まで、木の実を差し出そうと奮闘していたが、その願いは届かなかった。
彼らの「おもてなしバトル」は、一方的な「投擲攻撃と誤解された友好の証」で終わりを告げた。
勇者たちはゴブリンをあっという間に撃破した!
レオは経験値【25】を手に入れた!
セリアは経験値【25】を手に入れた!
ライアスは経験値【25】を手に入れた!
ミラは経験値【25】を手に入れた!
全員の経験値が一定値に達した!
レオはレベルが1上がった!
セリアはレベルが1上がった!
ライアスはレベルが1上がった!
ミラはレベルが1上がった!
全員の最大HPが1上がった!
全員の最大MPが1上がった!
全員の攻撃力が1上がった!
全員の防御力が1上がった!
レオは新たに『初級剣技:スラッシュ』を覚えた!
ミラは新たに『初級盗賊術:ステルス』を覚えた!
「よし!
新しい技も覚えたし、これで魔王城に一歩近づいたな!」
レオが満面の笑みを浮かべる。
「あんな変わった魔物ばかりの森じゃ、いつか変な病気になりそうですわ」
セリアは、どこかげんなりした表情で呟いた。
④結果報告
魔王城。
ゴブリン部隊からの報告を受けたアザゼルは、頭を抱えるどころか、床に突っ伏していた。
「木の実を差し出したら、投擲攻撃と誤解されて、滅ぼされただとぉぉぉぉお!!
しかも、回復魔法までぶつけられた上に、新しい技まで覚えさせてるじゃないですかぁぁぁあ!!」
アザゼルの絶叫が、広間にこだまする。
「うむ……
今回のデータから、『普遍的娯楽理論』における人間側の『競技理解度不足』が原因と分析します。
次なる作戦では、より『競技性』を視覚的に訴える必要がありそうですな」
ゴルグが、眉間に深いシワを寄せ、真剣な顔で分析している。
彼の言葉は、一見すると論理的だが、その根底には相変わらず「普遍的娯楽理論」という、人間には理解不能な「遊び」の概念が横たわっていた。
「なるほど、やはり我々の『おもてなし』が足りなかったのだな!
よし、アザゼル!
次はもっと盛大で、誰もが理解できるような『競技』を用意するのだ! 我らが魔王軍の『友好の精神』を、勇者どもに見せつけてやるぞ!」
魔王ゼルガディスは、ゴルグの言葉に深く納得したように頷き、アザゼルに新たな指令を出す。
その顔は、まるで次のフェスティバルを楽しみにしている子供のようだった。
「そうですわ!
わたくしの『魅惑の香水』を使えば、そんな誤解は起きなかったはずですわ!
美しさは世界共通の言語ですもの!」
リリスが、得意げに胸を張る。
「ぐおおお!
次は俺が勇者と『おもてなし相撲』を取ってやる!
そしたら、きっと仲良くなれるはずだ!」
ガオガオは、ますますやる気に満ち溢れていた。
「アザゼル様。
今回のデータから、勇者は『友好の意を示す行動』を『攻撃』と認識する傾向があると推測できます。
そして、我々の『おもてなし』は、彼らにとって『競技性』が不足しているようです。
次なる作戦は、より人間側の『常識』と『競技性』を融合させた形でのアプローチが必要不可欠です」
ゴルグだけが、冷静に、そして事務的に分析結果をアザゼルに報告する。
その言葉は、一見すると論理的だが、その根底には相変わらず「普遍的娯楽理論」という、人間には理解不能な「遊び」の概念が横たわっていた。
(頼む……
誰か、まともな人間の常識と、まともな競技の概念を教えてやってくれ……!)
アザゼルは、最早、頭を抱える気力すら残っていなかった。
彼の胃は、確実に穴が開いている。
この魔王軍で生き残る道は、果てしなく遠い。