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第4話:平和主義参謀、爆誕

 魔王の玉座の間には、深い沈黙が訪れた。


 先ほどまでの喧騒が嘘のように、ただ重々しい空気が広間を満たしている。

魔王ゼルガディスは、玉座に深く沈み込み、まるで石像のように微動だにしなかった。

その表情は、先ほどまでの激しい動揺から一転、深い絶望と諦念に染まっている。


「いやだ……。

絶対滅びたくない……」


 沈黙を破ったのは、魔王の、か細い呟きだった。

その声は、広間の隅々にまで届き、アザゼルの耳には情けないほどの響きを持って届いた。


「理不尽すぎる……。

なぜ、私がこんな目に……。

私はただ、先代から言われるがまま、この玉座に座ってきただけだというのに……。

なんか強いからって言われて、玉座に座ってるけど……これって何の意味があるんだ……?」


 魔王は、まるで子供が駄々をこねるように、うつろな目で宙を見つめている。

彼の長年の疑問と、アザゼルがもたらした「設定」という衝撃が、彼の心を完全に打ち砕いたのだろう。


「勇者……怖い……。

勇者と戦いたくない……」

 魔王の口から飛び出したまさかの本音に、アザゼルは目を見開いた。


(え、魔王が勇者と戦いたくないって!?

それ、魔王としてどうなんだ!?)


 ゲームでは常に威厳と悪辣さに満ちた存在として描かれていた魔王の、まさかの臆病な一面に、アザゼルは呆れを通り越して、若干の親近感すら覚えた。

いや、親近感なんて抱いている場合ではない。


 魔王はゆっくりと顔を上げ、アザゼルを真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、恐怖と、そして一縷の希望が宿っているように見えた。


「アザゼル……。

貴様の言う通り、このままでは我らは滅びる。

それは、私が何よりも避けたい未来だ」


 ゼルガディスの声は、先ほどよりは幾分か落ち着いていた。

しかし、その顔色は依然として悪い。


「故に、貴様を『人類対策兼文化顧問兼平和交渉担当』に任命する!」


 魔王の言葉に、アザゼルは目をパチクリとさせた。


(『人類対策兼文化顧問兼平和交渉担当』!?

なんだその長い肩書は!?

長すぎて名刺に収まらねえぞ!)


 あまりにも突飛な任命に、アザゼルは思わずツッコミそうになったが、そこでハッと我に返る。


(待てよ。

この役職……つまり、俺は魔王軍を平和路線に転換させる全権を握るってことか?

そして、失敗したら『経験値』……。

いや、これは、俺が生き残るための、唯一の道だ!)


 アザゼルは、ぐっと拳を握りしめた。


「は、ははっ!

畏まりました、魔王様!

このアザゼル、身命を賭して、魔王様と魔族の未来をお守りいたします!」


 アザゼルは、デーモンの体にあるまじき勢いで、深く頭を下げた。

この役職は、自分の命がかかっているのだ。否応なしに受け入れるしかない。


 しかし、その決意も束の間、早速、魔族たちの常識外れの言動に、アザゼルは早くも頭を抱えることになる。


「アザゼル様!

我らもその『人類対策』とやらに協力しましょう!」

 リリスが妖しく微笑み、掌から紫色の怪しい光を放つ。


「この『魅惑の香水』を人間どもに振り撒けば、きっと我らの虜になるでしょう?

そうすれば、争いなど起きるはずもありませんわ。

むしろ、我らの下僕として、喜んで仕えるでしょうから、和平交渉もスムーズに進みますわね!」


「ちょっと待ってください、リリス様!

それは和平交渉じゃなくて、洗脳でしょう!?

人間はそんなことされたら、もっと反発しますよ!?

むしろ戦争になりますから!」


 アザゼルは慌てて制止する。


 リリスは、何が悪いのか全く理解できないといった顔で首を傾げた。

「あら、そうかしら?

美しさで人間を魅了するのは、平和の第一歩ですわ。

彼らは愚かだから、きっとそれが最善の道だと理解するでしょうに。

それとも、私の美学にケチをつけるのかしら?」


 リリスは不満げに眉をひそめる。

その表情は、まさに「美の絶対者」を自称する彼女らしいものだった。


「ぐおおお!

