第6話:レベル上げ妨害指令!「癒し系」モンスターの悲劇
①魔王城会議
文化交流会議と化していた「勇者対策会議」は、ゴルグによる『吟遊詩人の新作物語』の朗読が終わり、一旦の休憩を挟んで再開された。
アザゼルの胃は、既に悲鳴を上げていた。
「ふむ……
勇者アールズ殿は、実に奥深い精神を持つ者であったな。
まさか、我ら魔王軍を滅ぼすのではなく、互いを理解しようとするなど……」
魔王ゼルガディスが、まるで感動したかのように、遠い目をしながら呟く。
彼の脳内では、ゴルグが読み上げた物語の魔王と自分を重ね合わせているのだろう。
「魔王様、それは物語の中の話ですからね!?
現実の勇者は、多分、そんなこと考えてませんから!
ひたすら我々を倒してレベル上げすることしか考えてませんから!」
アザゼルは、必死に現実へと引き戻そうと試みる。
「まあ、アザゼル殿の言うことも一理ある。
そこでだ、アザゼルよ。現在の勇者どものレベルはどれくらいだと推測する?
そして、具体的な対策はあるのか?」
ゼルガディスが、ハッと我に返ったようにアザゼルに問いかけた。
その顔は、再び恐怖と不安に彩られている。
(よし、ようやく本題に入ってくれたか……)
アザゼルは、内心でほっと息をついた。
「はい、魔王様。
偵察部隊の報告によれば、勇者たちは相変わらず『始まりの森』をくるくる回って、下級モンスターを狩り続けています。
おそらく、今の勇者のレベルは、まだまだ序盤の段階でしょう。
しかし、このままでは確実にレベルは上昇し、いずれ魔王様に手が届くレベルに達してしまいます」
アザゼルは、緊張した面持ちで現状を報告する。
「そこで、私が提案したい作戦は――
『勇者の警戒心を解き、レベル上げ効率を下げて時間を稼ぐ』、です!」
「警戒心を解く?
レベル上げ効率を下げる?」
ゼルガディスが首を傾げる。
幹部たちも、何のことか分からないといった顔だ。
「はい。
勇者たちは、モンスターを倒すことで強くなると理解しています。
しかし、もしモンスターが、戦う意思を見せず、むしろ『癒し』を与えてきたらどうでしょう?
勇者たちは困惑し、戦意を喪失するはずです。
そうすれば、レベル上げの効率は落ち、我々は時間を稼げる。
その間に、和平交渉に向けた準備を進めるのです!」
アザゼルは、渾身のプレゼンを行った。
これならば、彼らの常識からかけ離れすぎず、かつ効果的なはずだ。
「なるほど……
戦わずして敵の戦意を奪う。
これは、ゴルグの『魔族式ボードゲーム』の理念にも通ずるものがあるな!」
ゼルガディスが、妙なところで納得してしまった。
「そうですわ!
わたくしの『魅惑の香水』も、勇者の警戒心を解くのに役立つはずですわ!」
リリスが、手のひらの上で香水瓶をくるくると回す。
「ぐおおお!
俺も勇者と相撲を取りたいぞ! 癒しではないが、平和的に体をぶつけ合うのは良いことだ!」
ガオガオは、やはり独自の解釈を始めた。
アザゼルは、すでにツッコミを入れる気力も失っていた。
「……では、まずは最も戦力にならない、しかし数だけはいるスライム部隊に指令を出します。
彼らには、勇者たちに『癒し』を与え、決して戦わないようにと」
アザゼルは、半ば自暴自棄になりながら、具体的な指示を出す。
「スライムたちよ!
『始まりの森』へと向かえ!
勇者と遭遇したら、決して攻撃するな!
彼らを『癒せ』! そして、戦意を喪失させろ!
我が魔族の未来は、お前たちにかかっている!」
アザゼルの指令は、魔王城に響き渡った。
②勇者との遭遇
その日の午後。
『始まりの森』では、勇者パーティーが今日もせっせとレベル上げに励んでいた。
剣士の勇者レオ、魔法使いのセリア、僧侶のライアス、そして盗賊のミラの四人だ。
「くそっ、またスライムかよ!
もうちょっと強いモンスターいないのかよ、この森!」
レオがうんざりしたように剣を構える。
「我慢してください、レオ様。
これも経験値を稼ぐためです」
ライアスが冷静に諭す。
「まったく、こんな弱いモンスターばっかりじゃ、いつになったら魔王城に辿り着けるのかしら」
セリアが魔法杖を構えながら不満を漏らす。
その時、草むらから、カラフルなスライムたちが次々と現れた。
通常の青いスライムだけでなく、緑やピンク、黄色など、まるで虹色のようなスライムたちだ。
勇者たちは武器を構え、戦闘態勢に入る。
勇者たちが現れた。どうする?
▶たたかう
ぼうぎょ
ようすをみる
にげる
スライムたちは、アザゼルの指令通り、最下部の「にげる」にカーソルを合わせようとした。
が、ここで問題が発生した。
指令伝達の際に、アザゼルは「決して戦うな! 癒せ!」とだけ言い、具体的な行動までは指示していなかったのだ。
スライムたちの思考能力では、「癒し」を具体的にどうすればいいのか理解できなかった。
そこで、スライムたちは、とりあえず最も無害そうな行動――「ようすをみる」を選択した。
スライムは愛嬌を振りまきながら、ニヤニヤとわらっている。
表示されたメッセージに、勇者たちは困惑した。
「は? なんだこいつら……?」
レオが眉をひそめる。
「ニヤニヤと笑っている……?
まるで、馬鹿にされているみたいですわね」
セリアが不快そうに顔を歪めた。
「なんか、プルプル震えてて、可愛いような……
気もしますけど」
ミラが恐る恐る手を伸ばそうとするが、レオに止められる。
「油断するな、ミラ! 魔物の罠かもしれない!」
勇者たちは、お互いに様子を見る状態となり、しばらくの時間が流れた。
しかし、スライムたちにとっては、この「様子見」もまた、限界があった。
アザゼルの指令は「戦うな」であり、「何もしないでいろ」ではなかったからだ。
彼らは、アザゼルの求める「癒し」が具体的に何を指すのか分からず、困惑し始めた。
そこで、彼らは次の行動選択で、よりアグレッシブな選択肢を選ぶことにした。
▶こうげき
スライムたちは、勇者たちの足元へと、一斉に飛び跳ねた。
スライムたちは勇者の足元にまとわりつき、プルプルと震えながら愛嬌を振りまく。
スライムたちは、勇者たちの足元にまとわりつき、プルプルと震えながら、全身で「かわいい」「癒してあげる」という意思表示をした。
彼らにとっての「攻撃」とは、相手に物理的なダメージを与えることではなく、アザゼルからの指令である「癒し」を、全身全霊でぶつけることだったのだ。
「うわあああ!?
なんか足にひっついてきたぞ、こいつら!」
レオが驚いて飛び退く。
「きゃあ! くすぐったいですわ!」
セリアが、足元にまとわりつくピンクのスライムに、思わず笑みを漏らした。
「可愛い……!」
ミラは、足元でプルプル震える緑のスライムを、そっと持ち上げた。
スライムは、にこにこと笑っているように見える。
「まさか、これが魔物の新たな戦術……?
我々の戦意を削ごうと……?」
ライアスだけは、冷静に状況を分析しようと試みていた。
「いや、そんなわけないだろ!
最弱のスライムが、こんな戦術とるわけないって!
こいつら、ただの変なスライムだよ!」
レオが剣を振り下ろす。
足元にまとわりついていたスライムは、あっけなく消滅した。
「ああ、可愛いのに……」
ミラが残念そうに呟く。
勇者たちは、足元で愛嬌を振りまくスライムたちを、あっという間に撃破していった。
③戦闘と結果
勇者たちは最弱の敵だ! と認識し、スライムをあっという間に撃破した!
レオは経験値【10】を手に入れた!
セリアは経験値【10】を手に入れた!
ライアスは経験値【10】を手に入れた!
ミラは経験値【10】を手に入れた!
全員の経験値が一定値に達した!
レオはレベルが1上がった!
セリアはレベルが1上がった!
ライアスはレベルが1上がった!
ミラはレベルが1上がった!
全員の最大HPが1上がった!
全員の最大MPが1上がった!
全員の攻撃力が1上がった!
全員の防御力が1上がった!
セリアは新たに『初級火炎魔法:ファイア』を覚えた!
ライアスは新たに『初級回復魔法:ヒール』を覚えた!
「っしゃあ!
スライム如きに手間取っちまったけど、一気にレベルアップだぜ!」
レオが雄叫びを上げる。
「あら、私、ファイアを覚えましたわ!
これで火力が上がりますわね!」
セリアが嬉しそうに杖を振る。
「私もヒールを覚えました。
これで皆さんの傷を癒せます」
ライアスが穏やかに微笑む。
「スライム、可愛かったのに、残念……でも、レベル上がったのは嬉しいな!」
ミラが、どこか複雑な表情で呟いた。
勇者たちは、再び『始まりの森』の奥へと進んでいく。
彼らの足取りは、先ほどよりも軽く、強くなった自分たちの力を試したいかのように見えた。
④結果報告
魔王城。
スライム部隊からの報告を受けたアザゼルは、その場で頭を抱えた。
「『癒し』のつもりが『経験値』になっただけかぁぁぁあ!!」
アザゼルの絶叫が、広間に響き渡る。
「む?
どうしたアザゼル。勇者たちは癒されたのだろう?
スライムは愛嬌を振りまいたと報告しているではないか。
ならば、成功ではないか?」
魔王ゼルガディスが、きょとんとした顔で首を傾げた。
彼の脳内では、スライムが勇者を癒し、和平への一歩を踏み出したことになっているらしい。
「成功じゃありません!
癒されて、レベルが上がって、さらに強くなって、こっちに向かってくるんですよ!?
これじゃ、ただの『癒し系経験値配布イベント』じゃないですか!」
アザゼルは、頭の血管が切れそうな勢いで叫んだ。
「イベント……?
それは、人間が祝う祭りか何かか?」
ゼルガディスは、さらに首を傾げる。
「ぐおおお!
勇者どもが喜んでくれたのなら、良いことではないか!
次はもっと可愛いスライムをぶつけるのだ!」
ガオガオが、純粋な笑顔で提案する。
「アザゼル様。
データ上、スライムでは勇者のレベルアップを阻止できないことが明確になりました。
次の手を打ちましょう」
ゴルグだけは、冷静に状況を分析し、アザゼルに次の行動を促した。
(お前だけは、まともでいてくれ……!)
アザゼルは、ゴルグの言葉に一縷の望みを繋ぎつつ、この先も続くであろう奇妙な戦いに、早くも疲労困憊していた。