俺は勇者どもに、獣人族の最高の踊りを披露するぞ!

きっと、腹を抱えて笑ってくれるはずだ!

その後、一緒に踊れば、みんな仲良しだぞ!」


 ガオガオが、その場で奇妙なステップを踏み始めた。

彼の動きは、確かに力強いが、リズム感は皆無で、まるで巨大な熊が暴れているかのようだ。


「ガオガオ様!

それは、人間から見たら威嚇か奇行です!

むしろ、恐怖を与えて逆効果ですって!

警察沙汰になります!」


 アザゼルは叫んだ。

ガオガオの純粋すぎる善意が、最悪の事態を招く未来しか見えない。


「うおおおおお!

勇者どもにこの熱い魂をぶつけるのだ!」


 ガオガオは、アザゼルの言葉を聞いているのか聞いていないのか、さらにステップの勢いを増す。

床がミシミシと音を立てるほどの重量感だった。


 そんな中、ゴルグが静かにアザゼルの隣に歩み寄った。

「アザゼル様。私は『魔族式ボードゲーム』を考案いたしました。

このゲームを人間どもに教えれば、彼らは我らの知性に感服し、戦意を喪失するでしょう。

戦わずして勝つ、これこそ真の和平です」


 ゴルグは、巻物を広げ、そこに描かれた複雑なボードゲームの盤面を指差す。

その盤面は、見るからに難解で、とても人間がすぐに理解できる代物ではない。


「ゴルグ様!

そのゲーム、絶対にルール覚えるのに三日はかかりますよ!?

そして、誰もルールを理解できずに、喧嘩が勃発しますから!

和平どころか、さらに敵意を煽ります!」


 アザゼルのツッコミに、ゴルグは無言で首を傾げた。

彼の鎧の隙間から覗く目は、ただ純粋な疑問を湛えている。


「しかし、このゲームには『勇者討伐』のルートも『魔王軍壊滅』のルートも、全て詰将棋のように網羅されている。

これを知れば、彼らは戦うことの無意味さを理解するはず」


「いや、誰も理解しないって!

大体、そんなゲームやったら、現実と混同して、マジで『勇者討伐』ルート目指し始めるかもしれないでしょうが!」


 アザゼルは、早くも胃がキリキリと痛み出すのを感じていた。


(こんな奴らを率いて、どうやって平和路線に転換しろっていうんだ!?

誰か、俺の胃薬を持ってきてくれ……!)


 ゼルガディスは、幹部たちの暴走を目の当たりにしながらも、どこか満足げな顔で玉座に座っていた。

彼にとっては、幹部たちが積極的に「人類対策」について考えていること自体が、喜ばしいことなのだろう。


「うむ。

皆、やる気に満ち溢れておるな。

アザゼル、貴様も大変であろうが、頼んだぞ。

なにせ、我らの命がかかっておるのだからな」


 魔王の言葉は、アザゼルにとっては、まさに最後の釘を刺されたようなものだった。


(ああ、そうだった。

俺の命もかかってるんだよな……。

これはもう、やるしかないのか。

この、常識外れの魔族たちを、なんとかまともに動かすしかない……)


 アザゼルは、深く、深いため息をついた。

今日から、彼は魔王軍の「平和主義参謀」として、自らの命を守るため、そして魔族の未来を守るために、文字通り奮闘することになる。


 広間には、相変わらずリリスの怪しい香水の香りが漂い、ガオガオの奇妙な舞踏が続き、ゴルグはボードゲームの盤面を真剣な顔で見つめている。

そして、魔王はどこか安堵したように、しかしやはりどこか不安げな表情で、その光景を眺めていた。


 アザゼルは、この先の苦難を予感しつつも、心の中で決意を新たにした。


(絶対に死んでたまるか。

そして、このクソゲーを、俺がクリアしてやる!)


 平和主義参謀アザゼルの、胃痛との戦いは、始まったばかりだ。

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